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 バンッ

「首尾はどうですか!?」

 騒々しく扉が開く音と、よく通る声に、リャニャは、はっとして顔を上げた。

「サトラ、扉は静かに開けなさい」

 いつのまにか、リャニャの隣に座っていたアガード先輩が、苦言を呈す。

「いやだって、気になって気になって気になって」

 足早に歩み寄って来るサトラ先輩の後ろには、クラシュ師匠もいる。

 ふたりの視線の先にいるのはリャニャだ。

「あ、えと」

 手元を見下ろし、最後の文言を書き込む。

「でき、ました、いま」

「あ、そうだよね、半日でそんな、できてるう!?」

「あの、仮完成で、もう少し、効率化できたらとは、ぁ?」

 不意に、リャニャの手元から紙が抜き取られる。

「四属性複合か」

「四属性複合!?破綻しないようにすんの、めちゃくちゃ大変なやつ!!」

「水、氷、風に……木?転写魔法に、木魔法を?風も、なにに使うんだ?」

「見たらわかりますよ。そうです、約束だったでしょう?使ってみてはどうですか?」

 アガード先輩が肩をすくめる。

「いや、俺は木魔法は」

「そうですね。ではリャニャさん、三属性複合の方で」

「はい」

「三属性複合の方で?」

 リャニャとアガード先輩の会話を理解できず、サトラ先輩が首をかしげる。

「丁度良いので、バルツザット教授から頼まれた複本をやって貰いましょうか。取って来るのでリャニャさんは魔法式を師匠用に。師匠は魔法式の読み込みを」

「わかりました」

 新しい紙を出し、リャニャは魔法式を書き込むと、少し緊張しながらクラシュ師匠へ差し出す。

「お願いします」

「ああ。……水、氷、風の複合か。んん?『空より与えられしいろ』?どう言うことだ?インク代わりに、なにを使う気だ?」

「え?インク使わないの?」

「はい」

 サトラ先輩に訊かれて、リャニャは頷いた。

「ユイ先生の魔法式に並ぶには、その長所である、紙以外の道具を必要としないことは、満たさないといけないので」

「なんで自分でそんなに目標設定を高くしちゃうの……」

「?」

 首を傾げて、リャニャは答える。

「実用に足る魔法式でないと、意味がないので?」

「あーそっか見習い魔女だったよリャニャちゃん。実学畑の育ちだよ」

「じつがくばたけ?」

「魔女はひとを救ってナンボだよねって話!」

「そうですね?」

 魔女はひとを救ってナンボ。その通りだ。だから昨日の、アルマン教授に絡んだ魔女の言い分はおかしい。泥臭くともひとを救うために動く、アルマン教授やウィルキンズ先生こそ真の魔女であり、貶められる由来などどこにもないのだ。

 さすがサトラ先輩。良いことを言う。

「インクを使ったやり方にもできますよ」

「でっきるんだ。怖……」

「こわ?」

「あっ、いや、なんでもないなんでもない」

「怖いですよねこの、すべてを救おうとする姿勢。怖いくらいに立派です」

 冊子と紙束を持って、アガード先輩が現れる。

「お待たせしました師匠、この冊子の複製をお願いします。五冊」

「え?冊子を?複製??五冊???」

「……それで風か。わかった。貸せ」

 疑問符まみれのサトラ先輩とは対照的に、頷いたクラシュ師匠がアガード先輩から冊子を受け取る。クラシュ師匠に冊子を渡したアガード先輩は、紙束を五つ、机に並べた。

「えー、なにが起こるか、想像も付かなあい」

 思考を放棄したらしいサトラ先輩が、傍観者の立ち位置に向かう。リャニャとアガード先輩も、サトラ先輩に並んだ。

「始めるぞ」

 一声かけて、冊子片手にクラシュ師匠が、魔法式を展開する。リャニャが緊張に固唾を飲んだそのとき、クラシュ師匠の手の冊子が、宙に浮いた。

 発動した!最低基準突破に、リャニャは拳を握り締める。少なくとも不発と言う悲劇は、まぬがれたのだ。

 ふわりと浮き上がった冊子は、ひとりでに頁をめくられながら、真っ黒な文字版を吐き出して行く。吐き出された版は、同じく浮き上がった紙束へ向かい、次々と版を捺しては隣の紙束へ移ってを繰り返し、五回捺されると冊子へと戻って新たな版になる。

