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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ


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36、ベッファの過去―――ベッファと???④

 


 アリアが調合した薬湯の効果は、想像を遥かに超えていた。アイリスがベッファと夜を共にしてから、わずか数週間。アリアの触診ですぐにその結果はもたらされた。


『あら、これは間違いありませんね。アイリス様は、ご懐妊されておりますわ』


『そんな……これが、薬湯の効果なの……? こんなの……許されないわ……』


 地下の部屋を訪れて毎日のようにアイリスの体調を調べていたアリアは、喜びを滲ませた声でアイリスに告げた。報告を一緒に聞いていたベッファは、静かに目を閉じた。


 その表情は喜びというよりも、『予定通り』という言葉が似合うものであった。


『やはりな。やはり私に非がない。まあ、分かり切ってはいたが、アイリス……お前のおかげだ』


 ベッファは静かに告げた。

 ベッファはアイリスに言葉をかけたがの存在を無視し、アリアに向かって低い声で続けた。


『アリア、性別までは分からないと言っていたな?』


『はい。流石に生命に関することを扱うことはできません』


『そうか。ならば、アイリスの胎の子が確実に生まれるように管理しろ。失敗は許されないぞ』


『承知いたしました』


『アイリス、君が想像以上に使える女で良かった。本当に惜しいことをしたと思っていたが……公妾との間の子には継承権の有無が面倒だったから、こうして隠している君に子を産ませることは逆に良かったのかもしれない。ハンナのためにも元気な子を産んでくれよ』


 今日この場で、初めてアイリスを認識してに向けられた言葉は、最悪の言葉だった。ベッファはアイリスの顔ではなく、まだ膨らんでもいない腹だけを見つめて笑っていた。その視線が、全てを物語っていた。



 ベッファだけが部屋を後にすると、アリアはアイリスのそばに留まり続けた。その顔は嫉妬に歪み、今から悍ましいことをするのだ、という雰囲気を醸し出していた。


『さて、殿下も戻られましたし……もっとよく観察させてくださいね、アイリス様』


 アリアはアイリスに抵抗する暇も与えず、その細い手首を掴んだ。観察と本人が言ったようにその手付きは治癒師の触れ方には程遠い、這うような不快な触れ方でアイリスの腹部に触れた。


『まだまだ分かりにくいですが、ここには確かに……殿下の子が宿っておりますわ』


 アリアの指先は、アイリスの腹を優しく撫でた。撫でられる感覚は不気味な刺激となり、アイリスはぶるりと体を震わせた。それは悍ましさや不快感からくる震えだった。


『っ……やめて……アリア様……お願い……』


『やめて? おかしなことを言いますね。ハンナ様のためと思えば、そんな言葉は出てこないはずですよ』


 アリアの顔は恍惚とした、残忍な笑みに歪んでいた。


『私は殿下の願いのために、ここにいます。あなたの願いをかなえることはない……むしろ、殺してしまいたいほど、あなたのことが嫌いなので……間違えても私にあなたを、そしてこの胎にいる子を殺させないでくださいね?』


 アイリスはアリアのその感情の醜さ、それに伴う指の不快感と、言葉の残忍さに吐き気を覚えた。


『この子は、あなたが一番裏切りたくなかった聖女様を裏切った証……ですものね。その罪悪感を胸に抱いたまま、せいぜい幸せに……殿下の子を産みなさい。何人だってね?』


 アリアはそう囁き、アイリスの腹から手を離した。アリアの指が触れた場所が、じくじくと熱を持ったかのように感じ、アイリスは恐怖に震えた。



 このまま一生このような仕打ちを受けなければいけないのか、と。



 アリアが去り、部屋に残されたアイリスの側にスージーがそっと寄り添い、震える手でアイリスの髪を撫でた。


『アイリス様……お辛いでしょう。でも、どうかご自身を責めないでください』


『スージー……でも、私……こんな結果、望んでなかったの』


 アイリスは涙をこらえながら、力なく笑った。

 その時、頭上の通路から甲高いハンナの声が響いてきた。


『なんでよ! なんで薬が効かないの!? おかしいわ……私は聖女よ!? こんなのおかしい……私が一番ベッファ様を愛してるの……愛してるのっ! 私が産まないと……!』


 ハンナの執着と絶望の苦しみの叫びは、はっきりとアイリスの耳に届いた。その声を聞いた瞬間、堪えきれずにアイリスは嗚咽を漏らした。


『……っ……ああ……ハンナ様……ごめ……なさ……ごめんなさい……!』


『……アイリス様……』


『私が逃げたいなんて思わなければ……ああ、なんでこんなことに……、いや、嘘よ……ああぁ』


 小さく呟くアイリスを抱きしめ、スージーも一緒に声を殺して泣いた。アイリスは自分のせいで、ハンナが狂っていっていると思い込んでいた。それが事実かどうかはベッファにも、アイリスにも、スージーにも誰にも分からない。


 ただ、その罪悪感こそがベッファがアイリスに与えた、逃げることを許さない鎖だった。


 ベッファはアイリスの妊娠を知ると、出産まで一度も顔を見せに来ることはなかった。ベッファは自分が正常であるという確認をしたいがために、アイリスを使ったのだ。目的を達成した今、その後のことはアリアに任せきりであった。


『アリア、必ず無事に産ませろ。私はその報告があるまでここには来ない』


『承知いたしました。万が一の事も考えて、次の準備もしなければいけませんので、そちらも私にお任せください』


『ああ、頼んだ。くっ……何も知らずに喚いているハンナを慈しんでやるとするか……』



 アイリスの苦しみなど、ベッファにはどうでも良いことだった。



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