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「魔女の見習いは、もうしません」
リャニャはきっぱりと宣言し、さらに続ける。ちらりと目をやったアルマン教授は、悔しげな顔ながら、頷いてくれた。リャニャの決断を、認めるように。
「賠償も、わたしは求めません。被害届も出しません」
「それでは、あなたが損をするばかりに、」
「どんなに謝られても、償われても、わたしは許す気がないからです。ひとを救うための調薬を学ぶ場で、ひとを救うための道具で、ひとを傷付けることしかしない魔女も、見習いも、わたしは許せない」
ウィルキンズ先生が、言葉をなくす。
リャニャは目を閉じ、口にした。
{このへやで、わたしをきずつけた、すべてのものを。にどとわたしに、かかわらせることをきんず}
{りるすぐぁ!}
モフがブルブルと震え、ワサワサと小モフを振り撒く。ヒューンと飛んだ小モフは、教室にいる、ウィルキンズ先生とアルマン教授以外の魔女と見習いたちに、ポスンと当たって消えた。
ぎょっとして飛び上がり、怯えきって震える姿に、ほんの少しだけ、胸がすく心地がした。
「二度と、顔も見たくない」
「リャニャくん」
「賠償も謝罪も受け取りませんし、被害届も出しません。求めることはふたつだけ。二度と顔を見せないこと。それから、これからわたしがする報復を、甘んじて受けること。良いですね、ウィルキンズ先生、それから学長」
「報復は、」
「大人しく」
ぎょっとしたウィルキンズ先生を、止めたのはアガード先輩。
「受けた方が身のためだと思いますよ」
リャニャの隣に立ち、そっと肩を抱く。
「リャニャさんが、きちんと報復しなければ、あのお方が動きます。これは、被害者のためではなく、加害者のための報復です」
「それは、どう言う」
「詳細までは、私では聞き取れませんでしたが」
アガード先輩が、ウィルキンズ先生を見据えて言う。
「かのお方は、リャニャさんが酷い目に遭わされたことに非常にご立腹で、報復に走ろうとしていたようです。けれどそれを、報復の機会は被害者である自分に譲って欲しいとリャニャさんが交渉したから、かのお方が報復を諦めて下さった。そうですよね、リャニャさん」
最後の言葉はリャニャを見下ろして言われたので、リャニャは頷いて答える。
「はい」
「かのお方は、報復になにをなさろうと?」
「眷属に、加害者へ二度と手を貸すことのないように、御触れを出すと言っていました」
顔色をなくした学長が、アガード先輩を見る。
「眷属、あ、アガード、上級魔法師、かのお方は、しかし、」
「私にも確証はありませんが、おそらく一声で、すべての精霊と精霊に仕える妖精に、命令を聞かせられる程度の地位にはあらせられる方かと思いますよ?」
「つまり、ほとんどすべての、魔法が使えなくなると」
「魔女の秘薬も、精霊や妖精の手が必要なものは全滅でしょうね。魔女として生計を立てることは、不可能になるかと。……似合いの罰ですね。その方が世の為には良いのでは?彼女らに魔女の資質があるとは思えませんから」
振り向いたアガード先輩の発言は、彼が未だに怒りを鎮めていないことを示していた。
「魔女生命の危機だったってことですね、先輩!でも、精霊に仕えるような妖精って、魔法を使わなくても手助けしてくれてるじゃないすか。脅かされるの、魔女生命だけで済むかなー?」
「いえ、十中八九、普段の生活にも不自由しますね。井戸水が枯れないのも、暖炉やかまどの火がよく燃えるのも、植物が健やかに育つのも、すべて妖精のお陰ですから」
「やっぱりそうっすよねー。んー、でも、因果応報っすね!リャニャちゃん、やっぱ慈悲とかいらなくない?お言葉に甘えて、女王陛下にお仕置きして貰おうよ」
そう言うことを迂闊に言わないで欲しい。本当に来てしまうから。
リャニャはぷるぷると首を振って拒否する。確かに怒ってはいるし、魔女の風上にも置けないひとたちだと思ってもいるが、べつに殺したいほど憎んでいるわけでもないのだ。ただ、許せないだけ。心を入れ換えて、立派な魔女になり、多くのひとを救ってくれる可能性があるのならば、リャニャはその未来まで奪いたくない。
{りにー}
「えっ、そう、なの?そっか……うん、それは仕方ないよね。教えてくれてありがとう」
そっと耳打ちして来たモフをなでつつ、ウィルキンズ先生に目を向ける。
「命に関わるような報復はしません。死んでしまっては、気付いて悔いることも出来ないですから」
「そうね。リャニャくんなら、大怪我をさせたり、病を振り撒いたりも、しないわね。学長」
「ああ、学長の権限で、リャニャ・ラタン中級見習いに、報復を許そう。ただし、期間は今より半月まで。命を奪うこと、大きな怪我や病気をさせること、対象の人間以外に被害を及ぼすことは禁止だ。条件を付けて済まないが、これで良いかね、リャニャ中級見習い」
リャニャは、こくりと頷く。
「十分です」
アガード先輩の腕から抜け出し、教室の端で黙って見守ってくれていた、ユイ先生に目を向ける。
「ユイ先生」
「うん?なにかアタシの手伝いが必要かい?」
「いえ」
リャニャは首を振って、悪戯っぽく微笑む。
きっと魔法式なしでもできるけれど。
「よく見ていて下さいね。特別に、とっておきですから」
言ってリャニャは、教室の見習いたちへと向き直った。
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