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「師匠、全部食べたあ!!」
嘆くサトラ先輩の声を聞きながら、フライパンにバターを溶かす。
バターのとろけたフライパンへ、卵液をたっぷり浸したパンを乗せれば、ジュー、と小気味良い音が響いた。
昨夜作ったサンドウィッチは、クラシュ師匠がすべて食べたらしく、台所に残っていたのは綺麗に洗って拭かれたお皿だけだった。リャニャから見ると結構な量を作ったのだが、よほど空腹だったのか、気に入ってくれたのか。
「また、良い赤身が買えたら作りますね」
どちらにせよ、美味しく食べて貰えたようだし、サトラ先輩も気に入ったらしい。長く煮込む料理などに比べれば、手間のかかる料理でもないので、軽い気持ちで答える。
「えっ!でも、大変じゃない?」
「寝かせる必要があるだけで、実はそんなに大変ではないですよ」
素材の味が出るから、良い素材がないと美味しくできないので、いつでも作れるとは言えないけれど、朝仕込んで寝かせておけば良いので、作ること自体は大変ではない。
チーズやブイヨンのように、見守って面倒を見なければいけない料理の方が、ずっと大変だ。
学院は、近くにチーズやバターを売っているお店があって、とてもありがたい。ブイヨンやケチャップまで売っているのを見付けたときは、なんて便利なのだろうと思った。全部、リャニャの故郷の町では、自分で作らなければ手に入らないものだった。
「そうなんだ。じゃあ、また、作れるときがあったら、お願い」
「はい。喜んで」
頷いて、リャニャはサトラ先輩の前にお皿を置く。
今日の朝ごはんは、サラダとパンペルデュに焼いたベーコン、それからオニオンスープと牛乳だ。
いつも行くお肉屋さんの隣はパン屋さんで、パンを自分で作るリャニャは買ったことがなかったが、鹿肉を買ったときに、店番の若者に声を掛けられ、売れ残りだから貰ってくれと、古くなったパンを渡されたのだ。固くなってしまったパンは、そのまま食べるには向かないけれど、パンペルデュにすれば美味しい。
「今日はこれで、我慢して貰えますか?」
「我慢なんてとんっでもない!これもすっごく美味しそうだよ!ありがとう!!」
「朝から元気ですね、サトラ」
眠たげな顔でやって来たアガード先輩が、サトラ先輩に言う。
「アガード先輩、おはようございます」
「おはようございます。そう言う先輩は、眠そうですね」
「おはようございます。昨日少し、夜更かししてしまって。リャニャさんは、大丈夫ですか?」
目をこするアガード先輩の前にもお皿を置きながら、リャニャは答える。
「大丈夫です」
「若さですね」
若さと言うよりモフのお陰だろうけれど、それを答えるわけにも行かないので、リャニャは曖昧に笑って誤魔化す。
「先輩だってまだまだ若いでしょうに、そんな年寄りみたいな」
「最近比較的規則正しく生きていたので、久し振りの夜更かしが堪えました」
ふう、とため息を吐くアガード先輩は、普段のきちっとした印象が薄れ、どこか退廃的な雰囲気を感じさせる。
「そのまま出歩かないで下さいねー、また、失神者が出かねないんで」
「失神者?」
自分の分のパンとベーコンを焼きながら、リャニャは首を傾げる。
「ほら、アガード先輩って、この顔でしょ?普段でも見惚れるひとは結構いるんだけど、いつもはかっちりしてるから、なんて言うか、観賞用なんだよね」
「観賞用」
「そう。美術品でも見る感じ。でも、こうやって寝不足とかで気が緩んでると、現実味が出ちゃうから駄目なの。老若男女構わず色気で殺しちゃう」
「いろけ……」
自分の朝食を運びつつ、リャニャはアガード先輩をながめる。
「あはは、よくわからないって顔してる」
そんなリャニャを笑い飛ばして、サトラ先輩はパンペルデュをかじった。
「んん!美味しい!!リャニャちゃんは、普段のアガード先輩も、べつに観賞用にしてないもんね。そんなもんだと思うし、それで良いんだよ」
僕らにとっては、ただの優しい兄弟子だもんねーと、サトラ先輩は肩をすくめる。
「……なんですかそれ、喧嘩を買う気が失せるじゃないですか」
「売ってないですもん。一般的な評価を言っただけですよ」
「ええと」
アガード先輩は、と言うか、この研究室の三人は、軒並み美しい容姿をしている。黒曜石のようなクラシュ師匠と、それを飾る金銀の細工のような先輩方。
魔法師としての実力もさるとこながら、年頃の見習い魔女たちが騒ぐのは、どちらかと言うとその、秀でた容姿に起因するのかもしれない。
男性優位な魔法師科や魔術師科に対し、魔女科は九割以上が女性だ。稀にいる男性も、容姿よりも内面を褒められるような、穏やかな見た目のひとが多い。
男性に飢えた魔女科の生徒たちが、見目麗しく才能もある男性に、心惹かれるのは当然なのかもしれないが。
優秀な魔女になると言う目標に懸命なリャニャとしては、そんなことにうつつを抜かしている場合ではないし、リャニャにとって価値があるのは、見た目よりもその知識の豊富さである。
サトラ先輩の言う通り、アガード先輩もサトラ先輩も、リャニャから見れば優しく優秀な先輩たちだ。リャニャには、もったいないくらいの。
「綺麗なお顔だなとは、常々……」
「くはっ。取って付けたように褒めなくても、アガード先輩は顔を売りにしていないから大丈夫だよ。むしろ、煩わしく思っているくらいじゃないかな」
サトラ先輩が肩をすくめて言う。
「僕も女性教授の授業で良い評価出たときとかに言われることあるけど、アガード先輩は男女問わず、顔で評価を取ったとか言われるもん」
「それは」
リャニャの眉が不快に寄る。
「先輩方の能力を、過小評価し過ぎでは?そもそも、魔法師の能力に顔は、」
いや。好みの見た目の相手には、精霊も妖精も甘くなる。甘くなるが、かれらの基準は人間基準の美醜ではない。
「うんうん、大丈夫だよ。僕はともかく、アガード先輩については、そんなこと言ってたら相手の実力も推し量れない馬鹿だって、喧伝してることになるだけだからね。僕はこの容姿も才能のひとつって、開き直ってるから、痛くも痒くもないしさ」
まあね僕美男子だからねって、流すだけーと笑うサトラ先輩に、強い、と思う。
「リャニャちゃんは大丈夫?」
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