12、王太子ディエゴには記憶がある③
あと1話ディエゴの話。1.5話になるかもしれない。
今回の裏ルート、運営の趣味趣向が全て詰め込まれているのでは、というのが感想だった。
裏ルートの主役は作中一番の人気を誇る王太子だったと言っても過言ではない。
もちろん主役はヒロインなのだが、ヒロインそっちのけで王太子の話やスチルが豊富であり、男の自分ですら乙女ゲームの男キャラクターに夢見てしまうほど、素晴らしいものだった。
王太子の婚約者である公爵令嬢は悪役令嬢と呼ばれるのに相応しく、幼少時に公爵家の権力を使うという盛大な我が儘で王太子の婚約者の座を手に入れ、自身の敵となる令嬢を様々な方法でいじめ抜く。
そして学園に入学してからも王太子に付きまとい、王太子が道に迷ったヒロインを助けたところを目撃してしまい、怒りと嫉妬を覚えヒロインをいじめだすのだ。
しかもこのヒロインは才能を買われ公爵家に養子入りした、公爵令嬢の義理の妹だった。ただでさえ、下賤の者と下に見ていた義妹が、自身の婚約者に色目を使っていると思い込み、家でも学園でもきつく当たる。
だが、ヒロインは義姉に見てもらえることが嬉しく、興味のなかった王太子と距離を詰めるようになる。詰めれば詰めるほど義姉からは罵られ、ひどい扱いを受けるのだが、それがヒロインにとっては幸福であり快感だった。
公爵令嬢は出来の良い義妹を醜い嫉妬で虐げていると噂され、本当の家族からも周囲からも煙たがられ、孤立していく。
そうするとまた公爵令嬢の義妹への行為は悪化していき、下っ端の令嬢に命令しバケツの水をかけたり、階段から突き落としたり、下位貴族の子息を使って襲わせ純潔を奪わせようとする。
毎回それを阻止するのが王太子なのだが、王太子は王太子でヒロインをストーカーしており、様々な情報を握っていた。もちろんヒロインが義姉である公爵令嬢に持つ醜い感情も。
出会ったことのない初めてのタイプのヒロインに、王太子は心惹かれるのとは違う意味で執着した。年に数度開かれる学園のパーティーでも公爵令嬢は王太子に対となるドレスを強請るが、そのドレスは大層豪華で露出が多いこともあり、王太子は苦々しく思いながらも、しかたなくドレスを贈るのである。
一方、義姉からドレスは全て捨てられたので、パーティーに参加できないと寂しそうに笑うヒロインに、王太子は自身の瞳と同じ色であるドレスを贈った。
質素なドレスではあったが、ヒロインが頬を赤らめ喜ぶ姿に王太子はヒロインを抱き締め、口元を歪め笑う。
ドレスがないために参加できないはずのヒロインがパーティーに参加しており、初めて見るドレスを着ていたことで、誰からのプレゼントなのか気付いてしまった公爵令嬢はテラスにヒロインを呼び出しドレスを無理やり脱がそうとするのだ。
このスチルはとても素晴らしく、他者より群を抜いて美しくまたスタイルの良い公爵令嬢が、言っては何だが貧相なスタイルをしているヒロインのドレスを引っ張り、今にも剝ぎ取ってしまいそうな姿が描かれていた。
スチルの後にはテキストが入り『ヒロインのドレスは脱がされることはなかった。王太子は登場と同時に公爵令嬢の手を叩き落とし、強い口調で叱責した。そしてそのままヒロインの手を掴むと連れ去るようにテラスを後にした。婚約者である公爵令嬢を振り返ることもなく。その場に残された公爵令嬢は絶望し、その場で泣き崩れたのだった』と書かれていた。
ヒロインと王太子のそれぞれの思いが、公爵令嬢を苦しめる。
王太子は連れ出したヒロインにダンスを申し込むのと同時に自分の気持ちを告げるが、ヒロインは己の出自が男爵家であることを理由に一度は断る。しかしその答えに王太子は納得せず、空いている部屋にヒロインを連れ込むと無理やり事に及ぼうとするのだが、ヒロインの歪んだ笑みを見て、あまりにも自身と似ていることに喜びを覚え、手を止めたのだった。
謝罪する王太子にヒロインは「婚約者である義姉に申し訳ない」と公爵令嬢を気にかけるが、その顔は恍惚とした表情だった。
あまりの醜さに王太子は今までのことを考え、公爵令嬢を断罪することに決めて、そのことをヒロインに告げるとヒロインは「嬉しい」と頬を染めて泣いた。この嬉しいという言葉の意味がどういうものだったのかは、このセリフを挿入させた者たちにしか分からないだろう。
――どう考えても2人ともやばいだろう。
