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※引き続き痛いです
{りにー、りにー}
どうにか校舎を出たところで気力が切れ、土くれの露出した地面に倒れ込みかけたリャニャを、顔馴染みのモフが受け止める。伸縮自在のモフは、今はリャニャが両手を広げたくらいの直径のみかん型をしている。色は生成だ。モソモソとリャニャを持ち上げて、人目に付かない茂みの向こうの木陰まで運んでくれた。
{りにー……}
「そうね……大、丈夫……では……ない……かな」
意識を手放す寸前のリャニャが切れ切れに答えれば、モフがプルプルと震え出す。
{もるすぁ!}
震えたモフがなにやら雄叫びを上げると、頭上でボフンと風圧が起きて、ワサワサと、なんだか若干キラキラした小モフが大量に降って来る。
{もるすあー}{すあー}{あー}
小モフのキラキラに取り巻かれると、冷や汗も震えも治まり、明滅して途切れかけていた意識も安定して来た。
右脚に触れて、触覚が戻って来ていることを確かめる。実験着のズボンは、血と体液を吸ってニチャリとしていた。
{もるすあー}
顔をしかめたリャニャの手とズボンに、遅れて降って来た小モフが触れる。とたんに不快なネチャつきは消え、サラリと乾いた布が脚に触れた。
{りにー?}
「うん。もう大丈夫。いつもありがとう」
正直に言って、調薬の実習でリャニャが受けている仕打ちは、常軌を逸している。今日だけで、沸騰した薬液を脚にかけられただけでなく、熱した火箸や火掻き棒を押し付けられたり、薬液の飛沫を顔や身体に飛ばされたり。いままで何度、失明や重度の障害が残りかねない怪我を負わされたかわからない。今日だって、右脚の火傷はおそらくⅢ度で、化学熱傷まで併発していた。まして応急処置もなく長時間放置されたのだ。片脚を失ってもおかしくなかった。否、なんなら命すら落としていたかもしれなかった。
リャニャがなんの障害も抱えずに生きているのは、ひとえに馴染みのモフがこうして治療してくれているからにほかならない。毎週リャニャが無傷で姿を見せるせいで、暴力がエスカレートして行っている部分もあるだろうが、重要なのは一時的な痛みより無傷の身体。モフさまさまだ。
リャニャはお礼としてモフに自分の魔力を分け与える。これももはや習慣だ。モフはものを食べない代わりに、魔力を吸収して栄養にしているらしい。目も鼻も口も手足も見当たらないモフだが、おそらく精霊か妖精か妖怪か、まあその辺りのなにかなのだろう。
モフの上で起き上がり、モフを椅子代わりに昼食を摂ることにする。
「食べる?」
なんとなくいつも訊いてみるが、モフが食べようとしたことはない。それでも訊くのは、訊かれるとモフがどことなく嬉しそうだからだ。
「それにしても、毎週毎週繰り返し、よく厭きないよねぇ」
怒りや嫉妬は持続させるのにエネルギーがいる。時間が解決するなんて言葉もあるように、冷却期間があれば鎮火するなり弱火になるなりするのが一般的なのだ。それを、調薬実習の面々は、ご丁寧に毎週強火でリャニャに怒りと嫉妬をぶつけて来る。
「わたしじゃなくて、本人にぶつければ良いのにさ」
ぼやいて、リャニャはすべての元凶であるあの鬼のような男の顔を思い浮かべた。
あの日。リャニャの人生が一変したあの日。
いくら思い返しても、リャニャの何が悪かったのかわからない。
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