54
「魔法式は、俺が展開する」
「え」
クラシュ師匠が?
「早く出せ」
「言いたいことはわかりますが、ただでさえ精霊召喚が発動しにくい空間で、闇以外の精霊召喚の得意でない師匠が、風の精霊召喚が組み込まれた魔法式を試すのですか?」
「なにか問題が?課題通りの魔法式ならば、この条件で発動しなければ失敗だろう」
ごもっとも。
観念して、リャニャは一昨日考えた魔法式候補を差し出す。
「多いな」
「あ、えと、絞り、ます」
「いや。片っ端から試す。下がっていろ。それからサトラ、耐えられないなら、どこかに行っていろ」
声を投げられたサトラ先輩が、少し迷ったあとで、そうしまーすと答えて研究室を出て行った。
耐えられない?
なにがだろうと首を傾げるリャニャの背を押して、アガード先輩が前を向くよう促す。
「あ、そうでした師匠、少し待って貰えますか?」
それから思い出したように、クラシュ師匠へ声をかける。
「なんだ」
「いえ、師匠がその覚書を持っていたら、リャニャさんが試行結果を書き込めないでしょう?先に写しを、用意しましょう」
ね、リャニャさん、とアガード先輩は微笑んだ。
「?、リャニャも転写魔法を覚えたのか?ああ、バルツザット教授考案の魔法だったか」
「そうですね。習ったのですか?リャニャさん」
「習っては、いないです」
なんだかアガード先輩が怖い。
リャニャは不安になりながら、答える。
「その、使うところを、見せて貰ったので、それで魔法式は、覚えて」
「そこから水魔法の転写魔法を?」
「水魔法の転写魔法?」
アガード先輩とクラシュ師匠から追求にリャニャは怯えるが、守ってくれるサトラ先輩は不在だ。窮鼠のように震えながら、答える。
「いえあのそれは、まだ不完全、で」
「昨日は綺麗に写せていたようでしたが」
「裏写りが……それに、インクの消費量も」
「なんでも良い」
ずい、と、クラシュ師匠の手により、リャニャの書いた覚書が突き返される。
「やって見せろ。不完全だと言うなら、助言も欲しいだろう」
確かに特級魔法師と上級魔法師に助言を貰えるなんて、素晴らしい機会ではあるのだろうが。
ただでさえこれから、不完全な風魔法に対して鬼の指導が始まるのに、どうしてさらに不完全な魔法を見せて、叱られるネタを増やさなければならないのか。
この世の理不尽に嘆きつつも、こうなればリャニャに拒否権などない。
「わ、かりました……」
渋々、紙を受け取り、机の上に白紙と重ねて置くと、横に蓋を開けたインクの瓶を置いて、魔法式を展開する。
土壇場で新しい魔法式を試す度胸はないので、昨日のまま、白紙にインクの文字が浮かび上がる。インクのかすれや溜まりも含めて、リャニャの筆跡、そのままに。
「水単独で、転写」
「そうか、インクは液体、液体を操るのは、水の十八番か」
真剣に観察し考察する天才魔法師ふたりに、いたたまれない気持ちを感じながら、リャニャはインク瓶の蓋を閉める。やっぱり無駄にインクを消費している。
「問題なく転写できているように思いますが、ああ、裏にも文字が出てしまっているのですね。それも、鏡文字で」
「そう言う原理か。確かにそれでは裏写りは防げんな。インクも余計に使う。光魔法と複合にすれば解決出来そうだが、水単独にこだわるのか?」
サトラ先輩がいたら、魔法馬鹿がふたりも釣れた、と言っていたところだろうか。
転写魔法の改良も、確かにやりたいことではあるが。
「あ、の!」
リャニャは意を決して、鬼にもの申す。
「いまは、風魔法の方の試行を、お願い、します」
決死の覚悟でリャニャが口にした要望を受け、魔法馬鹿ふたりは顔を見合せて。
「そうだったな」
「すみません。昨日から気になっていたのでつい、脱線してしまって」
クラシュ師匠がリャニャが転写した方の紙を取り、魔法の試行用に広くとられた空間へ向かう。
「転写魔法については、あとにしましょうね。ええ、あとで、じっくり、話しましょう」
原本を拾ってリャニャに渡すアガード先輩は、やっぱりなんだか怖かった。
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