その後はよくある断罪ものと同じで、卒業パーティーで王太子はヒロインを連れて現れ、怒り狂って暴走する公爵令嬢を断罪し、国外追放を言い渡す。今までヒロインをいじめていた者たちはヒロインへ謝罪し和解する。
義姉に代わり王太子と結婚したヒロインは王家と公爵家の力を使って義姉を探すが、全ての記録から抹消されており見つけられないことに絶望した。それ以降、ヒロインは気力をなくすが、まだどこかで生きているかもしれないと義姉を探すのはやめず、王太子と国を立派に盛り立てハッピーエンドで物語は終わる。
けれど――。
元公爵令嬢は実は追放されることなく、城の中で王太子しか出入りのできない部屋で奴隷のように飼われ生きているのだ。王太子はヒロインの美しい心を愛していると周りに言いながらも、元公爵令嬢に執着にも似た愛を一生持ち続けた。
追放すると宣言すると元公爵令嬢は、一人の近衛騎士によって抱えられるようにして会場から連れ出される。王太子はヒロインにどんなひどい仕打ちをしていたのか事情を聴くという名目で誰にも見つからないように部屋に連行させた。公爵家にはパーティーでの出来事だけを話し、令嬢は会場を飛び出し行方不明になった、と告げた。
「お前の大嫌いな義妹だけが、お前を覚えて今も探し続けているぞ。あいつの執着は私と似ているから、お前の子を施設から連れてきたと言って引き合わせたらどんな顔をするだろうな」
くくくと楽しそうな笑みを浮かべると、ベッドの上に広がるブロンドの髪をすくい、国王となった青年は口付けた。
元公爵令嬢の存在は国王と王妃を除き忘れ去られた。誰にも気付かれることなく長く城の中に閉じ込められて飼われるような生活を送った元公爵令嬢は何人も子供を産んだが、王妃となったヒロインは子を授かることなく生涯を閉じる、というメリバと言われるような終わりであった。
王妃になったヒロインとなぜ子ができなかったのかは明言されていない。ただ、愛人は持たなかったと書かれている。
結果として王太子と元公爵令嬢の子が次期国王となるのだが、このルートで本当に幸せだったのはいったい誰なのか。ヒロインは国王となった青年が連れてくる子供たちを本当の親子よりも深く愛し慈しんだ。そして立派な王子や王女に育て上げた。
この件に関してネット上では様々な意見があったが、運営はその意見に回答することはなく、王太子と目に光の宿っていない美しいままの元公爵令嬢、そして壁には二人の子供と思われる肖像画が何枚も飾られているスチルを新しく公開するほどの鬼畜具合だった。
「なんか続編凄いことになってんな、これって18指定だったっけ? 確か、執着1はR指定じゃなかったはずだけど……。でも俺はヒロインより断然、公爵令嬢派だな。あんなに愛してくれるなら絶対そうだろ、あとスチルの顔と体が好みすぎる」
さすがにゲームの話をする際には、デリカシーがなさすぎて言わないけれど。
ゲームを勧められた後に偶然長期連休が重なり、一気にゲームを終わらせた。途中途中で連絡は取りあっていたが、全てクリアしたことは伝えていなかった。連休明けに全てのルートを見たこと、公開されているスチルを全て見たことを報告するために、休憩室の雨に濡れた外階段へと向かった。
「お疲れ様です。煙草ですか?」
「お疲れ! そうだよって……あ、おい、傘持ってきてないのか? 貸そうか?」
「準備室にあります! それに外階段からすぐなんで大丈夫です!」
「確かにな、滑るから気を付けて上がれよ」
「了解っす」
先輩社員に広くない階段を譲り、挨拶をしながら言葉を交わす。カンカンカンと鉄製の階段の音が響き、先輩社員が下りきったことを確認して、入れ替わるように少し駆け足で階段を上がっていった。感想を言えばどんな顔で聞いてくれるか考えただけで、胸が高鳴る。
携帯を片手にどこから話そうか、裏ルートのことで面白い考査はあるだろうかと考えていると、ズリと濡れた階段に足を取られた。
「あっ」
漏れたその声は一言。上に向いた視線で自分が宙に一瞬浮いたと思った瞬間、背中に強い衝撃を何度も感じ、自分が滑り落ちていることに気付きはしたが、何もできずに徐々に視界が真っ暗になっていった。
最後にすれ違った先輩の声が遠くから聞こえたような気がしたが、上手く口を開くことができなかった。
ディエゴの前世の話は終わりで、過去の話をあと少し。




