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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ


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9、王太子ディエゴについて②



 数年経ってもディエゴはベアトリーチェのことを忘れることはなく、けれど寄ってくる令嬢の相手は手を抜かずにやった。王太子妃候補にできるほどの令嬢でなくとも、将来的にどうなるかは分からないからだ。ベアトリーチェが子を授かれなかった場合、女は他にも必要になる。8歳の子供ながら将来のことを考えて動く、できた王太子だとディエゴは自画自賛した。


 庭園から自室に戻る際に、片付けをしていたメイドの声が耳に入った。リッソーニ公爵家からベアトリーチェを跡継ぎにする書類が提出された、と。


「そうなの? でもディエゴ殿下が公爵令嬢を婚約者に望んでいたはずよ」


「シルヴィア様が拒否していて、陛下もお困りだそうよ」


 使用人たちは誰もいないと思って話しているのか、少し声は大きめだった。その話をディエゴの後ろに控えていた従僕が止めに入ろうとしたが、ディエゴはそれを制した。一人がそのまま別の片付けに行ったのを見計らい、ディエゴは残った一人に声をかけた。


「そこの君、詳しく聞きたいからちょっと来てくれるかい」


 来てくれる、と聞いているが実際メイドに断る権利はない。ディエゴは先に部屋に戻り、従僕がメイドを監視するようにディエゴの自室まで案内した。扉を開けたジルダが従僕に連れられてメイドが入ってきた後の廊下を見やり、誰もいないことを確認し扉に鍵をかけた。


「それで先ほどの話は本当か?」


「王妃陛下が……国王陛下に、その、リッソーニ公爵家の審査を早くするようにと、仰っているのを耳にしたと側付きの者が」


「母上が?」


「はい。私どもも聞いただけなので、本当かは分からないのですがっ」


「……」


「ですが殿下のお気持ちも王妃陛下っんぁ」


「うるさいなあ……ちょっと黙ってろよ」


 床に座らせていたメイドの肩を蹴り、苛立つ気持ちを落ち着かせる。母であるシルヴィアはディエゴが今でもベアトリーチェを婚約者にしたいと思っていること知っているはずだ。母の目を盗み、父ベッファに婚約の打診を送ってもらっていたのだが、その度に断られている。理由は跡継ぎだから、と。


「ああくそ、本当に腹が立つなぁ、あの女、俺のゲームを邪魔しやがって」


 足蹴にされたメイドは皆に優しく気さくな王太子ディエゴの行動に驚き、また足蹴にされた痛みで動けなかった。自身の母である王妃を罵り口調は荒く汚い。そして自身を見る目はゴミなどの汚いものを見る目だった。


*****


 ベッファはベアトリーチェの祖母が自身の妹であることを承知の上で、ディエゴとベアトリーチェの婚約には前向きであった。妹のソフィアを心から愛していたからこそ、ディエゴのためと言いながら自分の気持ちに嘘は付けず打診し続けていた。


 王妹のソフィアはベッファとは13歳年が離れていた。ソフィアはリッソーニ公爵家の一門から養子入りした当時18歳のエルマンノに16歳の時に降嫁し、公爵夫人となった。この結婚はソフィアがエルマンノを見初め、王族としての教育が終わり次第学園には行かず降嫁したいと願い出て決まったものだった。


 末妹の願いに当時王太子だったベッファは父を説得した。家柄も容姿も才能も全てが揃っている公爵ならばソフィアが幸せになると信じたからだ。盛大な結婚式が行われ、ソフィアはその年に子を授かり出産した。その子供がベアトリーチェの父であるリカルドだった。リカルドはソフィアに似ており、周囲から愛されて健やかに育った。


 そして2年後にフォレが誕生したが、その出産が原因で体調を崩し長く療養をしていたが34歳でソフィアはこの世を去った。ベッファの悲しみは大きくかなりの時間ふさぎ込んでいた。


 国王であるベッファと前王妃であった女性との間には子が出来なかった。その寂しさを紛らわせるように妹によく似たリカルドを可愛がっていた。


 そして、自身の子ができないのには、もう一つ理由があった。宰相から一つ提案を受けその提案に乗ったからだった。


 離婚は許されない国教であったが、王妃が病になってしまえば療養に出すしかない。ベッファは神殿に相談し、空気の綺麗な療養地へ前王妃を静養させると送り、そのまま生涯閉じ込めた。

