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 大声でリャニャを呼んだユイ先生は、リャニャに駆け寄ると、ガシ!と両手で肩を掴む。

「あの!魔法式!!どう言うことだい!?アタシじゃ解析できなくてリャニャくんに訊こうとしたらいなくなっているし、探したよ!」

「えっと」

 なるほどユイ先生は思考の世界に旅立っていたから、リャニャたちが立ち去ったことすら気付いていなかったらしい。

「バルツザット教授」

 どう答えようか、と迷ったリャニャに代わって、アガード先輩が声を上げる。

「リャニャさんはこれから、師匠に指導を受ける時間なので、ご遠慮頂けますか?それに」

 ニコ、と微笑んでいるはずなのに、その笑顔はなぜか底冷えするような圧があった。

「特別に、"見せてあげただけ"です。見せて貰えただけでも感謝すべきなのに、さらに解説を受けようなんて、おこがましいですよ?」

「しかしアガードくん、」

「リャニャさん」

 リャニャに向けられた顔は、いつも通りの笑顔だった。

「あのとき本当は、"魔法式を使う必要はなかった"ですよね?」

 気付いていたのか。

 リャニャは逡巡してから答える。

「はい」

「わざわざ、魔法式を展開したのは?」

「ユイ先生に助けて頂いたので、そのお礼に」

「見せるだけのつもりで?」

「そうですね。今回限りの魔法式なので、汎用性がない上に、発動可能な人間が限られるので、解説してもあまり意味はないかと思います」

 アガード先輩が頷いて、ユイ先生へ顔を戻した。

「と、言うことです。"珍しい魔法式が見られた"それだけで、十分過ぎる謝礼と思って諦めて下さい。書き留めた魔法式を研究することは、止めま、」

「いえ、危険なのでやめた方が良いです」

 自分が発動した魔法式を思い出して、リャニャはアガード先輩の言葉を遮る。

「構造自体は、研究しても問題ありません。文言も、机上の研究だけでしたら大丈夫です。ただ、意味を理解しないままの実証実験は駄目です」

 まず、求めた効果が危険極まりない。そして、条件も危険だ。いけないことを禁止したから、もし、"禁止"部分が抜けてしまえば、とんでもないことになりかねない。

 ピクシーが悪戯でひとを殺すところなど、リャニャは見たくない。

「あれは、ピクシーのための魔法式で、ピクシーは気まぐれで気分屋です。ずっと幼いままの妖精ですから、加減も知りません。強い力を持っているけれど、心は幼い子供なのです。倫理観も罪悪感も持ちませんから、楽しそうと言うだけの理由で、どんな残忍なことも、悪意なくやります」

 ピクシーは、命を奪うことを、躊躇わない。

「あれは、わたしだけが使える、とっておきの魔法式です。ですから、ユイ先生に頼まれても、詳細は教えません」

「リャニャくん、きみは、魔法使いなのかい?」

 リャニャは首を振った。リャニャが自在に扱えるのは、ピクシーを動かす魔法式だけだ。それだって、ともだちの協力があるから出来ること。

「わたしはたまたま、ピクシーから魔法式を習っただけです。ほかの妖精や精霊を、自在に動かす魔法式は知りません」

「ああ、前も言っていたね。ピクシーから聞いたって。どうして聞けたのか、理由は教えてくれなかった」

「それは」

 リャニャは口籠もる。

「リャニャ・ラタンは」

 代わりに答えたのは、天鵞絨ビロードのように美しい声。

「アウィシャクの辺境にほど近い村の生まれだ」

 とん、とリャニャの背中に手が触れる。

「その村に、生後間もなくから十六まで、妖精界で暮らしていた子供の記録がある」

 知っていたのか。リャニャは表情を強張らせた。

「リャニャとその子供の年齢差は四歳で、十歳も歳上の実の兄より、歳が近く、同じ年頃の子供が少ない辺境の村で、リャニャはその子供と兄妹のように過ごしていたと聞いている」

「待ってくれ。その子は、子供時代を妖精界で過ごしていたんだろう?四歳差のリャニャくんが幼い頃なら、村にはいなかったのでは、まさか」

 リャニャが挟む口を失っているあいだに、話は進んで行く。

取替子チェンジリングだ。リャニャは子供に取り替わったピクシーを、兄代わりの幼馴染として幼少期を過ごしている。リャニャがピクシーの知識を教わっていても、なんら不思議はないだろう」

