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「あー!授業補佐がなければ僕も参加したのにい」
次の朝、嘆くサトラ先輩を、アガード先輩は余裕の笑みで見返した。
「リャニャさんは私をご指名ですから。サトラと師匠は遠慮なく講義に専念して下さい」
「うっわあ、昨日とは打って変わってその余裕。引っ剥がしてやりたい!」
「喧嘩なら買いますよ」
「売ってませえん!」
いつも通りのやり取りだ。
「なにを朝からじゃれている」
今日は朝食に起きて来たクラシュ師匠が、そんなふたりを呆れた顔で見る。
「良いじゃないですか、和気藹々とした朝食風景!」
サトラ先輩はクラシュ師匠のことを鬼だとか怖いとか言う割に、こうして平気で反論する。なかなかに度胸のあるひとだと、リャニャは思う。
「騒がしいの間違いじゃないのか」
昨晩は、出掛けるなら行き先くらい書き残せとお小言を貰ったが、アルマン教授、魔女のところに行ったこと自体は、駄目だと言われなかった。師匠を鞍替えしないならば、魔女に学びに行くことは、自由にして良いらしい。
ことの顛末を説明しても、今後も自衛は怠るなと言われただけで、禁止はされなかった。
アガード先輩からは、声をかけてくれれば送迎すると、申し出を貰ったが。
「なんの魔法式について相談するんだ」
話は聞いていたらしいクラシュ師匠から問われて、リャニャは答える。
「転写魔法です」
朝食を並べながら、リャニャは説明する。
「不完全なのが気になっていたのですが、昨日ふと、改善案を思い付いて、アルマン教授の調薬室をお借りしていろいろ試してみて、なんとなく形はできて来たのですが、問題がないか、アガード先輩の意見を聞きたく、て?」
なんだか視線が刺さるとリャニャが見渡すと、サトラ先輩とアガード先輩のみならず、クラシュ師匠まで目を見開いてリャニャを見て、固まっていた。
「えと?」
「できた、のですか?水魔法の転写魔法が?」
「あ、いえ。思い付いたのは水単独ではないです。水単独ではどうしても、片面の転写しかできなくて」
食卓を、天使が通り過ぎる。
「片面なら、完成したのか?水単独の、転写魔法が?」
「はい」
「それで、不完全だから、新たに複合で転写魔法を?」
「はい。何通りか思い付いたので、それぞれ試してみて、でも、どれが良いのか自分では決めかねて」
今日はよく、天使が通るようだ。
「何通りか、思い付いたので?」
「複数の魔法式を、完成させたのか?」
「いえまだ、完成までは。どの方法が合理的か、アガード先輩の意見を聞いて、ひとつにまとめようと」
ああでも、そうか。
「状況にもよるので、選択肢は複数あった方が良いですね。それぞれ方向性がおかしくないか、意見を」
「師匠今日、休講にしません?」
「…………今日は、視察だかなんだかが来るんだ」
苦虫を噛み潰したような顔で、クラシュ師匠が言う。
「大丈夫ですよ。私がきちんと、リャニャさんに助言しますから。安心して下さい。師匠」
「喧嘩なら買うが」
「売っていませんよ」
役者を変えて繰り返された会話に首を傾げつつ、リャニャは朝食を口に運ぶ。頭は転写魔法でいっぱいなので、細かいことは気にならない。
「それにしても、試行ならばうちの研究室で良いものを、なぜ、魔女の研究棟で?」
それは。
改めて考えると子供っぽい理由に、リャニャは言葉を詰まらせる。
「リャニャさん?」
「その」
目を泳がせながら、言う。
「せっかく時間を取って頂いたのに、途中で逃げ出してしまって、申し訳なくて、許して貰う対価が、欲しくて」
「えっ、いや、連れ出したの僕だよ?リャニャちゃんは悪くないよ!?」
「大人しく連れ出されて、その後戻らなかったのはわたしです」
だからふたりともが興味を持っていた、転写魔法を完成させて披露したかったのだ。結局昨日だけでは完成しなかったけれど。
リャニャが家出しようとしたのではと心配させてしまったので、そうではないのだと、未完成だが見せることにした。
リャニャはそっと、クラシュ師匠をうかがう。
「なの、で、その、クラシュ師匠」
「なんだ」
「完成、したら、見て、貰えますか?その、師匠に試行、お願いしたい、です」
クラシュ師匠に試行を頼む=一般に普及させられる質の魔法式を作ると言う意思表示。リャニャの覚悟は、クラシュ師匠に伝わるだろうか。
「アガード、休講にして良いか」
「駄目ですよ。と言うか、リャニャさんがこう言っているのですから、完成を待って下さい」
話が見えない。
「ほら、戸惑わせていますよ。返事をしてあげて下さい」
「……完成を楽しみにしている」
受け入れる言葉に、リャニャの表情が輝いた。
「はい!頑張ります!!」
「一緒に頑張りましょうね、リャニャさん」
「はい!ありがとうございます!」
微笑み合う兄妹弟子ふたりを後目に、講義に行かなければならない師弟は地獄のような空気だ。
「師匠、今日、補佐なしでも行けるんじゃないですか?」
「行けん。道連れだ」
「道連れって思いっきし言った!」
「お前がいなかったら、誰が出欠記録して、質問に応対するんだ。働け」
「そんなん一回くらい師匠がやれば良いんですよー」
「黙れ俺が師匠だ」
「横暴うー」
言い争いに気付いて、リャニャがそちらをうかがう。
「大丈夫ですよ。いつものやつですから。さ、食べ終わったら支度をしましょう。リャニャさんがどんな魔法式を考えたのか、楽しみです」
アガード先輩は笑って、リャニャが食べ終えたお皿を手に取った。
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
現在4月20日午前9時30分です
ギリギリ……滑り込み……ひえ……
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