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※軽度の言葉の暴力があります
「これ、なら……でも、ここまでやると、やり過ぎ……?」
うーん、と唸るリャニャの耳に、チリン、と鐘の音が届く。
「?」
鳴っていたのは扉の横に掛けられた鐘。覗き窓の向こうに、アルマン教授の姿が見えた。
慌てて、扉に向かう。
「もう外が暗い。切り上げなさい」
「す、すみません、遅くまで」
「ああ。私は構わないが、きみはまだ子供だからな。あまり遅くまで出歩いているのは良くない。今日はそこまでに」
今日は……?
「必要なら、また来て構わない。留守のことや、私の調薬もあるから、いつでもとは言えないが」
言ったアルマン教授が不意にいぶかしげな顔になり、リャニャの肩越しに調薬室を覗き込む。
「花の香り……?」
「あ、はい。魔法に必要で……あ!だ、大丈夫です!花粉や断片が周りに散らないように配慮は、ああでも、香りが防げていない」
「ああいや、言っただろう。ここの備品は保護されている。清掃も、専用の魔法具がある。でなければ調薬以外の目的に、貸したりしない」
帰り支度をと促されて、リャニャは慌てて広げていた道具をまとめる。
「荷物は全部まとめたか?では、見ていてごらん」
アルマン教授が棚に置かれていた手振鈴を手に取り、鳴らす。まるで氷を削り出したかのような、透明感のある白い鈴だ。
リィンと澄んだ音が響き、音と共に、冴えた空気が広がる。部屋に満ちていた花の香りも、すっかりなくなった。
「氷の浄化……」
「浄化と言えば光や火、それから水が主流だが、どれも物質を変成させる力を持つからな。氷だってそうだが、それでも、ほかよりは害がない」
とことん魔女らしい発言に、リャニャは笑みをこぼす。直弟子だけあって、アルマン教授もウィルキンズ先生と同じように、調薬に真剣なのだ。
リャニャが憧れる、立派な魔女の姿。
「貴重なものを見せて頂き、ありがとうございます」
「確かに特別製ではあるが、日常的に使っているものだ。有り難がられるようなものではない。さて、もう遅い。寮の部屋まで送ろう」
「えっ!?いえ、そんなことまでは」
アルマン教授は黙って首を振った。
「昼間ほどではないが、この時間だとまだ出歩いている者もいる。だからこそ、きみがひとりで歩くのは危険だ。それに」
言外に、きみには敵がいるだろうと告げられてリャニャが落ち込む前に、アルマン教授が言葉を重ねる。
「きみ、クラシュ特級魔法師やアガード上級魔法師に、行き先を告げて来ていないだろう。心配されているのではないか?私から、安全な場所で勉強をしていたと、説明する」
それは助かる。とても助かる。が、申し訳ない。
「か、重ね重ね、迷惑を」
「構わない。行くぞ」
アルマン教授は小柄だ。十四歳としてかなり小柄なリャニャと比べても、拳一個分ほどしか身長が変わらない。長身なクラシュ師匠や先輩たちと比べると、はるかに小さい背中。だが、とても頼もしく、大きく見える背中だった。
その背中を追って、リャニャは廊下を歩く。
「あら」
アルマン教授の言葉通り、外は暗いがまだひとはいて。通りがかった魔女の集団が、アルマン教授へ話しかけて来た。
「珍しい子をお連れだこと。魔法師の弟子なんて」
「私が見習い魔女を連れていて、なにか問題が?」
「見習い魔女、ねぇ?」
居心地の悪い視線を浴びせられて、リャニャは身を強張らせる。数ヵ月で慣れたとは言え、やはり気分の良いものではない。
「それにしては、魔女科の講義にはろくに出ず、出ている授業への態度も悪いと聞くけれど」
ああ、オルレイの仲間の魔女かと、リャニャの心が冷えていく。せっかくアルマン教授と言う立派な魔女と交流したあとで、こんなものを見せられるとは運が悪い。
「私の講義を受ける態度はすこぶる良いが、別の生徒と間違えてはいないか?それに、リャニャくんが魔女科の授業の受講が少ないのは、上級課程の講義の多くを、中級課程のうちに取り終えているからだ。学長からの承認も得ている。仮にも魔女ならば、情報は正しく分析すべきと思うが、違うか」
アルマン教授ははっきりと、リャニャを擁護する言葉を返す。話しかけて来た魔女たちはみな、アルマン教授よりも背が高い上に、凶器のようなハイヒールを履いていて、高い目線でこちらを見下していたが、アルマン教授が怯む様子はなかった。
「色眼鏡は誤診のもとだ。きみたちはその濁りきった目で、患者の診察もするつもりか?」
「診察なんて!泥臭い魔女の弟子は言うことが違うわね。わたくしたちは研究者。新薬の開発が仕事だもの。馬車馬のように駆けずり回って患者に媚びる俗物とは、役割が違うのよ」
泥臭い魔女?
「リャニャくん落ち着け。いつものことだ」
憧れの魔女を貶されて顔色を変えたリャニャへ、アルマン教授が小声で言う。それから魔女たちを見上げて笑った。
「そうだな。私としては泥臭い魔女として駆けずり回っているお陰で、功績も立てやすくて良いことだが。今度はボーマン大聖堂が、人命救助の功績を称えて名誉階級を与えてくれるらしい。階級ばかりたくわえても、仕方がないのだがな。ああそう言えば、自薦で中級認定試験を受けたのだったな?結果はどうだった?」
鬼のような形相になって答えない魔女たちに、アルマン教授は片手を挙げて言う。
「おや。残念だったな。まあ、自薦の試験は難関だと聞くし、仕方あるまい。なに、素晴らしい新薬の開発に成功すれば、すぐに他薦票が集まるだろう。泥臭い俗物にもできた、簡単なことだ」
大袈裟に言ったあとで、小さく、ずいぶん時間がかかっているようだが、と付け足す。魔女たちはワナワナと、唇を震わせていた。
どうやらこの魔女たちは、下級から中級に上がれず、くすぶっているらしい。アルマン教授の言う通り、人命救助なり新薬開発なりで目に見える功績を上げれば、昇級認定試験に必要な他薦は自然と集まるが、彼女たちはそんな功績がないのだろう。
仕事を選り好みして上に上がれるほど、魔女も甘くはないと言うことだ。
と言うより、派手な功績や目に見える成果を上げやすい魔法師や魔術師に比べて、魔女は階級を上げにくい。三十代で上級魔女を名乗っていて、教授として教鞭すら執っているアルマン教授は、恐ろしく優秀な部類なのだ。
「っ、平民上がりが、偉そうに」
「今は名誉伯爵だがね。さて、きみの爵位はなんだったか」
ついに反論もできなくなったか、憤怒の顔でアルマン教授を睨み付けた魔女たちが、靴音高く歩み去る。
と、
「手が滑ったわ」
「リャニャくんっ」
魔女のひとりがわざとらしく、リャニャに向けて、なにかを飛ばす。
アルマン教授が慌てた表情で振り向くが、彼女は魔女で、とっさにリャニャを庇えるような魔法を使えたりはしない。
飛ばされたのは蓋の開いたインク壺で、とっさに反応できなかったリャニャ目掛けて、こぼれたインクが振りかかる、
「あー……」
はずだった。
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