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「えー……っと、その、わたしにこれを教えてくれたピクシーとは、しばらく会う機会がないと思うので、すぐに、は無理ですけれど」

 えっ、と言う顔で、クラシュ師匠が顔を上げる。

「今度会ったときに、クラシュ師匠に教えても大丈夫か、訊いてみますね」

「い、いのか?そんなことして、お前まで嫌われるかも知れんぞ?」

 気遣いを感じる言葉に、リャニャは笑って首を振る。

「そんなことで嫌うような、心の狭いピクシーではないので大丈夫ですよ。ただ、訊いてみるだけなので、駄目と言われたらなにも教えられないのですが」

 全部は駄目でも、少しなら良いと言われる可能性はある。

「それに、次またいつ会えるのかも、わからない相手なので」

「いや、可能性があるってだけで、ありがたい話だ。本当に、良いのか?」

「いろいろ、迷惑をおかけしていますし、これくらいの恩返しは」

 彼には、贖罪のネタにオレを使うなと、拳骨されるかもしれないが。

「いや、迷惑をかけられた記憶はないし、お前の世話は師匠としての義務だ。お前が対価を払うことじゃない。お前が対価を払うことじゃないが、師弟のよしみでピクシーへの口利きは頼みたい。対価は払う」

「わかりました。いつと言う確約はできませんが、もし会う機会があったら、必ず」

 ガタン、と立ち上がったクラシュ師匠が、無言で机を回ってリャニャの横へ来る。

 なんだろうと見上げたリャニャの視界が、宵闇に包まれる。ふわりと、冷えた夜の空気を感じるのに、触れる闇は温かい。

「……?」

「お前、最高だな!」

「にゃっ!?」

 状況がわからないリャニャが、頭をもたげた瞬間、グン、と身体を持ち上げられた。さっき、サトラ先輩がされていたみたいに、幼児でも抱き上げる持ち上げ方。

 リャニャを高々と抱えたクラシュ師匠が、美しい顔をくしゃりと潰して、子供のような満面の笑みを浮かべていた。

「あっはははは!」

「??、!?!?!?」

 そのまま楽しげに、くるくると回り出す。リャニャはわけもわからず、されるがまま、目を白黒させるしかない。

「ちょっと師匠、ここでそんなに暴れたら危ないでしょう」

「ああ、そうだな、悪い」

 アガード先輩の言葉を聞き入れ、回るのをやめたクラシュ師匠が今度は、くまのぬいぐるみのようにリャニャを、ぎゅうぅっと抱き締める。身長差のせいで、リャニャの足は浮いたままだ。

「そんなに、嬉しいですか」

「当たり前だろう」

 若干呆れた口調のアガード先輩に対して、抱き締めたリャニャの頭に、頬を擦り寄せながらのクラシュ師匠の返答。

「俺を誰だと思ってる?幼いとは言え上位精霊にすら怖がられる、闇の愛し子だぞ?こんな機会、そうそうあるもんじゃない」

「ああ」

 呆れを隠さず、アガード先輩が相槌を打つ。

「誰でも八割成功するはずの魔法使いの飛行魔法が、一度も成功しない人間ですもんね、師匠」

「えっ……」

 確かに気が乗らないと、ピクシーは遊びに付き合ってくれない。

 だが、ピクシーはどこにでもいて、かつ、たくさんいる妖精だ。

 誰かが気が乗らなかったとしても、別の誰かが乗ってくれる。

「不発に、なることが、あるのですか?飛翔って」

 思わずリャニャがこぼした言葉に、クラシュ師匠はリャニャを自分の前に降ろして、見下ろした。

 クラシュ師匠とアガード先輩の、もの言いたげな視線が、リャニャに刺さる。

「……ですって、師匠」

「いままで幾度となく、お前は凡人の気持ちを理解しないと言われて来たが、なるほど理解していなかったようだな。そうか。こんな気持ちだったのか」

 失言を察したリャニャが、いまさらながら手で口を被う。

「リャニャさん、"飛翔"の成功率をお聞きしても?」

「ええと、その」

 目を泳がせて、それから、リャニャは観念した。

「飛翔は、と言うか、ピクシーに依頼する魔法で、不発だったことが、いままでない、です」

 ふたり分の深いため息が、研究室の空気を揺らした。

「これが天才か」

「私たちなんて、凡夫でしかありませんでしたね」

 なにを言っているのかこのふたりは。

「いやいや、なに言ってんですか、師匠と先輩が凡夫だったら、この世の大半が凡夫以下で、世界がゴミ溜め状態ってことになるじゃないですか」

 救世主の声に、リャニャは心底ほっとして振り向いた。

「サトラ先輩……!」

「大丈夫?リャニャちゃん、いじめられたの?」

「大丈夫、です。えっと、わたしがちょっと、失言してしまった、みたいで」

 味方が来た!とばかりにサトラ先輩に引き寄せられたリャニャの頭を、サトラ先輩が慰めるようになでる。

「失言の結果が先輩のあの結論なの?もう、師匠も先輩も、リャニャちゃんを困らせたら駄目ですよ。リャニャちゃんは確かに天才だから、相対評価すると自分駄目じゃんってなるかもしれないですけど、師匠も先輩も、絶対評価で天才なことに変わりないんですから」

「わたしは」

「うんうん、気持ちはわかるよ」

 反論の言葉を探すリャニャに、サトラ先輩が同情の目を向けて頷く。

「突然わけわかんない基準で才能があるって言われても、なんじゃそれってなるよね。僕もそうだったもん。大丈夫だよ。魔法馬鹿がまた馬鹿言ってるって、聞き流しとけばそのうち慣れるからね」

「喧嘩なら買いますよ、サトラ」

「売ってませえん!もう!自分たちの基準が一般的じゃないって、理解して下さいよ。魔法師の見習いやってた僕ですら、寝耳に水だったんですよ?リャニャちゃん、見習い魔女なんだから、余計に価値観の差があるに決まってるでしょ。一方的に意見押し付けられたら、そりゃ戸惑いますって」

 室内を見渡して状況を見て取ると、サトラ先輩はリャニャの背を叩いた。

「魔法式の試行は終わったんだよね?結果は書き取れた?じゃあさ、今日はもう寮に戻って、談話室で結果の考察しよ?僕も相談乗るからさ」

「おいサトラ」

「決定事項ですう!」

 サトラ先輩が黒板の魔法式を見て、魔法式を展開する。

「集めて」

 そよ風が巻き起こり、リャニャのものだけ拾ってサトラ先輩の腕に運ぶ。

「よし。行こ、リャニャちゃん」

「サトラ」

「約束は、木曜でしょ、師匠。期限前の口出しは禁止でっす!!」

 抱えるように背を押されて、リャニャはサトラ先輩と歩き出す。

「付いて来るなら、バルツザット教授のとこに家出しますから!」

 捨て台詞を吐いて、サトラ先輩は研究室の扉を閉めた。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます


ツッコミ不在の空間に舞い降りたツッコミ担当

と言う名の救世主


続きも読んで頂けると嬉しいです

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