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「インクが必要なことと、一枚ずつしか転写ができないことが、引っかかっていたのです」

 リャニャの言葉に、アガード先輩は頷く。

「バルツザット教授の転写魔法は、インク要らずな点も評価されていますからね。火魔法に耐える強度と厚みは必要ですが、紙を用意するだけで転写が行えることは、圧倒的な利点です」

 ですが、とアガード先輩は続けた。

「インクが必要でも、単独属性で転写が行えるならそれはそれで便利ですよ。本に火気は本来推奨されませんし、火魔法が苦手な人間は意外に多いですから」

 まずは水単独のものから見せて頂いても?

 アガード先輩に言われて、リャニャは頷いた。考えた魔法式を書き出して、アガード先輩に渡す。

「これがそうです。使い方は、」

 本の一頁を開いて、白紙の紙を重ね、そばに蓋を開けたインク瓶を置く。

 リャニャが魔法式を展開すると、白紙に文字が浮かび上がった。紙をめくっても、裏写りはしていない。インクの減りも、この前よりずっと少なかった。

「……なるほど」

 アガード先輩がもう一度白紙の紙を本に重ねて、今度は自分で魔法式を展開する。魔法式は問題なく発動した。

「確かにこれだと裏写りはしませんが、片面しか転写できませんね」

「はい、それで、最初に考えたのが、水と氷の複合魔法で」

 アガード先輩から魔法式のメモを受け取り、新たな魔法式を書き足す。

 机に数枚の白紙を並べ、左手に本を、右手に蓋を開けたインク瓶を持つ。両手を前に差し出して魔法式を展開すると、まるで本から文字が浮き上がるように、空中に黒い文字が浮き出る。浮き出た文字は白紙に向かい、判でいたように、文字を写して行った。並べた紙、すべてに。

 リャニャが一度インク瓶を置き、文字のされた紙をひっくり返す。それから本の頁を繰り、インク瓶を持って、もう一度魔法式を展開する。同じように、文字は紙へと写された。

「これだと写しが一気に何枚も作れはするのですが、片面ずつしか写せないので、手間ですよね。インクも使いますし」

「十分便利ですよ?版作りが不要な活版印刷なんて、新聞社が喜びそうです」

 なるほど、そう言う取り方もできるのか。

「一度に何枚まで写せるのか、枚数の変化で消費するインクや魔力の量はどのくらい変わるのか。その辺を調べて実用に耐えるならば、発表して良いと思います。新聞は厚い紙なんて使えませんからね。バルツザット教授の転写魔法の恩恵に預かれない業界でしたが、この魔法にはきっと食い付きますよ」

