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そのあとお昼までみんなで転写魔法魔法について話し合い、午後は明日の午後に向けて、風魔法について考えたいと自習にして貰う。
昨日今日と気分転換をしたせいか、一昨日とはまた違った気持ちで魔法式に向き合えた。サトラ先輩、さまさまである。
「なんだか、良い顔になりましたね、リャニャさん」
ふと、アガード先輩に言われて、目をまたたく。
そう、だろうか。
そうかもしれない。
だとしたらそれは。
「私たちは少し、過保護になり過ぎていたかもしれませんね」
「過保護、ですか?」
自分の予想とは違う切り口をされて、リャニャは首を傾げた。
確かに、リャニャの扱いは手厚い。昨日だって、少し遅くなっただけで、走って迎えに来てくれた。
けれどリャニャは、それが過保護とは思わない。
リャニャはモフがいなければいま、五体満足でここにいないからだ。
モフのお陰で無事で、モフのお陰で隠し通せているが、アガード先輩の心配は、ある意味的中しているのだ。
「それは、どう言う意味で?」
「師匠はおそらく、私の育て方を、間違ったと思っているのではないかと思います」
「え?」
こんなに立派な、上級魔法師を捕まえて?
「師匠が弟子を育てるのは、立派な魔法師を育てるためではないのです」
アガード先輩はリャニャの考えを見透かしたように言った。
「だから"立派な魔法師"になってしまった私は、師匠から見ると失敗作なのですよ。ああもちろん、直接そう言われたわけでも、間接的にそう感じるような扱いを受けたわけでもありません」
クラシュ師匠は鬼ではあるが、悪い鬼ではない。弟子を失敗作だなんて、思うはずがない。
「ええ。大丈夫です。師匠はちゃんと、私の実力を認めて下さっていますよ。弟子として、大切にも思ってくれているでしょう。ただ、私は、普通の人間になってしまったので」
十代で上級魔法師になる男を、世間は普通の人間とは言わない。あの、ウィルキンズ先生ですら、上級魔女になったのは三十を過ぎてからだと言うのに。
「アガード先輩、リャニャちゃんの顔見て、顔。おもいっきし、なに言ってんだコイツって顔してるから」
横で自分の勉強をしていたサトラ先輩が、顔を上げて笑う。
はっとして両頬を押さえたリャニャへ、サトラ先輩は笑みを向けた。
「大丈夫大丈夫。その調子。もう、師匠も先輩も僕の苦言なんか聞き流しだからさ、リャニャちゃんも手伝ってよ。この逸般人共に、世間一般の常識ってやつを、教えてやって」
「いやあのえと、その」
リャニャは目を泳がせてから、口を開く。
「わたしは、すごいと、思っていますよ。アガード先輩の、こと」
「どうしましょうサトラ、私の弟子が可愛過ぎるのですが」
「リャニャちゃんが可愛いのなんて、いまに始まった話じゃないですよ。まあ、哀れな先輩のために補足してあげると」
しょーがないなと言いたげな顔でアガード先輩を見てから、サトラ先輩はリャニャに説明する。
「確かにアガード先輩は相対的に見て普通じゃないんだけど、師匠と先輩の独自基準で絶対評価すると、普通の範疇なんだよ。で、師匠は普通じゃない弟子を育てたがってるから、普通の範疇に収まっちゃった先輩はちょっと、負い目を感じてるわけ。べつに、師匠自身は大して気にしちゃいないと思うんだけどね」
サトラ先輩は肩をすくめて首を振る。
「なんせ魔法馬鹿だもん。先輩は。師匠と違って素質はあるし、これから化ける可能性は十分あるじゃないですか」
「どうでしょうね。なんにせよ、私の指導は失敗だったので、リャニャさんの指導は失敗を生かして、できるだけ魔法師に触れないようにしていたのですよ」
授業免除が許されたのは、好都合でしたとアガード先輩は語った。
「でも、それは身勝手でしたね。私たちで囲って、入る情報を絞るより、外で学ばせた方が、リャニャさんは生き生きとした顔をしている」
ああ、アガード先輩は、そう思ったのか。
確かにそれも一理あるかもしれないと、リャニャは思う。
ユイ先生の教えも、アルマン教授の支えも、リャニャの背を押してくれた。
けれどそれだけでは、決してなくて。
「うーん、言いたいことはわかりますけど、でも、みんながみんな、バルツザット教授みたいな安全なひとじゃないですからね。実際、リャニャちゃんにインク投げ付けた馬鹿もいたし」
「そこが、難しいところですね。魔法師ならともかく、魔女となると教師の評判も詳しくありませんし」
「あー、そうですね。僕ら魔女との関わり避けがちだからなあ。昨日の、アルマン教授、でしたっけ?あのひとに、手助け頼むのはどうですか?」
「アルマン教授ですか」
確かに、あの歳で教授で上級魔女なら実力は十分でしょうねと、アガード先輩が呟く。そう言うアガード先輩は、まだ二十代で上級魔法師である。
「僕の勘が、あのひとは信頼できるって言ってるんですよね」
「勘で判断するのはどうかと思いますが、サトラの勘は馬鹿にできないのですよね。リャニャさんは、どう思いますか?」
「わ、たし、ですか?」
「ええ。アルマン教授について、どうお考えですか?」
あまり、話したことのない相手だった、けれど。
「信頼できる先生です。魔女として尊敬しています」
自分の仕事に信念を持って、大勢で絡まれても背を丸めはしなかった。優しくて、格好良い女性だ。
「私よりも?」
「え?」
「ちょっと先輩、なに張り合おうとしてるんですか。リャニャちゃんが困るでしょ。魔女の教授は魔女の教授。先輩は先輩ですよ。みんな違って、みんな良い」
だよねリャニャちゃん、と話を振られて、渡りに舟と頷くリャニャ。
「アガード先輩も、サトラ先輩も、尊敬しています」
それぞれ、見習いたいところがあると、リャニャは思っている。
「えっ、僕も?へへ、ありがとう」
サトラ先輩は、照れたように微笑んだ。
水曜日は、そんな風に優しく過ぎて行った。
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
うおおおついに水曜日まで終わったぞおおおお
一週間に70話もかけると思っていなかったよ当初
見切り発車はこれだから
実はこのあとから結末までは
去年の夏に書き上げてあったのですが
(冒頭十話くらいを書いたあとに、続きと結末を並行して書いていて、先に結末が完成した)
途中に変化があったのでこれから加筆修正作業です
間に合うかな……(現在4月20日昼頃)
続きも読んで頂けると嬉しいです




