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※痛い(物理・心理)描写があります。苦手な方はご注意下さい。
「そもそもどんな権利があって、リャニャさんを貶していたのでしょう」
クラシュ師匠以上に冷たい声だった。知るひとの声と思えず、自分を抱きすくめる相手の顔を見上げて、リャニャは固まる。まるで、研ぎ澄ました氷の刃のように。冷えきった表情の美貌が、そこにあった。
「年齢差があるので指導者面が出来ていますが、十五歳のときの私よりよほど優秀ですよ、リャニャさんは。その、リャニャさんを落ちこぼれ扱いするとは、みなさんさぞ優秀なのでしょう。優秀な生徒が多いようで、魔女科は安泰ですね。羨ましいことです」
痛烈な皮肉に、リャニャまで耳が痛い心地だ。
アガード先輩がリャニャの頭をなでて、微笑む。微笑んでいるのに、ぞっとするほどの恐ろしさを感じた。
「ですが不思議ですね。優秀なはずの方々が、雄の水生馬の扱いや、弗化水素酸曝露時の対処は、全く出来ていなかったようですが」
リャニャと違い、弗化水素酸をリャニャにかけたふたりの見習いは、まだ火傷に苦しんでいる。床にうずくまる彼女らを、アガード先輩は排水口の澱でも見るような目で見下ろした。
「あなたたち、わかっていますか?」
アガード先輩が片手でリャニャを抱いたまま、氷魔法を使って見習いふたりの顔を上げさせた。うずくまった見習いふたりは、自分に向けられた、窒素すら凍るような怒りに、ヒッと喉を鳴らして怯えた顔をする。
「リャニャさんが魔法を使っていなければ、死んでいましたよ、あなたたちは。高濃度の弗化水素酸です。たちまち体内に回ってカルシウムを収奪し、あなたたちを死に至らしめたことでしょう」
わかりますか?とアガード先輩は問い掛ける。
「リャニャさんがとっさの機転で、自分とあなたたちの体内の弗化水素を取り除いたから、あなたたちはいま生きて、痛みに苦しむことが出来ているのです。そうでなければ、あなたたちふたりもリャニャさんも死んでいましたよ。なにせ、リャニャさんをさんざんこき下ろせるほど優秀なサルビア中級魔女は、許可のないまま利用を強行出来るほど長けた、弗化水素酸の、緊急対応でなんの役にも立たなかったのですから」
ぱ、と氷魔法を消して、アガード先輩はオルレイへと目を向けた。青ざめた顔で見習いふたりの応急処置をしていたオルレイが、不意に矛先を向けられて、びくっと震える。
「駆け付けたアルマン教授は、すぐに薬液を取りに走って下さったと言うのに、ね」
薬液を抱えたアルマン教授は、よほど急いでくれたのか、滝のような汗を流している。
「怒鳴り散らす前にやることがあることもわからない方が、調薬の指導者ですか。生徒が優秀だと、指導も楽なようで」
恐い。とてつもなく、恐い。調薬室は地獄の釜の様相だ。
けれど。
クラシュ師匠も、サトラ先輩も、アガード先輩も、リャニャのために怒ってくれているのだ。リャニャを大切に思ってくれていて、そのリャニャが傷付けられたから、こんなに怒っている。
ならばリャニャが、いつまでもうつむいていては駄目だ。胸を張ってクラシュ師匠の弟子を、名乗れるリャニャにならなくては。
「師匠」
リャニャの声が、空気を揺らす。
「サトラ先輩、アガード先輩も」
アガード先輩の胸を、強く押す。今度こそ、親鳥のような腕から抜け出せた。
「もう、良いです。わたしはもう、大丈夫です」
リャニャは親鳥の羽根の下から出て、ウィルキンズ先生とそれからアルマン教授と、視線を合わせる。
ウィルキンズ先生の後ろには学長が立っていて、困惑の深い顔でリャニャを見ていた。きっとウィルキンズ先生以上に、学長は寝耳に水だったことだろう。
姿勢を正し、リャニャは口を開く。
「わたしのせいでお騒がせして、申し訳ありませんでした」
リャニャは言って、背筋を伸ばしたまま、深く頭を下げた。
「リャニャくんのせいではないわ」
顔を上げてと言われて、リャニャは顔を上げる。
「あなたはわたしの指示通りに、真面目に調薬の授業を受けようとしていたのだから。それを、下らない嫉妬で、阻もうとしたものが悪いの」
ウィルキンズ先生は、生徒に対しても患者に対しても、敬語を使うひとだ。でも、自分の研究室の者には砕けた話し方をしている。何度も研究室に通ううち、気付けばリャニャにも、砕けた口調で話してくれるようになった。
「こんなに、下の子たちが腐敗していると思っていなかったの。謝って許されることではないけれど、ごめんなさい。わたし自身の目で見て、後進の指導をし直すわ。でも、リャニャくんにそれを待ってとは言えないから、あなたの指導はわたしが個別に、」
「いいえ」
みなまで聞かずに、リャニャは首を振った。
「もう、いいです」
もし、クラシュ師匠に選ばれていなければ、もっと違う道もあっただろうか。普通に見習い魔女として、上級課程を終えられただろうか。
「わたしはもう、魔女を目指しません」
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