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魔法式のかけらを組み立てては、採否を判断し、それぞれ分けて書き出す。部分ごとに書き出したら、採用したかけらのなかから選んで、ひとつ大きな部品に組み上げて、それも同じように書き出して行く。その繰り返しで、だんだん大きな魔法式へと組み立てて行く。
まるで、対話しているみたいな気分だ。
いや、実際、対話しているようなものかもしれない。
だって、魔法式が誰かへの言葉なら、あるいは依頼書なら、それとも誰かとの旅路なら。リャニャがいましていることは、誰かに向けるその言葉を、必死に選んでいると言うだけのことなのだから。
そう、それこそ、母語の異なる想いびとへの、手紙をしたためるように。
もう、周りにはなにもない。色も音も消えた世界に、ただ、未完成の魔法式とリャニャだけがあって、リャニャはひたすら、紙にペンを走らせている。
もっと、洗練させられるはず。もっと、出来るはず。もっと、相応しい言葉があるはず。あのひとのために。もっと、もっと、もっと。
悔しい。言葉が足りない。ぜんぜん足りない。もっと、言いたいことがあるのに。伝えたいことがあるのに。自分の持つ語彙の、なんて少なく矮小なことか!こんなことでは、あのひとにぜんぜん届かない。伝わらない。
紙を真っ黒に染めそうなほどの、言葉の羅列。それでも、リャニャが欲しい言葉には、創りたいものには、ちっとも足りなかった。
それでも、語彙が足りないならば足りないなりに、リャニャは必死に魔法式を組み立てる。
違う言葉を操るひとに、どうにかして、自分の想いを伝えるために。
「……でき、た」
いや、できていない。
ぜんぜん足りていない。
でも、いまのリャニャに紡げるのは、これが精一杯だ。
悔しい。悔しい、悔しい、悔しい。情けない。リャニャが綴りたいものは、こんなものではないのに。
リャニャの目から悔し涙が滴る寸前に、そっと大きな手が、リャニャの額に触れた。
「お疲れさまでした」
「あ、がーど、せんぱい」
不意に、世界が色と音を取り戻す。
「集中していたので、声を掛けないでいたのですが」
ぽろりとこぼれた涙を、ハンカチでそっと押さえて、アガード先輩はリャニャの瞳を覗き込む。
ともすれば冷たく見える群青の瞳はけれど、母を慕う、優しい幼子のように、温かくリャニャを見つめていた。
「もうずいぶん遅いですよ。今日はそこまでにして、休みましょう?」
ふふ、と笑って、魔法でハンカチを濡らしたアガード先輩が、濡れたハンカチでリャニャの頬を拭う。
「こんなところにまでインクを付けて。ほら、手もこんなに汚していますよ」
アガード先輩の手で、そっと持ち上げられたリャニャの両手は、確かにインクでところどころ汚れていた。リャニャの汚れた手を、アガード先輩が濡れたハンカチで丁寧に拭く。
「あの、自分で、」
拭いても良いし、なんなら手を洗っても良い。どちらにせよ、こんな風に、子供のように世話をされる必要はない。
だからと断ろうとするも、アガード先輩は笑顔で流してリャニャの手を拭き上げる。
「あり、がとうございます」
「いえ?」
ハンカチを置き、今度はリャニャにカップを持たせるアガード先輩。飲まれないまま忘れられていたカモミールティなのに、淹れたてのように温かい。
「それを飲んで、今日はもう寝て下さい。温め直したので、香りは飛んでしまいましたが」
「水魔法で、ですか?」
カップに残るのは、水の妖精の気配だけだ。
「ええ。お茶を温めるくらいなら、できますから」
そうなのかと感心し、リャニャは呟く。
「お茶が温められるなら、ほかの、水分を持つものも温められそうですね」
目を見開いてしばしリャニャを見つめたあとで、アガード先輩は頷く。
「そう、ですね。言われて見れば、確かに……」
そのまま考え込み始めたアガード先輩の横で、リャニャは指示通りお茶を飲む。
目に入った時計は、日付が変わって一時間ほど経ったことを示していた。リャニャは三時間以上、没頭していたようだ。
お茶を飲み干して、カップを片付けてから、リャニャはアガード先輩の肩を叩く。
「アガード先輩、もう遅いので、続きは明日にしましょう」
さきほどとは、逆の構図だ。
「はっ、あ、そうですね。ありがとうございます」
はっとしたアガード先輩が、走り書きでメモだけ書いて、立ち上がる。
「ああ、カップを片付けて下さったのですね、ありがとうございます」
「いえ。お茶、美味しかったです。ありがとうございます」
「どういたしまして」
荷物をまとめて、ふたりで談話室を出ると、ちょうど居間から出て来たクラシュ師匠とかちあった。
目を見開いたクラシュ師匠が、訝しげに眉を寄せる。
「こんな夜中に、どうした」
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