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※残酷な描写あり。ご注意下さい

 教卓から、オルレイが教室を見回す。

「みんな、ここまで進めたかしら?次はこの薬液を使うわ。予め、ひとり分ずつ分けて瓶に入れてあるから、ひとりひとつ取りなさい。本当に、危険な薬品だから、絶対にこぼしたり、素手で触れたりしないように、注意して扱ってちょうだい」

 教卓に用意された瓶を、各自取りに行く。

「指示があるまで開けては駄目よ。一緒に配ったトレイに乗せて、机の真ん中寄りに置いて、倒したりしないようにして」

 オルレイの言葉は大袈裟なように聞こえるが、この薬品に関しては、少しも大袈裟ではない。

 弗化水素酸。触れればたちまち皮膚も骨も腐食し、気化したものを吸い込んでも致死する、猛毒だ。

「……?」

 ふと、引っ掛かりを覚えて、リャニャは眉を寄せる。月曜日の授業で、アルマン教授は中級見習いに弗化水素を使わせることはないと、言っていなかったか。オルレイはちゃんと、許可を得てこの調合を教えているのだろうか。

 疑問に思えど、いまのリャニャに解決するすべはない。息を吐いて、教卓へ向かった。

 リャニャは左手で瓶を受け取って机に戻ると、瓶をトレイに置き、ポーチからガスマスクとゴーグルを取り出した。

 アルマン教授は、腐食性が極めて高いので、扱う際は必ず耐腐食性の手袋を着用するようにと指導していた。片手分しか手袋がないのは不安だが、細心の注意を払うことにしよう。

 オルレイからガスマスクとゴーグルを着けるよう指示が出たので従い、全員着用するのを待って出された指示で瓶の蓋を開ける。瓶とは言っているが、ポリエチレン製の容器だ。弗化水素酸は、ガラスさえも腐食する。

 リャニャは左手で慎重に瓶を開け、トレイに蓋を置いた。蓋に付いた、わずかな薬液ですら下手なところに置けば周りを腐食するのだ。迂闊な場所には置けない。絶対に、素手の右手で触れることがないよう、右手は背中に回して作業する。オルレイの指示に従い、絶対に失敗しないよう集中して、リャニャは調薬中の液体へ弗化水素酸を流し込もうとした。

「──ッ!?」

 瞬間、なにが起きたか理解出来ず、激痛の走った右手を振ってしまった。

「ギャァアア゛ア゛ア゛ア゛ッ」

「イ、ヤァアア゛ア゛ア゛ア゛ッ」

 背後から響いたおぞましい絶叫と、対照的に軽い、コンッと言う音に、状況を理解し、魔法を発動する。

 上手く働かない頭が弾き出した魔法式は『助けて。洗い流して』。心優しい水の小妖精は、そんな乱暴な魔法式にも応えてくれた。

 痛い熱い熱い熱い!!

 駄目だ。蓋をしないと。

 激痛にのたうち回りたい気持ちに耐えて、左手の瓶をトレイに置き、蓋を閉める。幸い、一滴もこぼさず済んだ。リャニャは。

 振り向いて、床に転がった瓶を拾う。

 グルコン酸カルシウムは手元にない。完全に除去しなければ、命に関わる。

 『わたしを傷付けた毒を、ひとつぶ残らず、瓶に集めて』

 朦朧とした意識で、それでも魔法を使う。

「ラタンさん!?なに、許可もなく、魔法を、」

「調薬の実習にスカートとパンプスで来る馬鹿な生徒が脚を亡くすのとどちらがマシですか」

 どうにか立っているリャニャとは対照的に、絶叫した生徒ふたりは床に倒れてヒイヒイと泣きながら呻いている。

「あなたまた、」

「わたしは、一滴も、こぼしていません」

 倒れた生徒の机の上のトレイに瓶を戻し蓋を閉めて、リャニャは自分の机を指差す。

 ボタボタと、リャニャの右手から血かなにかわからないものが落ちた。止血帯は巻かれたままだが、真っ赤に染まってもう止血の役になんて立っていない。

 痛い。痛い。痛みで、吐き気がする。

「早く彼女たちを医務室に、」

「授業中済まない!リャニャくん!急用だ!」

 リャニャの言葉の途中で、調薬室の扉が開いた。

「うん?これは、どう言う、リャニャくん、その右手、どうしたんだ!!」

「えっ、リャニャちゃん!?ど、だ、ええっ!?」

 駆け込んで来たのはユイ先生に、サトラ先輩と数人の生徒。

「化学熱傷かい!?洗浄は!?」

「済ませました」

「そうか。偉いね。アミラ!アガードくんと、呼べるならサガン教授を呼んで来い!」

「今なら研究室のはず、僕が、」

「サトラは残ってリャニャくんを支えていろ!腕の腐食がひどい。下手に動かすと崩壊する。崩れ落ちれば、治らない」

「サトラ、あたしが呼んで来るよ」

「ありがと、アミラ、頼む。リャニャちゃん、辛いと思うけど、頑張って」

 サトラ先輩がリャニャに寄り添い、泣きそうな声で言う。

 部位欠損は魔女も魔法師も治せない。繋げる身体があれば別だが、繋げる身体がなくなってしまえば、もう治せないのだ。

「ダルツ、ソル、保健医を、いや、ウィルキンズ教授を呼んで来い!一刻を争う急患がいると言え!!アルトとジェンは学長!」

「はいっ」

 ユイ先生の指示で、生徒たちが散る。

「この速度の腐食、まさか、弗化水素か?なんで、弗化水素を素手で扱わせているんだ!この授業の監督者は誰だい?生徒を殺す気か!?ドリス、グルコン酸カルシウムだ!調薬室ならあるだろう、探せ!!」

 言いながら、ユイ先生は浄化と結界の魔法を使う。

「サトラ、もう大丈夫だから、リャニャくんのマスクとゴーグルを外せ。顔色が見たい」

「はい。リャニャちゃん、触るよ」

 恐ろしく丁寧にガスマスクとゴーグルが外され、呼吸が多少楽になる。

「リャニャくん、手足に痺れは、いや、左手と足に、痺れはないかい?」

「大丈夫、です。あの、そっちの子たちも」

「そっちはその魔女が見てるから良いだろう。明らかにリャニャくんの方が重篤だ。すまない。辛いだろうが、アタシは治癒は専門外で、下手に手を出して悪化させてはことだ。専門家が来るまで耐えてくれ」

 リャニャより辛そうな顔をして、ユイ先生が言う。

「浴びたのは、弗化水素かい?」

「弗化、水素酸です」

「暴露範囲は、わかるかい?」

 リャニャは首を振る。後ろに回していた手にかけられたので、正確な範囲は見ていない。

「でも、すぐ除去しました」

「リャニャくんが自分でやったのかい?重ね重ね、監督者はなにをやっていたんだ」

「バルツザット教授、リャニャちゃんのローブ、これ、刃物で切られてる」

 サトラ先輩が、震える声で言う。

「は?そんな馬鹿な、いや、確かにこれは、刃物の跡だな。それに、左手は手袋をしている。まさか、手袋も切られたのか?それで、素手で調薬を?この止血帯も腐食の応急処置ではなく、裂傷の処置か?」

「リャニャちゃん、右利きだから、自分で切ったんじゃないよね?誰かに、切られたの?」

 矢継ぎ早に投げられる問いに、痛みで意識が朦朧としているリャニャでは答えられない。

「バルツザット教授、サトラ、怪我人をそんなに問い詰めない」

 代わりに答えた声に、安堵して泣きそうになった。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます


こんなところで切って許されるのか……?


続きも読んで頂けると嬉しいです

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