 インクの消費を減らすために考えた策だが、この式にも取り込んだ。炭を作る量だって、少ないに越したことはない。

 パタンと閉じた冊子が、クラシュ師匠の手に戻る。少し遅れて紙束も、机へと着地した。無事に発動が終了して、リャニャは息を吐く。

「終わったか」

 クラシュ師匠が呟いて、冊子を机に置く。そのまま紙束を手に取り、パラパラと眺めた。

「写せているな」

「写せたんですか!?え、待って待って。まずどこから黒色が出たの?インク使ってないんだよね?」

「空気中の二酸化炭素から風魔法で炭素を取り出しています」

 アガード先輩の提案では、炭酸同化を植物にやらせていたが、風魔法ならば植物を間に入れなくてもできるのでは?と思って、やったらできたのだ。

「空気中の二酸化炭素から風魔法で炭素を取り出しています?どこから出るのそんな発想」

「アガード先輩から助言を頂いて」

「アガード先輩……」

「冤罪ですよ」

 サトラ先輩から信じられないものを見る視線を向けられたアガード先輩が、手を振って否定する。

「私が提案したのは、植物を脱水して墨にする方法です。空気中からいきなり炭素を取り出したりはしていません」

「ああ、それで木魔法」

「「いえ」」

 否定の声が被る。目線での譲り合いの結果、アガード先輩が話し出した。

「木魔法は、種子から植物染料の原料を育てるためです。水魔法で植物から染料を取り出し、インクとして使います」

「なるほど、よく考えたな。だが、四属性複合は効率が悪いだろう。三属性で事足りるならその方が、」

「と、思うじゃないですか」

 アガード先輩が人差し指を立てて言う。

「木魔法にはとんでもない利点があるんですよ」

「なんだ」

「色が写し取れます」

「は?」

「色付きの転写が可能です」

 アガード先輩が机の上から、リャニャが写した絵画とその原画を拾い上げる。

「ほらこの通り」

「版画じゃん。版作り要らずの」

「でも、植物由来の染料なので褪色たいしょくが。色も、完全に同じにはなりません」

「褪色は、絵の具でもものによってはあるが」

 クラシュ師匠が思案げな顔で呟く。

「どうしても気になるなら、褪色しにくい絵の具かインクを使えば良いだろう。三原色を用意すれば、ある程度の再現はできるのではないか」

「ああ!」

 手を叩いて、リャニャは微笑む。

「そうですね!水で溶く絵の具なら使えます!それも変形型として備えましょう」

「変形型って?」

「リャニャさんは、状況に合わせて魔法式を選択できるようにと、考えているのですよ。複合魔法はどうしても、魔力喰らいですからね。インクを使用し、頁めくりを人力にすれば、氷と水の二属性のみで使用可能です」

 ほう、と目を細めたクラシュ師匠が、リャニャに目を向ける。

「魔法式を見せてみろ。とりあえず単色で構わん」

「はい」

 リャニャが魔法式を書き出すと、紙を取り上げたクラシュ師匠が頷いて、適当な書類と数枚の白紙、インク瓶を机に並べる。クラシュ師匠が魔法式を展開すれば、インクは版になり白紙へと書類を写し取った。

「これは、配布資料の作成が楽になるな。特に夏場」

「ああ、バルツザット教授の転写魔法は一枚ずつに焼き付ける関係上、枚数が増えれば魔力もかさみますし、どうしても余分な熱が発生しますからね。その点、リャニャさんのは一度判型ができてしまえば以降は省魔力ですし、氷魔法なので暑くはなりません。冬場は寒いでしょうが」

「悪くない。まだまだ改善はできるが、現時点でも、まあ実用に足る魔力消費だろう」

 鬼からの及第評価にリャニャは、ぽかん、と呆けたあとで、じわじわと頬を紅潮させた。

「ですって、リャニャさん、師匠からのお墨付きですよ」

「まだ式が甘くて魔力の無駄はあるがな」

 そんなリャニャに気付いて微笑むアガード先輩と、釘を指すクラシュ師匠。

「だが、見習いが数日で仕上げた式と思えば、良くできている。このまま提出しても許されるだろうが」

 ユイ先生の無駄のない魔法式を思い出して、リャニャは首を振る。

「もっと無駄のない魔法式に仕上げたいです。ユイ先生の式はもっと、簡潔で無駄がなく美しかった」

「そうだな」

 クラシュ師匠が頷いて、黒板に魔法式を書く。ユイ先生の転写魔法だ。

「この式は、発表以来変わっていない。十年以上だ。普通は魔法式が発表され普及すると、効率化を求めた改編が行われるものだが、この式においては、発表時点で効率的過ぎて改編の余地がなかった。リャニャやアガードのように新たな転写魔法を考える者が出なかったのも、同じ理由だな。完璧過ぎる魔法式は、次を考える必要性を失わせる。だが」

 ふ、と微笑んで、クラシュ師匠がリャニャの頭をなでる。

「お前の魔法式はこの魔法式にすら、改編の手をもたらすはずだ。とくに、一度の発動で一冊まるごと写し取れるのは大きい。図書館が大喜びで学びに来るぞ。ああそれから」

 クククと笑って、クラシュ師匠は続けた。両手で髪を掻き混ぜるので、リャニャの髪はぐしゃぐしゃだ。

「おそらくインク業界から、感謝されるな。バルツザット教授の魔法式のせいで写本にインクが使われにくくなって、それなりに打撃を受けたはずだからな」

「もう少し魔力効率を上げられれば、新聞社が取り入れたがると思いませんか?印刷に掛かる手間を、圧倒的に減らせます」

「それを言うなら、火魔法が苦手な教員もだな」

「水が得意なら、氷もある程度使える場合が多いですからね。逆も然りです。紙に火魔法なんてと顰蹙していた人間も、使うのがインクなら文句はないはずです」

 悪い笑顔で話し合うクラシュ師匠とアガード先輩をよそに、リャニャはクラシュ師匠の手を逃れて机に向かう。なにやら紙に書き出しながら考え込んだあとで、うーんと唸りながら立ち上がった。

「これで行けるかな……」

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

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