「わたしには、ない視点でした」

 さすがの視野の広さに、リャニャは感心する。

「いやいやいやいや、水で映し取ったインク文字を氷で固めて版木として使うなんて、私にはとても思い付きません。リャニャさんの発想力は、素晴らしいですよ」

 そう、だろうか。

「なんにもないところで、育ったので」

 人間の数だけウシがいて、人間よりたくさんニワトリがいて、人間とウシを合わせたよりたくさんヒツジがいて、あとは延々牧草と小麦と芋の畑が広がる、そんな村だった。

「なんでも、自分たちで作らなきゃ、なかったのです」

 それが、当たり前だった。

 自分たちで作るか、遠くの町まで買いに行くか。その二択。幼いリャニャでは町まで行けないので、自分で作るしかなかった。

「つまり小さい頃から、リャニャさんには向上心があったのですね」

「向上心、ですか?」

 そんな話、だっただろうか。

「ええ。現状で満足せず、より良いものを求めた、と言うことでしょう?」

 良く言えば、そうなる、かもしれない。

「リャニャさんは幼い頃もリャニャさんだったのですね」

 にこにこと笑顔で言われて、なんだか恥ずかしくなる。

「あの、次の魔法式は、ですね!」

 話を変えたくて、声を上げる。

「はい」

 アガード先輩は、微笑んでそれに乗ってくれた。

「インクが必要な状況を改善したくて、水、氷、ごんもしくは、水、氷、土の複合を考えました」

 新しい魔法式を書き出す。

「ただ、これだと条件が難しくなるので」

「金属を用意するか、野外で使う必要がありますね」

「金属を用意するならばインクで良いですし、野外で本を写本する状況が謎ですよね」

 なんなら墨でも良い。水魔法ならば、固形の墨を溶いて墨汁にできる。

「そうですね。使うとしたら、遺跡で壁画でも写したいときくらいでしょうか。ですが、壁画は多色使いのこともありますから、」

「やっぱりそうですよね!」

 我が意を得た!とばかりに、リャニャが勢い込む。

「どうせ写すなら色も写したいですよね!」

「え?ええ、まあ、写せたら便利ですね」

「それで考えたのが、水、氷、もくの複合です!」

 リャニャが、ザザッと魔法式を書き、数粒の種子を取り出す。

「種子?」

「はい。インクの代わりにこれで」

 さきほどの試行と同じように、机に白紙を並べ、左手に本を持つ。しかし、右手に持つのはインク瓶でなく種子だ。

 リャニャが魔法式を展開すると、リャニャの右手の種子が芽吹いて葉を茂らせ、花を咲かせた。葉や花の先から色の付いた水が流れ出し、本の表面で文字となる。文字は凍てつき版となり、白紙へ向かうと、己の色を紙に写した。

「今写したのは単色の文字ですが」

 リャニャが右手に草を生やしたまま、新たな白紙を机に並べ、本を絵画に持ち替えて、もう一度魔法式を展開する。

「こんな風に、絵を写すこともできます。植物で再現できる色には限りがあるので、全く同じとは行かないのですが……」

 リャニャの用意できる種では、黒が出せなかったのだ。だから文字を写した場合も、色味は黒ではなく黒に近いほど濃い青になる。

「いやいやいやいや、版画でもない絵画の複製なんて、画期的ですよ?すごいことですよ?自信を持って下さい?」

「でも、これだとやっぱり、一頁ずつしか写せないので」

「それでも十二分にすごいし便利ですからね?」

 アガード先輩は優しいなと思いながら、リャニャは続けた。

「今の魔法式に風魔法をさらに加えました」

「よ、四属性複合、ですか?」

「はい」

 頷いて、リャニャは魔法式を書き出す。リャニャが書いた魔法式を、アガード先輩は食い入るように見つめた。

「破綻がない。ここまでの四属性複合魔法を、見習いが?いや、そうか、先週の時点で、五属性複合を作って見せていましたね、リャニャさんは」

 ぶつぶつとなにか言う声は聞こえど、言葉を聞き取れず、リャニャはアガード先輩を見上げる。

「ああ、大丈夫です。独り言なので。続けて下さい」

「わかりました」

 頷いて、リャニャは机に分厚い帳面を数冊並べる。

 左手に本を閉じたままで、右手に一粒の種子を持って、魔法式を展開した。

 リャニャの右手で種子が芽吹き、青々とした草が育つ。同時に、右手の本と机の帳面が浮かび上がった。育った草の葉先から濃い青の水が湧き出し、浮かぶ本に向かう。本の頁はひとりでに繰られ、青い水が次々に版を作り出して行く。作り出された版は浮かぶ帳面に向かい、これまたひとりでに繰られる帳面に、版で写された文字が捺されて行く。

 バラバラとめくられる本がすべて写し取られるまで、十分も掛からなかった。

 本がリャニャの手に戻り、草が水を吐き出すのを止める。帳面も印字が終わったものから、パサパサと机に戻った。

「えと、これで、昨日考えた、全部です」

 リャニャが、持って来ていた植木鉢に、功労者である草を植えながら言う。

 作業効率を考えるなら、最後の魔法が良いとリャニャは思うが、単属性魔法に比べて、複数属性魔法は必要な魔力が多い傾向にある。当然ながら、使う属性が増えればそれだけ消費する魔力量も増える。依頼する魔法行使者が、増えるからだ。

