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「助力は惜しまないと言ったが」

 突然押し掛けたリャニャを、アルマン教授は驚いた顔で見た。

「まさか昨日の今日で来るとは思っていなかった」

 それでも追い返すことなく、迎え入れてくれる。

「お入り。ここまで来るのは、勇気が要っただろう」

 アルマン教授はウィルキンズ先生の弟子だが、彼女自身も弟子を持つ師であり、魔女としての実績もある。だから個人の仕事部屋も、小さいながら与えられていて。

 パタンと閉じた扉の内側、アルマン教授とふたりきりの部屋に、リャニャはようやく緊張を解いた。

 いくら気合いを入れても、ほんの半年足らず前までは受け入れられていた場所で、なぜここにいるのかと言いたげな、刺すような視線を浴びせられ続けるのは心を削る。

「ほら。お飲み」

 手渡されたのは、温かいラベンダーティ。

 室内には、いろいろな植物の香りが入り交じった、複雑な匂いがこもっている。

 ああ、魔女の部屋だ。

 なんだか無性に泣きたくなって、リャニャはお礼もそこそこに、お茶を喉へと流し込む。

 じん、と胸を打つ温かさが、お腹から身体の隅々まで広がった。

「美味しいです」

「そうか。それで?」

 自分もお茶を口にして、アルマン教授はリャニャに問う。

「なにか理由があって来たのだろう。遠慮せず、言うと良い」

「その、お願いが、あって」

 それからリャニャが口にした説明に、アルマン教授は表情を固めて、深々とため息を吐いた。

 やっぱり、図々しいだろうか。断られる、だろうか。

「リャニャくんは」

 うつむきかけたリャニャの顔を、アルマン教授の声が上げさせる。

「魔女の心得が身に染み付いているのだな」

「え?」

「なんにでも、対価が必要だと考えているようだ。そして、真摯に対価を払おうとする。その姿勢は、大事だ」

 なんにでも対価は必要とされるからなと、アルマン教授は頷く。

「たとえば、魔女のナイフはよく切れる。どんな硬いものでも、どんな柔いものでも、綺麗にスパッと、な。だがそれは、対価に丁寧な手入れを払わなければ、すぐに失われるものだ。リャニャくんは、ナイフをしっかり手入れしているか?」

「はい」

「よろしい。道具の手入れを欠かさないこと。魔女の基礎だ。その道具が、命を救うのだからな。道具の扱いをないがしろにすることは、その道具が救う命までも、ないがしろにすることと同義だ。良いか?肝に銘じておくように」

 一昨日の言葉に偽りなく、アルマン教授はリャニャを教え導いてくれるつもりらしい。リャニャは、しゃんと背筋を伸ばして、神妙に頷いた。

「それで良い。さて、仲直りの対価に、魔法式、とはね。リャニャくんは魔法師の弟子としても、真面目なようだな」

「そんな、ことは」

 なにせ、本来考えるべき魔法式からは、逸脱している。

「悪いが私は魔女に必要な魔法以外、詳しくない。付き添いとして戦力にはなれないが、その魔法式に危険はないのか?」

「理論上は、大丈夫、です」

「わかった。隣の調薬室を使うと良い。小さい部屋だが、備品や外に影響しないよう、魔法をかけてある」

 リャニャは目をまたたき、アルマン教授をうかがった。

「良いの、ですか?」

「私は魔女だが、教師でもある。学ぼうとする生徒は手助けするのが、教師の役目だ。役目は果たす」

「でも、わたしは、なにも」

 返せないのに。

「リャニャくん」

 アルマン教授の手がリャニャの肩に触れる。

「きみは学生だ。学生の役目は、学ぶことだろう。対価などそれで、十分だ」

 目を泳がせて、言いよどんで、それでもアルマン教授は口を開く。

「私自身は、きみを魔女に向いた人間だと思っている。きみならばきっと善い魔女になれる。その考えに変化はない。だが」

 アルマン教授は真剣な瞳で、リャニャの目を見据えた。

「教師にとっての喜びは、教え子が幸せになることだ。そのために必要なことならば、道は変えたって構わない」

 目を見開いたリャニャへ、アルマン教授は不器用な笑みを見せる。

「さ、お行き。私はここにいるから、困ったことがあったら、いつでも声をかけると良い。きみの試みが、善き結果をもたらすことを、願っている」

「ありがとう、ございます」

 アルマン教授に背を押され、リャニャは調薬室へと足を踏み入れる。調薬の実習で使う、広い部屋とは全然違う。こぢんまりとしていて、扉と小さな窓と水場以外、壁全面が棚で覆われている。棚は物で埋め尽くされ、それですら足りないのか、床にはいくつも、箱が詰まれている。そして、そんな有り様な部屋なのに、調薬机の上にはなにもなく、まっさらで綺麗な状態が保たれていた。こんなにものであふれているのに、隅々まで磨かれ埃ひとつない。

 実直で真面目なアルマン教授らしい部屋。空気すら澄んでいるようで、ひどく居心地が良い。

 大事な部屋のはずだ。信頼できぬ者には、立ち入りすらさせたくないくらいの。

 そんな部屋を、彼女はリャニャに貸してくれたのだ。

 お借りしますと呟いて、リャニャは調薬机へ道具を広げる。

 アルマン教授は学べと言って、この部屋を貸したのだ。それが対価だと。ならばリャニャがするべきは、求められた対価をしっかり払うこと。

「やろう」

 気合いを入れて、リャニャは机に向かった。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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