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アガード先輩が用意した本は、うち二冊が古代魔法語で書かれた本だった。簡易製本の手書き本。筆跡から、もしやとリャニャが思ったと同時に、サトラ先輩が声を上げる。
「これ!アガード先輩の字じゃん!」
ハッ、として、別の本も開く。
「こっちの古語のも!」
なら現代語訳もしといて!と叫ぶサトラ先輩に、パラパラと軽く見たリャニャは言う。
「散逸したものを、ひとつの学説だと提唱したとおっしゃっていたので、複数の文献を書き写して、ひとつにまとめたもの、ではないでしょうか。ここに、写本場所と日にちが書いてあります」
有名な書物ではないとも言っていた。有名なものならば、古代魔法語でも写本は多く作られるが、そうでないならば当時の原本くらいしかない場合もある。古代魔法語が現役で使われていた時代の本だとしたら、持ち出しはもちろん、閲覧ですら許可が下りるか怪しいくらいのものだろう。
「日にち順には製本されていないので、たぶん、ひとつのまとまった論文になるように、アガード先輩自身で考えて並べて製本したのだと思います」
「な、るほどお……まあ、先輩は古代魔法語も古語も、僕よりずっと得意だもんなあ」
うんうん、と頷いて、サトラ先輩がリャニャの顔を覗き込む。
「どう?それ、リャニャちゃんは読めそう?」
言われて、開いた頁に目を落とす。
「専門用語が多いので、辞書を引きながらになりそうですけれど、読めなくはないです」
古代魔法語は装飾性が高く、書き写すのも難しい言語なのに、アガード先輩は狂いなく綺麗に写していて読みやすい。活版印刷のように、大きさや形まで整った文字列だ。
当然ながら、古代魔法語の活版印刷なんて、存在しないけれど。
「そっか、それじゃあ、僕が古語の方読んでみるから、リャニャちゃんは古代魔法語の方読んでみてくれる?それで、すり合わせして行こう」
「あ、でもこれ」
リャニャは本のとある頁を指差す。
「"古語訳では欠落"って書いてあります。そちらの冊子にはないのかも」
「えっ?」
目を見開いたサトラ先輩が、パラパラと冊子を繰る。
「あ、こっちは"原典未発見"って書いてあるとこがある……」
サトラ先輩が、頭を抱えて呻いた。
「親切で古語訳付けるようなこと言って、どっちも読ませる気満々だったじゃん……っ」
「ええと」
「良いよわかった。片方しかないのは、ふたりで一緒に読もう。どっちもあるのは、古代魔法語をリャニャちゃん、古語を僕で。専門用語なら僕の方が詳しいかもしれないから、もし古代魔法語の専門用語で詰まったら言って」
諦めの滲んだ顔で言うサトラ先輩。よほど、古代魔法語が苦手らしい。
「わかりました」
「うん。じゃあとりあえず、頭から読んでみよっか。んーと」
パラパラと頭から軽く見て、サトラ先輩は頷く。
「アガード先輩が第一部って分けてるとこまで読めたら、すり合わせしよう。あ、もちろん、そこまででなんか行き詰まったら相談してね。論文だから、知識がないとわからないとこあるかも」
「はい。ありがとうございます」
「古代魔法語で役立たない分、それくらいはね。じゃあ、始めよっか」
お互い、無言で書面に目を落とし、カリカリと訳した内容を書き留めて行く。パッと見では完璧に書き写されていると思えた写本は、ところどころ、虫喰いや汚れ、掠れで判読不能と書かれて欠落していた。
なるほど、論文があるのになぜ意味が伝わっていないのか不思議だったが、こう言うことだったようだ。
少し迷って、ペンの色を変えて、リャニャの予測を書き込む。この流れなら、この内容が入るはず、と。
何度か辞書を引きながらも、なんとか第一部の内容は訳すことができた。意味もおおむね、理解できたと思う。
ふと、喉の渇きを覚え、せっかく淹れたお茶を忘れていたことに気付いて、保温ポットを手に取る。
お茶をマグカップに注ぎ、飲んで一息吐いたところで、サトラ先輩が顔を上げた。
「よし、たぶん、これで、良いはず。って、リャニャちゃんもう終わってた?ごめん、待たせて」
「いえ、わたしも、ついさっき終わったところです」
答えて、リャニャはサトラ先輩にもお茶を注ぐ。ありがとうと受け取ったサトラ先輩は、お茶を飲んで目を丸くした。
「あれ、酸味はないんじゃなかったっけ」
「それは、アガード先輩用の方ですね」
酸味のある飲み物を好まないアガード先輩に対して、サトラ先輩は酸味のあるお茶も好んで飲む。だから勉強のお供には、酸味と清涼感のあるすっきりとした味のハーブティを用意した。
「僕、ミントティが好きだって言ったことあったっけ」
「言われたことはないですけど、居間の窓際のミント、サトラ先輩が育てているものですよね?」
「あーうん、そう。水とか植物系の魔法の練習用に」
「ちぎってお茶にしているところを何回か見たので」
なんならそのままかじっているところも見た。お茶はともかく、そのままかじるのはよほど好きか、よほど眠気を飛ばしたかったかだろう。少なくとも、嫌いならやらないとリャニャは思う。
「あはは、見つかってたんだ、はずかし」
照れたように笑って、サトラ先輩は頭を掻いた。
「うん。好きなんだよね、ミント。だから好きな植物を育ててみましょうって言われて、真っ先に思い浮かんだの。で、授業が終わったら捨てちゃう奴も多いんだけど、そのまま育てて使ってる」
リャニャちゃんはすごいなあと言われて、首を傾げた。
「ちゃんと、ひとを見て、そのひとに合うものを作れるんだ。きっと、良い魔女になれるよ、リャニャちゃんは。頑張って」
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