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※痛い(物理・心理)描写があります。苦手な方はご注意下さい。

 そしてまた、憂鬱な木曜日。

 必要な薬草を刻み、脱水薬を混ぜて乳鉢で粉末にする。今回は薬草だけでなく、雄の水生馬の蹄も使うので、よく洗って、ナイフを使って乳鉢で粉砕出来る大きさまで削り取る。

 魔女のナイフはよく切れる。普段は普通の包丁だが、今日は蹄を削り取らなければならないので、魔女のナイフを使う。人間の指くらいなら、簡単に切り落とせるナイフだ。教師のオルレイからも、怪我をしないようくれぐれも注意するようにと、厳命された。

 手を滑らせないよう、リャニャは集中してナイフを扱う。調合用の手袋なので、防刃防炎防酸断熱ではあるけれど、魔女のナイフまでは防げない。うっかりすれば、大怪我だ。

 魔女のナイフは誰かを救うための、大事な道具だ。さすがにこれを、汚しはしないだろう。

 そう、思ったリャニャが馬鹿だった。

「!?」

 ナイフを持つ手を切り付けられて、とっさに、ナイフを取り落とさないよう右手を固定するのがやっとだった。ザックリと手から肘近くまでを切り裂くナイフを、呆然と見る。

 痛いと言うより、熱い。それからジクジクと、痛みが伝わる。きちんと手入れした魔女のナイフなら、手を切ってもこんな風に痛みはしない。大事なナイフなのに、まともに手入れも出来ない相手なのだと、リャニャは改めて失望した。

 人差し指の付け根辺りから履き口まで、バッサリ切られた手袋はもう用をなさず、ローブまで切れてぱっかり空いた裂け目から覗く皮膚は、赤く血を滲ませていた。

 雄の水生馬の素材に女性の血は御法度だ。リャニャは慌てて蹄から自分を遠ざけ、もう用をなさなくなった手袋を外すと、ポーチから止血帯を取り出して、右手に巻く。元々、魔女に必要な技術として備えていた応急処置が、四ヶ月でずいぶん上手くなった。

「なにをやっているの。ああ、またあなたなのラタンさん。魔女のナイフは危険だから、扱いは気を付けなさいと言ったでしょう!ナイフもまともに扱えない見習いが上級課程にいるなんて、情けないわ」

 リャニャの利き手は右だ。どんなに手を滑らせても、ナイフを持つ右手の甲をこんな風に切ることはない。

「わたしは切っていません」

 魔女のナイフもまともに扱えないと言われるのは、すでに見限りつつある相手だとしても度し難い。無駄とは思いつつリャニャが反論すれば、オルレイはまなじりを吊り上げて怒った。

「なら、誰かがあなたを切り付けたとでも言うの!?馬鹿なこと言ってないで、早く手袋をしなさい。今日は危険な薬品を扱うのよ!」

 リャニャが切り付けられたことなんて知っていてこの言い様なのだから、呆れを通り越して感心してしまいそうだ。

 もう形ばかりの謝罪を口にする気すら失せて、リャニャは替えの手袋を出そうとローブのポケットに手を入れた。荷物は駄目にされるので、とうに持って来るのはやめていた。必要なものは全部、腰帯に付けたポーチとローブに入れて身に付けている。

 リャニャがポケットから手袋を取り出し、止血帯を巻いた右手にはめようとした時だった。

「あらごめんなさい、手が滑ったわ」

 手に持っていた手袋が、そばにいた生徒の手で乱暴に奪われ、火の付いた窯へと投げ込まれた。

 唖然とするリャニャの目の前で、手袋が火に呑まれる。

 防炎の手袋だ。火にくべたって燃えはしない。だが、窯の奥へと投げ込まれた手袋に、小柄なリャニャでは手が届かない。火かき棒を使えば届くだろうが、オルレイがリャニャに火かき棒を使うことを許すとも思えない。

「手袋もないの?やる気がないにもほどがあるわ。馬鹿にしているのかしら」

 ほら、この通りだ。

 残念ながら、替えの手袋はもうない。左手用の手袋はあるが、調合用の手袋は作業がしやすいよう、リャニャの手に合わせて作られているので、左手用を右手には、はめられない。

「今日使う薬品は、絶対に素手で触れては駄目なものなのよ。手袋がないなんて、やる気がないなら出て行きなさい」

 出て行ってやろうか。リャニャは思う。

 見習いが、ひとを救うための道具の手入れもろくに出来ず、まして大事な商売道具でひとを切り付ける。中級とは言え魔女で指導者のはずのオルレイが、そんな見習いをまともに指導しない。

 それが魔女だと言うのならば、リャニャは魔女になどなりたくはない。

 同じ魔女でもアルマン教授は、あんなにも立派な方なのに。後進はどうして、こんなに歪みきっているのか。

 ああ、アルマン教授も薄々は、気付いていたのかもしれない。だからリャニャに、あんなことを。

 魔法師を目指すと言えば、アガード先輩もサトラ先輩も、歓迎してくれるはずだ。ユイ先生だって、またいつでも学びに来て良いと言ってくれている。

 魔女なんて目指さない方がきっと、リャニャの道は平坦だ。

 息を吐く。深く。深く。

「薬剤は、左手で扱うようにします」

 それでも。魔女でなければ救えないひとがいる。あのとき、病で苦しんでいた、リャニャの母や祖母のように。

 魔法師では、病で苦しむひとは救えない。だからリャニャは、魔女を目指すのだ。

 凪いだ目で見返したリャニャに、オルレイは気圧されたようだった。

「本当に、危険なのよ。いつものようにこぼしたりしないように、注意しなさい」

「……」

 リャニャは無言で、オルレイを見据える。リャニャがリャニャ自身の過失で失敗したことなど一度もないと、オルレイは知っているはずだ。

 なにも言えず、ただ歩み去るオルレイから目を離し、リャニャは自分の手と周囲を確認する。机にも道具にも血は付いていないし、止血帯もきちんと巻けている。これなら、水生馬の蹄を扱っても大丈夫だ。

「そのナイフ」

 自分のナイフと削りかけの蹄を手に取りながら、リャニャは隣の机で作業している二人組に言う。今日のリャニャは、幸運にもひとりで作業だ。

「使うならよく水で洗って拭いた方が良いですよ」

つたないお話をお読み頂きありがとうございます


間に合いました


続きも読んで頂けると嬉しいです

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