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引き続き回想回
「待ったっ待った!参加します!!まだ一位指名始まってないですよね!?」
音高く講堂の扉を開けて、指名会の会場に駆け込んで来た人影。
「サトラ初級魔法師?弟子を取れるのは、中級からですよ」
「知ってます知ってます。僕じゃなくて、ちょっと師匠!急いで下さいって!始まっちゃいますよ!?」
膝に手を当てて荒い息を吐いていた乱入者。身を包むローブは見習い課程卒業後に所属可能な研究科のもの。色は初級を示す白藍色。秋の小麦のような金髪と春の新芽のような緑の瞳をした、人懐こそうな顔の美青年だ。その青年、サトラ初級魔法師が扉を振り向いて声を張る。
「なっんで、大事な日に寝坊するかなぁ?ほらほら、一位指名逃しちゃったらどうするんですか」
サトラ初級魔法師は、初級ながら学院の有名人だ。なぜならば。
「お前はもう少し落ち着きなさい。申し訳ありません、副学長。私と師匠も参加させて頂けますか」
サトラ初級魔法師を追って扉をくぐるローブ姿の男性。凍てつく冬の空気を糸にしたような銀髪と、荒れる海原のような群青の瞳の、冴え冴えとした美貌の青年。身を包むローブの色は上級を示す夕暮れ色。歴代二位の早さで上級魔法師になった早熟の天才、アガード上級魔法師。けれどサトラ初級魔法師が師匠と呼ぶのは、彼ではない。
シン、と静まり返った講堂に響く、革靴の足音。揺れる黒髪と共になびくローブは、宵闇色。着用を許されるものが一握りしかいないその色は。
「クラシュ特級魔法師……」
誰かが呟いた声が、静かな講堂に響いて、呼び水となったようにざわめきが広がる。
アガード上級魔法師に越えることを許さなかった、最年少上級魔法師資格取得者にして、最年少特級魔法師資格取得者の鬼才、クラシュ特級魔法師。もはや生ける伝説扱いされる魔法師の登場に、蜂の巣をつついたようなどよめきが場を埋め尽くした。
「まだ開始前だから参加は構いませんが」
副学長ですら少し及び腰で問い掛ける。それはそうだろう。ティエジア学派の学派員を全員合わせても、生存する特級保持者は目の前のクラシュ特級魔法師と、学長だけなのだから。
「弟子を取るのですか?あなたが?」
副学長の疑問も無理はない。生ける伝説に師事したいと望む見習いは大勢いるが、このクラシュ特級魔法師が弟子に取った見習いは、彼が中級魔法師に上がってからの十五年でふたりきり。今まさに彼の左右に控える、サトラ初級魔法師とアガード上級魔法師だけなのだ。十六年目にして新たに弟子を取ると聞けば、耳を疑うのも無理はない。ふたりめの弟子であるサトラ初級魔法師を指名したときだって、随分な話題になったのだ。
「ええまあ。断られなければですが」
アガード上級魔法師の返答に、また大きなどよめきが起こる。
「アガード上級魔法師も、弟子を?」
「選んで貰えれば」
無表情では冷たく見える美貌を笑みで和らげて、アガード上級魔法師は答える。彼に至っては成立すれば一番弟子だ。
誰が断れるって言うのだろう。
リャニャは他人事のように思った。否、事実他人事だった。確かにリャニャは座学でも実技でも優秀な成績を修めている。だが、リャニャの優秀さなんて所詮は秀才レベルで、天才三人とは格が違うのだ。選ばれるわけがないし、選ばれたいとも思わない。リャニャは生ける伝説の魔法師ではなく、憧れの魔女のもとで、彼女のような魔女になることが夢なのだから。
それにしても、今年の昇級者にそんな突出した才能を持つものはいただろうか。
驚きのせいで緊張も吹き飛んだリャニャは、冷静になった頭でそう考える。
思い浮かぶものはいない。少なくとも、多くの授業を共にした見習い魔女たちのなかにはいないだろう。
まあ、そうは思わない子たちもいるようだけれど。
やにわに色めき立った見習い魔女たちを、リャニャは冷めた目で眺めた。夢を見るのは自由だけれど、自分の実力くらい、きちんと計れた方が良い。そうでなければ、自分はもちろん、顧客の命ですら危険にさらしてしまいかねないのが、魔女と言う生き方なのだから。
リャニャも含めて今年昇級の見習い魔女に、天才に選ばれるようなものはいない。だからリャニャは、ウィルキンズ先生の研究室の学派員に選ばれることだけを、祈っていれば良いのだ。生ける伝説の弟子なんて、遠い世界の話は忘れて。
そう思ったリャニャは意識を切り替えて、副学長の合図を待った。今度は邪魔されることなく、副学長は開始の合図を告げて。
瞬間沸き起こったどよめきに、リャニャはビクッと肩を跳ねさせた。
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