 見開かれたユイ先生の目に、青褪めたリャニャの顔が映った。

「こんな話を」

 リャニャの目が、大きな手で塞がれる。

「おいそれと他人に話したいと思うのか、お前は」

 答えはない。代わりにリャニャの背後からため息が聞こえて、ふわりとリャニャの身体が浮く。

「行くぞ。いつまで待たせる気だ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 開けた視界で、流れる景色を背景に、いつもより近くクラシュ師匠の顔が見える。

「これに懲りたら、よそでやたらに優秀さを見せるな。自分が魔法師垂涎の研究対象だと、そろそろ自覚を持て」

 リャニャ自身も、迂闊だったかもしれないと思い始めたところだったので、クラシュ師匠の叱責はよく刺さった。

「ご、ごめんなさ、」

「いや。今回に関してはあれで良かったが」

「え?」

 ぱちくりと、目をまたたかせるリャニャに、クラシュ師匠は悪者めいた笑みを見せた。

「お前がさっき見せた魔法式を、すべて覚えられたのは、俺とバルツザット教授だけだろう。そのほかは、展開が早過ぎて覚えるどころか、お前がいくつ魔法式を展開したのかすら、わかっていないかもな」

 くく、とクラシュ師匠が喉を鳴らす。

「つまりあの場にいた者のほとんどが、お前が凄まじい速度で、魔法式を展開出来ることしかわからなかったってことだ。あとは、サトラくらい目が良ければ、使った魔力量もわかるか」

 く、く、く、と、クラシュ師匠はいつになく上機嫌だ。

「あの速度の魔法式展開が出来る魔法師は、上級でも珍しい。数人とは言え下級魔法師が見ていたからな。噂が伝わるはずだ。リャニャ・ラタンは、天才だと」

「天才。わたしが」

 アガード先輩やサトラ先輩にも、何度か言われた。けれどリャニャ自身は、自分が天才だなどとは思えない。

「魔法式の展開が早く出来て困ることはない。まあ、使う魔法によっては、早過ぎると不発になることもあるがな。お前はその辺の匙加減は巧いだろう」

 確信を持って、クラシュ師匠は言う。

「あれが最速というわけではなく、ピクシーが理解出来る速度に抑えていたからな」

「……はい」

 ははっと、クラシュ師匠の笑う振動が、リャニャに伝わる。

「最速が見せられなかったのは残念だな。即興だと気付いたものも少ないか。そこも残念だ。まあ、そんなものはこれからいくらでも覆せる。あの速度でも常人から見れば十二分に速い。むしろ、最速を見せなかったことで、現状の評価を覆しつつ、奥の手を隠せたと、言えなくもない」

 ピクシーに口利きをするとリャニャが約束したときと、同じくらい上機嫌に、クラシュ師匠は語る。

「常々、お前の評価が低過ぎると思っていた。これで、お前が俺の弟子でいるのは分不相応だなどと寝惚けたことを言う阿呆共を黙らせられるだろう。バルツザット教授は今後うるさいだろうが、どうせ遅かれ早かれ、お前の価値には気付かれていた。ならば、いちばん煩くなりそうな相手に、釘を刺せる状況で知られたのは、悪いことではない」

 リャニャ、とクラシュ師匠がリャニャを呼ぶ。

「しばらくは、バルツザット教授の研究室に行くのは控えろ。ある程度の基礎はもう、習ったんだろう?」

「はい」

「なら、質問があるときは俺かアガードに訊け。基礎的な内容の指導の巧さでは、バルツザット教授の方が上だろうが、知識量で負ける気はないし、お前は基礎さえしっかり押さえておけば、あとは自分でいくらでも応用出来るからな」

 ゴチ、とクラシュ師匠の顎がリャニャの頭に乗る。

「サトラかアガードが一緒にいるときに、初級魔法師と交流するのは止めん。雑談くらい好きにしろ。だが、専門的な話は、しばらく外ではするな。良いか、リャニャ」

「わかりました」

「ん」

 クラシュ師匠の顎が、リャニャから離れた。

「窮屈だろうが、しばらく我慢しろ。お前が上級魔法師になれば、とやかく言えるやつもいなくなる」

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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