55
恐ろしい速度で、魔法式が展開されて行く。
「却下、却下、不発、却下、要改善、却下、不発、不発、暴発、却下」
リャニャが考えた魔法式を次々に展開し、クラシュ師匠が無慈悲に判定を下して行く。見ているリャニャも遅れぬよう、必死に結果を書き留めた。書き留めることに必死過ぎて、却下や不発暴発の多さに嘆く暇もない。
否。
一昨日の推敲では、その数倍の却下を下したから、いまさら大部分却下されたところで変わらない、と言う思いもあるからだろう。さらに言うなら、自分の語彙の不足を、推敲で痛感したこともある。
むしろ見ただけで全部却下と言われなかったことで、自分を褒めたいくらいかもしれない。
「却下、却下、要改善、不発、不発、不発、ん?」
不意に、怒涛の勢いだった試行が止まる。
まだ、リャニャが候補に上げた魔法式の、半分程度だ。
「どうしました?まさか魔力切れですか?」
「いや、魔力はまだ問題ないが。なんだこの式は」
クラシュ師匠が険しい顔で、紙面を睨み付ける。
そんなにおかしな式を作っていただろうかと、手元の覚書を確認したリャニャは、しまった、と身を震わせる。
クラシュ師匠が睨み付けているだろう魔法式は、思考が行き詰まり、自分の語彙のなさに嫌気がさしたリャニャが、やけっぱちで考えた魔法式だ。
「そ、れは、試さなくて良いです!候補から外し忘れていただけなので!」
慌てて声を上げるが、片目をすがめたクラシュ師匠は、リャニャの声を無視して魔法式を発動した。
「……まあ、俺では不発だな。来い、リャニャ」
犬でも呼ぶように指で招かれて、リャニャは身をすくめる。
「早く」
「はっ、はいっ」
返事は若干震えた。転びそうになりながら歩み寄ったリャニャに、クラシュ師匠が、くだんの魔法式を示す。
「展開してみろ」
「で、でも」
「早く」
「はいっ」
鬼に逆らう度胸は、リャニャにはない。
ビクつきながら、魔法式を展開する。
{呼んだ?}
{よんだあ?}
{良いよ遊ぼう}
{おどろう!}
数体の風の精霊がリャニャの周囲を取り巻いて、髪や服を舞い上げる。ふわりとリャニャの身が、浮き上がった。
「待て、連れて行くな」
クラシュ師匠が顔をしかめ、長い腕をリャニャの腰に回す。
{うわ、闇の愛し子だ}
{こわあい}
{逃げろ逃げろ}
{逃っげろー}
ぐるぐるとリャニャの髪を乱して、精霊たちは逃げ去った。
急に重力を戻されたリャニャを、クラシュ師匠が抱き止める。
「……やっぱり軽い」
「あ、えと、すみません」
ぐしゃぐしゃ頭で、リャニャは呆然と呟く。
「いや……」
{ボサボサね、愛し子の弟子}
{直してあげる}
不機嫌顔のまま考え込むクラシュ師匠は、リャニャを離さない。寄って来た闇の精霊が、リャニャの乱れた髪を梳いた。
「あり、がとう……」
「はぁ」
お礼を言ったリャニャが、精霊に魔力を渡したところで、クラシュ師匠のため息が響き、リャニャはビクリと身を跳ねさせた。それで腕の中のリャニャを思い出したクラシュ師匠の、漆黒の瞳がリャニャを睨み据える。
「なんでこれで発動するんだ。しかもこの空間に、複数喚び出しやがって」
「ぴゃっ、わ、わかりません、すみません」
「謝るな。成功はしているだろう」
もう一度、深々とため息を吐いて、クラシュ師匠が首を振る。リャニャはまだ、捕まえられたままだ。
「制御は甘いが簡潔だ。使う魔力量もほかの式より段違いに低い。制御の甘さも、式が一部だから起こっているもので、完成すればおそらく落ち着くだろう。文句なしに、お前に出せる最適解に近い魔法式だ」
文句なしの顔とは思えない顰め面で、クラシュ師匠が言う。
「でも、クラシュ師匠が展開しても、発動しなかった、ので」
「そうだな。アガード、来い。試せ」
クラシュ師匠がリャニャを捕まえたまま、アガード先輩を呼ぶ。
「試すのは良いですが、いつまでリャニャさんを抱き上げているのですか、師匠」
「誘拐防止だ。連れ去られかけたぞ、こいつ」
「この状況なら闇の精霊が阻止して下さるでしょうに。それで?私はどの式を試せば良いのですか?」
クラシュ師匠が黙ってひとつの式を示す。
「ええ?これを、リャニャさんは発動させたのですか?」
「そうだ」
「短い式なのに、半分も理解できないのですが」
「お前でもか」
「ええ。私でも」
ふたりぶんの視線が、無言でリャニャに注がれる。
思わずリャニャは、そばにいた闇の精霊にすがった。闇の精霊は、くすくすと笑ってリャニャを抱き返す。
アガード先輩が、息を吐いて首を振る。
「まあ、やるだけやってみましょうか」
言って魔法式を展開するも、結果は不発。
「少し魔法式を間違えていたな」
「そうでしたか?では、もう一度」
やはり不発。
「その下のみっつも試してみろ」
「こちらですか?」
アガード先輩が頷いて、魔法式を順番に展開した。不発、不発、暴発だ。
{ちょっとあなた、髪を束ねた方が良いんじゃない?}
{そうね。やってあげる}
ケラケラ笑った闇の精霊が、またぐしゃぐしゃになったリャニャの髪を編んでまとめる。
「ありがとう……」
「リャニャ」
もう一度、闇の精霊に魔力を渡したリャニャに、クラシュ師匠が声をかける。
「やってみろ」
アガード先輩が試した三つを、と言うことだろう。
このまま、だろうか。
「ほら」
アガード先輩の手から取った紙を渡され促される。
このまま、らしい。
降ろして欲しいなと思いつつ、リャニャは魔法式を展開する。
そよ風、そよ風、つむじ風だった。
「……なるほどな」
頷いたクラシュ師匠が、魔法式をそれぞれ指差して言う。
「条件付き採用、却下、要改善、要改善だ」
言ってようやく、リャニャを降ろしてくれる。
「条件付き採用は使える人間を選ぶ。ソレならサトラでも使えるだろうが、ほかの属性もとなると、ひと握りの人間にしか使えなくなるだろう。お前専用の魔法式として組み立てるなら、無駄もないし魔力効率も高い。多少の手直しで実用に足るものになるだろう」
褒められているのか、貶されているのか、わからない評価だった。
「汎用性で考えるなら、これとこれの中間辺りを目指すのが、ちょうど良い魔法式になるだろう。下がれ。残りも試す」
言うだけ言って、クラシュ師匠は、シッシと手を振る。
また捕まえられるのも困るので、リャニャは素早くクラシュ師匠から距離を取った。覚書に、言われた内容を書き込む。
そのあとの魔法式もほとんどが却下となり、試行は終了した。
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




