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ただ、純粋な褒め言葉と、応援が、心に響いた。
「あ、りがとう、ございます」
「まあそれって、魔法師の素質でもあるけどね!魔法行使を頼む相手のことを理解して、完璧で無駄なく美しい魔法式を作るって、リャニャちゃんみたいに、ちゃんと相手のことを慮れるひとじゃないと、出来ないからさ」
サトラ先輩が頭をなでる。
「どっち選んでも良いんだよ。バルツザット教授も言ってたけど、最適はその時々で変わるから、夢だって、更新されて良いんだ。それは少しも、悪いことじゃない」
それは。
「サトラ先輩は、わたしが、」
リャニャの喉で言葉が堰き止められて、その先を継げなくなる。サトラ先輩は苦笑してまた、リャニャの頭をなでた。
「僕が、ううん、僕も師匠も先輩も、僕たちが望んでいるのは、リャニャちゃんが幸せになることだよ。せっかく出会えて、兄妹弟子になれたからさ、どうせなら、笑ってて欲しいんだ。だから」
サトラ先輩がリャニャの顔を覗き込んで、優しく笑う。
「どんな決断をしたって良いんだよ。どんな決断をしたって、その先でリャニャちゃんが笑顔になれるなら、なんだって良いんだ。だから、そんな風に、僕らを重荷に思わなくって良い」
「っ……」
答えを返せないリャニャを、サトラ先輩は明るく笑い飛ばした。
「つったって、無理だってのは僕がいちばんわかってるけどね!名前が大き過ぎるんだよねえ、師匠も、先輩もさ!僕も、何度重たい重過ぎる死ぬって思ったかわかんないや」
リャニャから見れば、サトラ先輩だって立派な先輩だ。それでも?
「サトラ先輩でも?」
「もっちろんでしょ!だって、師匠もアガード先輩も、現時点で魔法史に名を残すことが確定してるひとだよ?言わば生ける伝説だもん。そんなひとたちの、いっちばん近くで、しかも弟子やら兄弟弟子やらとして、一緒にいるなんてさあ。弟子っつっても僕は凡人だもん、もう、いたたまれないし、周りの目も痛いし。たいっへんだってえ」
だからリャニャちゃんの気持ち、めちゃくちゃわかるよと、サトラ先輩はリャニャの肩に手を添える。
「しかもリャニャちゃんは見習い魔女だもんね。いくら、気にするなって言われても、気にしないとか無理だよね。でも、忘れないで欲しいのは」
リャニャから手も視線も外して、サトラ先輩が虚空を見やる。
「外から見れば、化け物みたいな伝説級の魔法師で、若い魔法師から見りゃ憧れの的の、雲上人だとしてもさ」
ふい、と目を伏せて、ぼやくように言う。
「それでも、あのひとたちだって人間だし。ただ、普通に、僕らの師匠と兄弟子で、ほかの魔法師とおんなじように、僕らのことを、弟子や弟弟子妹弟子として、大事にしてくれてるだけなんだよ」
リャニャに目を戻したサトラ先輩は、困ったように笑っていた。
「外野の声や視線が騒がしいってのは、本当にそうだし、僕だって気になるんだけど。ほんっと、消えてくれないかなって思うんだけど!でも、ほんとはそんなの、全部外野だからさ。全部無視してないものとして良いんだよ。だって結局、部外者が勝手に野次飛ばしてるだけなんだから。そいつらには口出しする権利なんかなくて、僕やリャニャちゃんが聞いてやる必要は、一切ないんだ。だって、僕らの師匠と兄弟子は、クラシュ・サガンとアガード先輩で、ほかは全部、ぜぇんぶ、無関係な部外者でしかないんだから」
「……」
リャニャはうつむき、視線を落とす。
「ごめん、話が脱線したね。訳と解釈の擦り合わせ、始めよっか。リャニャちゃんの訳したの、見せて」
サトラ先輩はリャニャの手元の紙を取り、代わりにサトラ先輩が書き込んでいた紙を置く。
アガード先輩の書く、まるで活字のような几帳面な字に対して、サトラ先輩の書く文字は、歌う風のように流麗だ。さらさらと流れるように綴られた文字は、踊るように楽しげなのに、不思議と読みにくくはない。訳す文章もサトラ先輩らしく、明るく優しい言葉選びで、内容も理解しやすかった。
原典を古語に訳したもののさらに訳文とは言え、内容は同じはずなのに、リャニャの訳とは全然印象が違って。訳者でこんなにも違うものなのかと、リャニャはつい感心してしまった。
現代語訳だけあって読みやすく、リャニャはすぐに目を通し終えた。専門用語で難しかったところは、こんなことを言っていたのかと、理解が深まる。
この方法はありがたいなと思いつつ、リャニャが読んでいた紙から顔を上げると、サトラ先輩は手にした紙を見下ろしながら、難しい顔をしていた。
「あ、リャニャちゃん読み終わった?」
それでも、顔を上げたリャニャに気付くから、サトラ先輩は視野の広いひとなのだろう。
「はい」
つたないお話をお読み頂きありがとうございます
この辺りを書きながら
この作品にサトラ先輩がいて良かったなと思っていました
続きも読んで頂けると嬉しいです




