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「リャニャくん」
リャニャがウィルキンズ先生と話しているあいだは、黙って後ろで控えていたアルマン教授が、リャニャを呼ぶ。
「また私は、きみを守れなかったな」
「いいえ」
調薬の授業だけだったならば、リャニャはとっくに折れていたかもしれない。
「ずっと、守って貰っていました」
態度こそよそよそしくても、アルマン教授がリャニャを冷遇することはなかった。だからリャニャは、四ヶ月、魔女そのものを見限らずにいられたのだ。
「アルマン先生の授業では一度も、理不尽な叱責を受けていません。ちゃんと授業を、受けさせて貰えました。それがどれだけ、ありがたかったか」
「そんなもの、当然のことだ」
アルマン教授の、ウィルキンズ先生以上に荒れた手が、リャニャの両頬を包む。
「私は教師だ。学ぶ気を持つものは拒まない。この前のように、助けが欲しければいつでも来ると良い。きみが幸せになる手助けを、私にできる限りでやろう」
ああ、このひとは、こんなにも優しい。リャニャは彼女と、道を分かつ決断をしたのに。
「はい。ありがとうございます」
「きみの立場は特殊だ。魔法師を目指すとしても、困難はあるだろう。けれどきみの努力を、見ているものは必ずいる。それを忘れないでくれ。心細くなったときは、来ると良い。きみのために、お茶を入れよう」
「っ……」
うつむいたリャニャの顔に、ハンカチが当てられる。
「すまない、また、泣かせてしまった」
リャニャは首を振る。アルマン教授は、なにも悪くないのだ。
ぐ、と気合いを入れて、リャニャは顔を上げた。アルマン教授を見上げて、言う。
「たとえ、道は外れても。アルマン先生に教わったことは、忘れず糧にし続けます。たとえ師匠ではなくても、魔女の後輩ではなくなっても、わたしにとって、あなたは生涯尊敬し続ける、恩師のひとりです」
「ありがとう。きみの尊敬を裏切らない魔女で居続けることを、きみに誓おう。さ、もうお行き、リャニャくん。大丈夫。光あふれる未来が、きみを待っている」
「はい。いつか、また」
「ああ、また」
深く頭を下げ、リャニャはアルマン教授にも背を向ける。もっと彼女に、教わりたいことはあった。けれどそれを言うことは、いまは未練になってしまう。
いつか。そう、いつか。リャニャがこのことを、割り切れたなら。
「まだ、若いのですから、可能性はいくらでもありますよ」
アガード先輩から見透かしたように言われて、リャニャは苦笑した。
「そうですね。調薬の出来る魔法師が、いたって良い」
「ええ。ですが、ここはあなたに相応しい場所ではありませんでしたから、もう行きましょう」
差し出されたアガード先輩の左手に、リャニャは右手を重ねる。
「痛いところは、ありませんか?」
長年の夢を諦めた。胸はまだ痛む。
それでもリャニャは、微笑んで頷いた。
「はい。もうすっかり」
答えたリャニャの繋いだ手を、アガード先輩が指でなでる。
「あ、ちょっと先輩!リャニャちゃんは僕とお昼に行くんです。なに、ちゃっかり仲良くお手々繋いでるんですか」
「おや、私が一緒だとなにか問題が?」
「初級魔法師のなかに上級魔法師が混じったら、みんな緊張するじゃないですか。楽しくごはん出来ない!」
リャニャの左手を取って、アガード先輩に物申すサトラ先輩の横で、初級魔法師のひとりが呟く。
「いや、可愛い後輩が一緒な時点で緊張はするし、アガード上級魔法師の話が聞けるならぜひご一緒したい」
「わかる」
「俺も」
そんな会話を聞き逃す、アガード先輩ではない。
「私がいても良いそうですよ、サトラ」
「う、裏切り者っ」
「だってそんな機会そうそうないし」
「うちの師匠がアガード上級魔法師のことはベタ褒めだから、実はすごく尊敬してるし、ずっとサトラのこと羨ましいなって思ってた」
「それな。俺の師匠もベタ褒めだよ」
「上級魔法師からアガード上級魔法師の悪口って聞いたことない」
口々に出される高評価に、リャニャはさすがアガード先輩だなと感心する。
「後輩に尊敬して貰っているとは、嬉しいものですね。お言葉に甘えてご一緒しても?」
「喜んで!」「ぜひ!」「お願いします!!」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
アガード先輩の麗しい笑みに、下級魔法師が見惚れる。
「僕の意見は丸無視の非道い先輩なのに、なんでこんなに慕われるのかな、リャニャちゃん」
そんなアガード先輩と同級生たちに、不服げなサトラ先輩。
「えっと」
「サトラ、アイス奢ってあげますから、そんなに拗ねないで下さい」
答えに困ったリャニャへ、アガード先輩が助け船。
「そこはごはん奢るとこじゃないですか」
「さすがにこの人数に食事を奢ると、いくら学食でも高いでしょう。サトラの好きなコーヒーフロートにしても良いですから」
「うっわしれっとみんなにアイス奢る発言。やっぱり人徳は財力次第かあ」
「サトラも人脈は広いでしょうに」
アガード先輩とサトラ先輩のじゃれあいを横目に、そう言えば、とリャニャは思い出し、背後の調薬室に目をやった。
ユイ先生、すごい勢いでメモを取ったあと、思考の世界に旅立っていたけれど。
「急用って、言っていたような」
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
いまだから言える裏話
当初は存在しない登場人物でした、アルマン先生
加筆修正が必要になった元凶ですが
いて良かったなと思います
続きも読んで頂けると嬉しいです