 国民には前王妃は儚くなったと伝えられ「長年国王の子を授かれなかったことに心を病んだに違いない」と民は勝手に噂した。


 そんな中、王立学園の卒業パーティーで一際美しかったシルヴィアを見て、自分のものにしたいと思いベッファはすぐに動いた。


 シルヴィアの実家のレヴナール公爵家を王宮へ呼び出した。当時、レヴナール公爵家は所有していた商会が隣国との国境付近で魔物に襲われ、かなり大きな損害が出ていたのである。ベッファはそこに目を付け「シルヴィアを私の妃にすれば援助しよう。そして王妃の実家ともなれば様々な利益がもたらされるであろう」と言った。


 当時のレヴナール公爵は二つ返事で隣国の王子との婚約が持ち上がっていたシルヴィアをベッファへと差し出したのだった。


 シルヴィアは貴族の中で一番高い地位の娘、才色兼備で隣国の王子と婚約話が出るほどに優秀な女性であった。ベッファが見初めたことにより婚約話はなくなり、18歳の若く美しいシルヴィアは29も年の離れた当時47歳だった国王ベッファの妃になることになった。


 隣国の王子はシルヴィアより2つ年上でお似合いの二人だったともいわれている。


 貴族も神殿も国民も、女神に愛されし豊かな国、グリンカント王国の世継ぎを望んでいたからか、若い娘が父親ほど年の離れた男に嫁いだことに何も感じていなかった。


 若く美しい乙女だったシルヴィアがこのことを語ったのはたった一度きりだった。



「血が近いからなんだというんだ。僕がベアトリーチェを婚約者にしたいんだからするべきだ、なあそうだろう?」


 床に転がっているメイドの肩を踏みつけながら、ディエゴはメイドに問いかけた。メイドは顔を青くし壊れたように「はい」と何度も頷いた。


「そんなに婚約者にしたいなら、しちゃえばいいじゃない」


 不意に聞こえてきた声にディエゴはひくりとこめかみを引くつかせ、声がした方へと視線を送る。声の主は扉とは正反対の窓の傍に置かれているチェストに腰掛け笑っていた。ジルダも従僕も存在に気付かず、驚きを隠せなかった。


「魔女か、礼儀も知らないようだ」


「あら、ごめんあそばせ。私ベッファ様の愛人の魔女でアリアと申します。こう見えて一応伯爵令嬢ではあるんだけど。それより私だったらディエゴ殿下の願い、叶えてあげられますわ」


「は、愛人如きに何ができる」


「私、魔女は魔女でも強力な魔法は使えないの。でもね、自分で言うのもなんだけど優秀な薬師ですの」


 腰掛けていた場所からひらりと、まるで飛ぶように動き、ディエゴの目の前までやってくる。ディエゴを守るように前に立った従僕の鼻先で刺繡入りのハンカチを数度振ると、従僕はディエゴの横に崩れ落ちた。そのことを気にするでもなく、ディエゴはソファに腰掛けたまま問いかけた。


「それで優秀な薬師がどうやって僕の願いを叶えるんだ?」


「それは簡単ですわ! 殿下の邪魔をする者は排除してしまえばいいのです」


「……」


「あ、排除って分かるかしら。殺しちゃうってこと……かしら? ちょっと違うかしら、でもまあいなくなってもらうってこと」


「馬鹿にするな。そのくらい分かる」


「まあ! 8歳と聞いてましたが話が早くて助かります。この場合、殿下の邪魔をしている人って誰かしらぁ」


 自身を魔女と名乗ったアリアは人差し指を顎に付けると、口角だけを上げてディエゴに向けて笑みを作った。答えは簡単だった。床で青くなっているメイドは震えが止まらず、体を丸めた。


「半年……いや、三カ月だな。三カ月で排除できるんだったら、陛下の次の王妃に名前を挙げてやる」


「三か月もいただけるんですの? それだけいただければ簡単ですわ」


「それで薬師ということは薬を使うということか」


「もちろんです。今すぐにお見せしますわ」


「僕に薬は効かないぞ。祝福を授かっているからな」


 グリンカント王国の国王やその息子たちは、王太子に選ばれた際に神殿より祝福石を授かる。しかしディエゴは生まれた瞬間に王太子に選ばれ、唯一の王族ということですぐに祝福石を授けられていた。ディエゴが神殿より授かった祝福石は「光の祝福」といい、祝福の契約者に対して害となる全ての魔法や毒物を無効にするというものだった。


