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「座れ」

 試行終了後、クラシュ師匠に椅子を示されて、リャニャは従う。

 闇の精霊を帰らせ、壁端に置かれていた黒板を引き寄せて、クラシュ師匠が魔法式を書き出した。

 条件付き採用と分類された魔法式だ。

「さて」

 自分もリャニャの向かいの椅子に腰掛けたクラシュ師匠が、コンコン、と黒板を叩く。

「解説しろ」

「ええ。これ、私の記憶が正しければ、大部分はあの紙になかった文言ですよね」

 リャニャの隣に座って、アガード先輩も言う。

 やけっぱちだったにしても、やり過ぎたらしい。

「えと……その……」

「文言の意味は?ほかと比べて、明らかに式量が少ないが」

「い、みは」

 言っても良いものだろうか。だが、そう問題のある文言は使っていないはずだ。

「"命を生み出す我が友よ、たゆたう風の精霊よ、芽吹きの時間だ、集いて遊べ、踊れ、花咲かす東風はるかぜをここに"です」

「それでなんで、風の上位精霊が来るんだ。しかも、上位精霊が来たにしては効果が低い。使用した魔力量も低いが」

 頭痛がするとでも言いたげに、クラシュ師匠が額を押さえる。

「命を壊すことは、どの精霊にもできますが、生み出すことは、中位以上の精霊にしか許されていないので、"命を生み出す"と言う文言を入れることで、召喚相手を中位に限定できます」

「その知識の出所でどころも詳しく聞きたいところだが」

 リャニャは、そ、と目をそらした。右斜め下を向いたリャニャの左側頭部に、クラシュ師匠の視線が突き刺さるが、リャニャは無言を貫く。

「まあ今はいい。今は」

 "今は"を強調して、クラシュ師匠は息を吐いた。

「類似の文言の効果は把握している。中位精霊に召喚相手を限定するために、魔法式の強度が中位精霊召喚に足りないと不発になる。リャニャの考えた魔法式の大部分のようにだ。もちろんそれを補う要素があればその限りではない。アガードに発動できない魔法式を、リャニャが発動できたみたいにな。リャニャ、お前は精霊や妖精に好かれやすいタチだ。だから弱い魔法式でも、発動しやすい」

 真っ直ぐな長い髪を掻き混ぜて、クラシュ師匠はくしゃりと顔をしかめる。

「おまけにその魔力だ。ある程度、魔法式の体裁を保っていれば、ボロクズみたいな魔法式でも発動できるだろう。先週みたいに、力押しでな」

 魔法師垂涎の才能だぞと、クラシュ師匠が肩をすくめた。

「ま、ほとんどのやつはまだ気付いていないがな。でなければ、指名会での競争率が、もっと上がっていたはずだ」

 節穴が多くて非常に助かると、クラシュ師匠はヒトの悪い笑みを浮かべた。

「わたしは、そんな」

 大層な人間ではない。リャニャの否定の言葉は、クラシュ師匠が黒板を叩く音で途切れた。指の背でコツコツと黒板を叩き、クラシュ師匠は目を細めた。

「話がれたな。リャニャ、お前は世間一般より魔法適正が高い。まともな魔法式なら、大抵はほかの人間より低い魔力で発動できるだろう。さらに、方向性のはっきりした魔法式なら、普通発動しないような悲惨な出来のものでも、魔力にものを言わせて発動させられる。だが」

 バンと軽く、クラシュ師匠が平手で黒板を張る。

「これは違う。本来、弱過ぎる魔法式。それでもお前なら発動できておかしくない。お前の豊富な魔力を、注ぎ込んだならな。だが実際は、お前が発動に注ぎ込んだ魔力は、一般的な中位精霊召喚魔法にかかる魔力と比べても、半分近い魔力だけだ。その上、来たのは中位精霊じゃない。高位精霊が、七体だ。それも、闇以外の精霊召喚が阻害された空間で」

 クラシュ師匠は声を荒らげているわけではない。淡々と、言葉を並べているだけだ。けれどリャニャは、追い詰められたように、身を縮めて行く。

「あり得ない。なぜそれで発動する。しかも高位精霊を七体も召喚しておいて、生じた効果が、ただのそよ風?ふざけているのか」

 リャニャにはそんなに、特異なことをした自覚などない。だから、問い詰められても困るのだ。

「師匠」

 どんどん縮こまって行くリャニャを見かねたか、そっとリャニャの背に手を添えたアガード先輩が、クラシュ師匠をとりなす。さっきまではクラシュ師匠と共にリャニャを問い詰める雰囲気だったが、リャニャの怯える姿に、矛を収めてくれたらしい。

「リャニャさんが怯えていますから、そのくらいで。わかるでしょう。私のときと同じです。そんなの、訊かれたってわからない」

 クラシュ師匠にもの申したあとで、アガード先輩は気遣うようにリャニャの顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか?リャニャさんが悪いわけではありませんから、安心して下さいね。申し訳ありません。師匠も私も魔法馬鹿で、だから前のめりになってしまっただけで、リャニャさんに怒ったわけではないのです」

「わた、しは」

「ええ。大丈夫です。それはもちろん、話して頂ければなによりですが」

 眉尻を下げて、アガード先輩は目を細める。

「師匠や兄弟子と言っても、なにもかもを話す義務はありません。同じ研究室だからこそ、研究上で競争相手となることもありますからね。さすがに話さなければ危険なことならば、話して頂かねば困りますが、そうでなければ、話せないことも、話したくないことも、話しにくいことも、無理に話さなくて良いんですよ。ね?師匠」

「………………ああ、そうだな」

 苦渋、と言う気持ちが、ありありと浮かんだ顔で、クラシュ師匠は頷いた。

「俺としては、一から十まで問い詰めたいが。聞きたくて仕方がないが。リャニャは一個の人間だ。俺の所有物ではない。話したくないと言うなら、意思を尊重する」

 鬼だが、悪い鬼ではないのだ、このひとは。

「は、なせる、ことは、話します。少ないかも、しれませんが」

 思わず絆されたリャニャが言えば、とたんに目を輝かせて、師匠は身を乗り出した。

 良い大人なのに、時折少年のような顔をするひとだ。

「多少でも聞けるなら聞く。では、早速頼む」

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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