 リャニャが使えても、一般の使用に耐えないならば、意味がないのだ。

「そう、ですか」

 アガード先輩が頷いて、机の上の帳面を手に取った。

 パラパラとめくって、唸る。

「掠れもよれも裏写りもありませんね。綺麗に写せています。ええ。素晴らしい。ところで」

 帳面から顔を上げ、アガード先輩はリャニャに問うた。

「リャニャさん、あなた、魔法式はまだ完成していないと、言っていませんでしたか?」

「はい、あの、魔力効率は、わたしではまだよくわからなくて。だからその、実用に耐える魔力効率を考えると、どれが良いのかとか、意見を聞きたくて」

 それに、昨日はとにかく完成させることに集中していたので、もっと最適化できるのではないかと、リャニャは思うのだ。

「それに、火魔法で焼き付けるのと違って、植物染料は褪色たいしょくするので、そこも、欠点になるかと」

「なるほど」

 アガード先輩が頷いて、少し考える。

「褪色が気になると言うことであれば、そうですね、こう言うこともできますよ」

 リャニャが植えた草を一本引き抜き紙に乗せ、魔法式を展開する。紙の上の草はみるみる干からび、それから、真っ黒な粉になった。

「脱水」

「ええ。草でなくとも、木材や、砂糖でも良いですね。炭水化物は水素を抜き取れば、炭素になります。墨の原料ですね」

「墨は、褪色しない」

「そうですね」

 つまり、木魔法で育てた植物を、水魔法で脱水して炭にして、溶かして墨に?

 いや。

「それなら……」

 リャニャは文字の書かれた紙と白紙を並べて、今思い付いた魔法式を展開する。水、氷、風の複合だ。

 インクなしで水は黒く染まり、白紙に版を捺した。

「インクなしで、できました!これなら、三属性複合でできます!!」

 リャニャは興奮してアガード先輩の手を掴むと、ぶんぶんと振り回した。

「ありがとうございます!アガード先輩に相談して、よかったです!!」

 単色の文字を写すならこれが最適解だ。インク要らずで、裏写りもしない。さきの魔法式と掛け合わせれば、一度の魔法で本一冊でも写し取れる。

 魔力を温存したいなら、インクを使えば良いし、色まで写したければ、木魔法を使えば良い。さらに魔力を減らすなら、紙をめくる作業を人力でやれば良い。

 ならば基本の枠組みを作って、組み替えができるような魔法式が便利だろう。

 方向性が定まって、リャニャは頷いた。

 さっそく考えようと、紙とペンを取り出す。

「……ああ、怖いですね」

 そんなリャニャを見て、アガード先輩が呟いた。

「怖い怖い」

 怖いと呟きながら、その表情は笑っている。

「私なんて、すぐ追い越して行ってしまうのでしょうね。そしてあなたは、世界を変えて行く」

 集中するリャニャの耳には、アガード先輩の言葉など届かない。

 ふふっと、アガード先輩は噴き出した。

「怖いですね。妹弟子の成長速度が。ああ、胸が震えます。その成長と変わり行く世界を、兄弟子であり師匠として、すぐ近くから眺められるなんて」

 笑み崩れてリャニャを見る、アガード先輩の目は、ひどく優しい。

「自由に羽ばたいて下さい、リャニャさん。あなたの自由を邪魔する障壁があるなら、私たちが全力で、取り払いましょう」

 言ってアガード先輩は、リャニャの隣へ腰掛けた。リャニャが疑問を覚えたときに、すぐに助言ができるように。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
魔法の発動する様子が丁寧に描写されていて、ため息が出るほどきれいでした。 特に、種子が芽吹いて葉や花から色を集めて原本を写し取る場面が美しくて好きです。 師匠や先輩方の優しさに触れる度、どうしてあ…
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