 祝福というから神より授けられるものと思いがちだが、大体は神殿が宝石類に魔法効果を付与したものを貴族に金品を貰い授けている物だった。より強い祝福石を貰うためには神殿に多額の金品を納めることになるが、ディエゴの場合は王族という身分から豊穣の女神に愛されし者ということで、神殿より強力な祝福石を献上されていた。


 ディエゴの青い瞳と同じ色の宝石に魔法効果を付与し、宝石はブローチとして加工され、常に身に着けていた。祝福のおかげか、ディエゴは今まで大きな病にかかることなく過ごせている。


「嫌ですわ、殿下にそのようなことは致しませんわ。ここにちょうどいいのがいるじゃないですか」


 細められた双眸がぎょろりと床で踏みつけられているメイドを見やる。同じようにディエゴもまた自身が足蹴にしていたメイドを目の端に入れた。


「ああ、確かにちょうど良いのが転がっていたな。よし、やってみろ。汚い声の一つでもあげさせてみろ、今すぐお前ともども牢にぶち込んでやる」


「本当に8歳ですかぁ? 怖いですけど、私頑張りますわ」


「や、やめで……わ、私に弟がいるんです、弟が……誰にも、誰にも言いません、言いませんから、どうかどうか」


 メイドは額を床に擦り付けるようにして顔を伏せたが、伏せられた顔に少し焼けた肌色の指が顎を掴み顔を上げさせる。


「ジルダ、手伝え」


 ディエゴがジルダを見ることなく指示し、ジルダもまた頷くことなくメイドの頭を抑えつけた。アリアの長い指が顎を固定し、口を開かせると残念そうに眉根を寄せてアリアは口を開いた。


「ごめんなさいね、私も本当はこんなことしたくないんだけど、貴方にはここで消えてもらわないといけないから」


「いあ、いあ……んぐっ」


 嫌だと涙を流し顔を振るメイドの頭が少しも動かないようにジルダは強く固定し、アリアはどこからか取り出した小瓶の液体を口の中へ流し込んだ。泡を吹くでも、白目をむくでも、大声を上げるでもなく、眠るように目を閉じてメイドの体からはくたりと力が抜けて、息絶えた。


「はい、終わりですわ」


「もう死んだのか?」


「ええ、ほら、殿下も口元に手を当ててみてくださいな」


 くたりと力の入っていないメイドの体が誰にも触られず、ディエゴの傍まで浮遊する。そっと鼻と口に手を近づけると確かに呼吸はしていなかった。アリアは自信に満ち溢れた瞳でディエゴを見やり、華やかに笑った。


「本当に良いのですか。殿下のお母様ですよ」


「逆に聞くが、僕の願いを聞かない母などもう必要ないだろ? 僕の邪魔をするのなら消えてもらうしかないね、残念だけど」


 ディエゴは「本当に残念だ」と呟きながら、にんまりと歪んだ笑みをこぼす。ジルダは2人の邪魔にならないように眠っているだけの従僕を奥の部屋に抱きかかえ連れて行く。アリアはディエゴの笑みを見て、改めて約束を取り付けた。


「では三カ月以内にやり遂げますわ」


「成功したら社交シーズン中に父上にお前を新しく妃にするように口利きしてやるよ」


「うふふ、お任せあれ。それでは私はこれで失礼しますわ。そのメイドは冷たくなっちゃう前に人を呼んでくださいね」


 突然現れた時同様に、一瞬メイドに視線を向けた隙にアリアはその場からいなくなっていた。ディエゴはメイドの顔を足先で押し上げると、眠っているようにしか見えないその姿に興奮を覚えた。しかしいつまでも座っているわけにはいかず、テーブルの上に置かれていたティーポットを下に落としベルを鳴らした。


 すぐに使用人が駆け付け、ディエゴは心配した表情を浮かべ事情を話した。


「母上の噂話をしていたから注意していたんだ、そしたらいきなり僕に襲い掛かってきたが、すぐに倒れてしまって……」


「なんと! 殿下にお怪我はありませんでしたか」


「心配ない。祝福のおかげで何ともない」


「それはようございました。すぐにこの者は処理いたします」


「疲れたから今日は夕食はいらない。もう休みたいから一人にしてくれ」


「承知致しました」




 侍従がゆっくりとドアを閉め、その隙間から数人の使用人に抱きかかえられ出ていく息のないメイドを見るとディエゴの口元が酷く歪んだ。しかし、その姿を見ている者は誰もいなかったのである。



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