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「なら、今日こそ一緒に食べよ、リャニャちゃん!学食のオススメ教えてあげる!」
サトラ先輩が満面の笑みで、手を差し伸べて来る。
「はい。アミラ先輩も、一緒に行きましょう?」
「いぐ……」
まだ、グスグスしているアミラ先輩が、それでも離れてくれたので、フワッとモフが肩に戻って来る。
{おとうさん、冷やしてあげて}
{にー}
ポフと飛び出た小モフが、ポスンとアミラ先輩にぶつかって弾ける。
「リャニャちゃん?」
「あんまり泣くと、美人が台無しですよ」
リャニャがハンカチでアミラ先輩の顔を拭えば、いつも通りの凛々しい顔になった。リャニャは満足そうに頷いて、はた、と手を叩く。
「あ、サトラ先輩、少しだけ待って貰えますか?ウィルキンズ先生とアルマン教授に、ご挨拶して来ます」
「うん、待ってるから、ゆっくりで良いよ」
サトラ先輩に礼を言い、ウィルキンズ先生のところに向かう途中、窯の手袋のことを思い出す。
「手袋……」
{ふしゃ!}
ちら、とリャニャが窯に目を向けると、モフが鋭い声を上げて、窯の火が消えた。
「あ、ありがとう。手、届くかなあ」
{しゃしゃ}
くるりと吹いた風が、リャニャの手袋を運んで来る。火鼠の革は流石で、少しも燃えていなかった。
「ありがとう。せっかく貰ったものだから、一組だけでも無事で良かった」
{りにー}
「うん。使いやすくて、お気に入りだよ」
ありがとうと、リャニャがお礼を言いつつ魔力を渡せば、モフはポポポと嬉しそうに揺れた。
手袋をローブのポケットにしまい、今度こそウィルキンズ先生たちのところへ向かう。
「ウィルキンズ先生、アルマン先生」
「リャニャくん」
「あの、こんな結果になってしまいましたが、いままでありがとうございました」
弟子に指示を出していたウィルキンズ先生と、その補佐に回っていたアルマン教授に声を掛け、頭を下げる。
「そんな、わたしは、あなたをちゃんと指導出来なくて」
「無理を言ったのは、わたしでしたから。ご迷惑をかけておきながら、最後まで学びきらずに諦めて、申し訳ありません」
顔を上げないまま謝罪を口にしたリャニャの肩に、ウィルキンズ先生の手がかかる。節くれだった、皮膚も爪も厚い手は、彼女がそれだけ、多くの薬を作って来た証。
「あなたが諦めざるを得ないところまで、気付かなかったこちらの落ち度よ。あなたが謝ることではないわ。だから、リャニャくん」
リャニャの頭を上げさせたウィルキンズ先生は、しっかりとリャニャを見つめて言った。
「もしもまた、調薬を学びたいと思ったなら、遠慮せずわたしの研究室の戸を叩きなさい。わたしが生きている限りはいつだって、あなたが学ぶための手助けをするわ」
「ありがとうございます、ウィルキンズ先生」
「あなたのような、素晴らしい魔女になる素質のある生徒を、失うような学院にしてしまったことが悔しくてならないわ」
ウィルキンズ先生のこの言葉が、嘘でなければいい。
リャニャは思って、抑えた声で告げる。
「報復として、精霊や妖精に彼女たちへ手を貸さないよう言うことはしません。ただ」
ちらりと肩のモフに目を向けて、続けた。
「だからこそ精霊も妖精も、個々の感情のまま、行動を決めます。今回のことで、彼女ら個々人や、魔女と言う存在に対する心象を下げたものは、少なくないそうです。今後の行動次第では、誰かが、あるいは、魔女全体が、一部の精霊や妖精から手助けを拒否されることも、あり得るでしょう」
「そ、れは」
「今後の行動次第です。それに、全体ではないので、もし精霊たちに拒否されたとしても、土地を変えれば影響は少なくなると思います」
リャニャに出来る忠告はここまでだ。現状リャニャに忠告以上のしてあげられることはないし、なにかしてあげる義理もない。
「彼らはいつでも、そばにいます。常に見られていると言うことを、忘れないで下さい」
ウィルキンズ先生は少し言葉に迷ったあとで、頭を下げた。
「忠告、感謝します。ありがとう、リャニャくん」
「あなた方の先行きが、明るいものであることを祈ります」
リャニャも頭を下げてから、ウィルキンズ先生と視線を合わせた。
彼女に対して、どんな感情を待てば良いのか、リャニャの心の整理はまだ着いていない。
「では、失礼致します。わたしの報復は、ピクシーが渾身の悪戯をするだけです。身体に害は出さないよう、お願いしてありますが、精神的には疲弊するかもしれません」
「その程度で、許されるようなことではなかったのに」
ウィルキンズ先生は、謝罪を口にはしなかった。リャニャが謝罪を不要と言ったからだろう。拒否された謝罪を押し付けることは、謝る側の自己満足だ。
「ありがとう、リャニャくん。あなたの未来が、希望と幸福で満ちていることを、祈っているわ」
「ありがとうございます。さようなら、ウィルキンズ先生」
「ええ、またね、リャニャくん」
ぺこりと頭を下げて、リャニャはウィルキンズ先生へ背を向ける。
またねと、言ってくれた。リャニャに調薬を教えると言う言葉が、社交辞令でないのなら。リャニャの気持ちが割り切れたあとで、ウィルキンズ先生の研究室の扉を叩く日が、来るだろうか。
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