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急用と言って飛び込んで来たユイ先生。授業中に乱入するくらいだから、なにか大事な用事だったのではないだろうか。
「あーそれ」
サトラ先輩が苦笑になって言う。
「急用は方便だから、大丈夫だよ」
「えっ?」
「アミラがね」
名を呼ばれたアミラ先輩が、少し気まずげな顔で振り向く。理由がわからず、リャニャは首をかしげた。
「リャニャちゃんが、調合用のローブのままで帰って来ているから、なにか事情があるんじゃないかって、ずっと気になってたらしいんだ」
「ずっと?」
「うん。最初はちゃんと着替えて来てたのに、四週目に調合用のローブのままで戻って来て、その次の週は着替えて来てたけど、さらに次の週からは、ずっと調合用のローブのままで帰って来てるって。手荷物も、だんだん減って行って、最近は持たなくなったって」
確かに、四週目くらいに、着替えた直後を狙われて、頭から調合廃水をぶちまけられて、仕方なくまた調合用ローブを着たことがあった。その次の週は調薬室を出てから着替えたから大丈夫だったけれど、さらに次の週は荷物の方に臭いの強い薬液をかけられたので、次からは調合用ローブのまま行き帰りするようになった。
ただのズボラに見えなくもないリャニャの行動を、気にかけて心配してくれていたひとがいたなんて、リャニャは思ってもいなかった。
「それで、ずっと気になってたから、リャニャちゃんがバルツザット教授の研究室に来たのをきっかけに、教授に相談して、それを聞いたバルツザット教授が、それなら授業中の様子を見てみようって」
「それで、ノックもせずに調薬室に」
「そう。だから、急用はないよ。ごめんね」
「いえ、急ぎの用事をすっぽかしたわけでなくて良かったです」
ユイ先生が来てくれたお陰で、クラシュ師匠だけでなく、ウィルキンズ先生や学長まで呼ばれて、リャニャに大きな非がないことを、発言力のあるひとたちの前で示すことが出来た。間違いなくユイ先生のお陰で、元をただせば、ユイ先生を動かしてくれたアミラ先輩のお陰だ。
「アミラ先輩、ありがとうございます」
「お礼を言われる資格なんてないよ!」
アミラ先輩が、勢い良く否定する。
「だって、前からおかしいって思ってたのに。あたしが、もっと早く、動いていれば」
「もっと早く止めて貰っていたら、ここまではっきり罰せはしなかったし、わたしも、踏ん切れなかったと思います。守って貰うだけのお荷物だって、魔女に未練を残したまま、嫌々魔法師を目指していたかも」
リャニャは笑う。優しい先輩が、これ以上自分を責めないように。
「いまで良かったのです。アミラ先輩。いまが、いちばん、良かった」
さすがに弗化水素酸をかけられては、リャニャも黙っていられないし、リャニャ以外にも重篤な怪我人が出た。あれが露呈の時機で、そして、ユイ先生のお陰で、リャニャにとって良い状況で、すべてを暴露出来た。
「でも」
「アーミラっ、良い加減にしな」
なおも言い募ろうとしたアミラ先輩へ、サトラ先輩がたしなめる色を含んだ声を上げる。
「いつまで、リャニャちゃんに慰めさせる気だよ。被害者はアミラじゃなく、リャニャちゃんなんだけど?リャニャちゃんが良いって言ってんだから、いつまでもウジウジ煩わせんなよ」
そんなことを言うのかと、リャニャが驚くくらいに辛辣な言い様だった。
「つか、気付いたアミラがそんな自分を責めんなら、気付きもしなかった僕らはなんなわけ?リャニャちゃんは、胸張って僕らの兄妹弟子って言えるようになりたいって言ってくれたけど、僕の方が、胸張ってリャニャちゃんの兄弟子名乗れる立場にないよ」
「こらこら、サトラまでリャニャさんを困らせない」
不貞腐れたサトラ先輩を、アガード先輩がとりなす。
「あの魔女と見習い魔女たちは見限られましたが、私たちはまだ見限られていないのですから、ふたりとも、過去に落ち込む前に、未来を考えなさい。幸いにも、リャニャさんは生きて私たちの横に立っていてくれるのですから、この幸運をどう活かすか、あなたたちがいま考えるべきはそれですよ」
リャニャと繋がれたアガード先輩の手に、力が籠った。
「今度こそ、守ります。その方法を、考えないと」
{じるすあ!}
不意にずっとリャニャの右肩で大人しくしていたモフが声を上げて、ポフン!と小モフをふたつ吐き出した。フヨ、と飛んだ小モフは、ひとつがリャニャの左肩に、もうひとつがアガード先輩の右肩に乗る。
「え、これなあに?」
{りにー}
{{にー}}
きょとん、と訊ねたリャニャへ、モフと小モフから答えが返る。
「え、でも」
{{にっ!}}
リャニャが反論しかけると、小モフたちが、フンッと震えて、赤く点滅した。さらに、ピカーッと赤く光り、互いを指差すように、毛の一部を持ち上げる。
「そんなことも出来るの?」
リャニャが驚いた顔をすれば、モフも色を戻した小モフも、ドヤ!と毛を膨らませた。
「リャニャさん?」
状況かわかっていないアガード先輩が、首を傾げてリャニャの顔を覗き込む。
「あ、えっと」
どう説明すれば良いだろう。
リャニャは迷いつつも、自分の肩の小モフを指差した。
「彼らは対で、同期しているらしくて。どちらかが危険なときは、赤く点滅して教えてくれるそうです。およその方角も。それで、点滅じゃなくて、赤く光ったらもっと危険なときだそうです」
「ああ、私がこの方たちの言葉がわからないから、配慮して下さったのですね」
相変わらず理解が早い。
微笑んだアガード先輩が、笑みをモフたちに向ける。
「ありがとうございます。リャニャさんの危機には、なにを置いても駆け付けて見せます」
小モフを点滅させないようにしなくては。リャニャはそっと誓った。忙しいアガード先輩を、煩わせてはいけない。
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