6
引き続き回想回
突然起こったどよめきに、ビクッと肩を跳ねさせたリャニャは、発生源はなんだと周りの視線を追う。追った先にあったのは、クラシュ特級魔法師とアガード上級魔法師の手元。綺麗なリボンでギュッと束ねられた番号札だった。
番号札は棒つきキャンディのような形で、先端のキャンディ部分に番号が、棒の部分に学派員の名前が書かれている。学派員は選びたい見習いが自分の前に置いている筒に立てて、誰を選ぶかの意思表示をするのだ。その後は見習い側が師事したい相手の番号札に、一人一本配布されるリボンを結ぶことで、晴れて師弟成立となる。
ばらけて失くしてしまうとよくないからと、束ねて保管するのは不思議ではないが、もし十二本束ねたままで渡すなら意味が変わって来る。
十二人指名出来る権利をひとりに捧げる意味。なんとしてもその見習いを弟子にしたいとの意思表示だ。
「うわ」
しかもクラシュ特級魔法師とアガード上級魔法師は、お互いの番号札をまとめて、サトラ初級魔法師の取り出したリボンで結んだ。この意味はさしずめ、研究室の総意でなんとしてもその見習いが欲しい、だろうか。
断らせる気、ないじゃないか。
せめて指名された子が、クラシュ特級魔法師に師事することを望んでいる子であれば良い。
蚊帳の外でそんな同情的な思考を巡らせたリャニャは、それより自分の師匠だと、会場に目をやる。だが、会場の誰もが生ける伝説に注目していて、動き出すどころではなさそうだった。
まず、天才の弟子が決まらないと駄目か。
リャニャは会場を伺うのをやめて下を向いた。見ていなくても、天才が誰を選んだかはどよめきでわかるだろう。
対岸の火事を見物するのは趣味じゃない。そんな気持ちで俯いていたリャニャは、自分の上に影が落ちたのに気付いて顔を上げた。
視界を塞ぐ、宵闇色のローブ。ローブの色にまじってなお艶めく漆黒の髪。さらに顔を上げれば現れる、女性と見紛う白皙の、人外めいた美貌。
呑み込まれそうな漆黒の瞳と、目が合った。
状況が理解出来ずぽかんとするリャニャの、前に置かれた筒に、ゴトン、と重い音で差し込まれた、これは、なに?
「リャニャ・ラタン」
美しいひとは声まで美しいのか。低いが滑らかな天鵞絨のような声に気を取られてから、その声が呼んだのが自分の名であると気付く。
「どうか弟子になって欲しい」
なにかの間違いじゃないのか。
まずそう疑ったが、確かに目の前の美しい男は自分の名を呼んだ。呼んだ、が。
「……どなたか、別の方とお間違いでは?」
それでも信じられなくて、するりと反論が口からこぼれる。
「間違いないよー。リャニャ・ラタン!君の名前だよね?」
宵闇色のローブの後ろから、ピョコリと顔を出した金髪の青年が人懐こい笑みで言う。
「確かにわたしはリャニャ・ラタンですが」
リャニャ・ラタン。わたしの名前だ。間違いない。
「わたしは、見習い魔女で、魔法師になる気は……」
「わかっている。構わない」
「それでも良いから、弟子になって貰えると嬉しいと思っています。もちろん、同じ魔法師を目指して貰えるなら、それに越したことはありませんが」
端的な答えを補足するごとく、銀髪の青年が優しげな笑みで語る。
「あなたが魔女を目指すなら、それを全力で補佐します。魔法師では足りない部分は、補佐して貰う相手を探しますから、あなたはなにも心配せず、魔女を目指して下さい」
でも、わたしは。
誰かに助けて欲しくて、リャニャは会場内に視線を走らせた。リャニャを弟子にと言ってくれたひと、仲良くなったウィルキンズ先生の弟子。みな、こちらを向いていたのに、リャニャと視線が合うと気まずげに目を逸らした。
それはそうだ。誰だって、生ける伝説に喧嘩を売りたくはない。わたしが、さっき、自分で思ったじゃないか。
誰が断れるって言うのだろう。
リャニャに残された道はふたつだけ。
クラシュ特級魔法師の弟子になって上級課程に進むか、今年の上級課程履修を諦めるか、だ。だって目の前には、一位から十二位までの札がすでに置かれている。つまり、この指名会のあいだずっと、この札はリャニャの前から消えないのだ。
特級魔法師に喧嘩を売ってまで、リャニャを弟子にと言ってくれるひとなんていない。
そして、この一年を棒に振ったとして、もしもクラシュ特級魔法師がリャニャを弟子にすることを諦めなかったなら、来年も同じことの焼き直しに、否、違う。
十二本の番号札を束ねるやり方は、かなり強く相手を望むやり方で、見習いや周囲に強い圧力を掛ける分、やる側にもペナルティがある。その指名方法を行った場合、指名した見習いが受けても受けなくても、次の年から三年間指名会の参加権を剥奪される。
ここで断れば来年は、クラシュ特級魔法師のいない指名会に参加出来るのだ。
特級魔法師の誘いを蹴った見習いの、レッテル付きにはなるが。
「あーほらやっぱり、困らせちゃったじゃないですか。だから、束ねるのはやりすぎだって言ったのに」
固まったリャニャの顔を、サトラ初級魔法師が覗き込む。
「ごめんね。でも、どうしても君に師匠の弟子になって欲しくって。絶対、悪いようにはしないから!確か憧れの魔女がいるんだよね?それなら、その魔女の指導も受けられるように、手を回すから。ね、師匠、それくらい出来ますよね?」
「ああ」
ウィルキンズ先生に憧れていることすら知られているのか。
どうやら本当に、人違いでなくリャニャを弟子にと言っているようだ。
特級魔法師の誘いを蹴って、学院でまともに学べるとも思えない。ほかの学院に行けば学べはするだろうが、そこにウィルキンズ先生はいない。
わたしに、選択肢はない。
リボンを取り出して、それでもまだ躊躇う。結んでしまえば、取り返しがつかない。
でももう、道はこれしかない。
「至らぬ点も、多いかと思いますが」
歯を食いしばって、二十四本も束ねられたせいで極太になった番号札に、リボンを結わえ付ける。
「よろしくお願い致します」
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです