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大浴場に行くか、シャワー室を使うかだった中級課程までの寮と違い、いまの部屋には小さいけれど、専用のお風呂が付いている。
お風呂でしっかり温まり、きっかり一時間で談話室に顔を出したリャニャを、アガード先輩は部屋を温めて、温かい飲み物まで用意した状態で迎えてくれた。
服装が変わっているし、髪もしっとりしているから、お風呂なりシャワーなり済ませたのだろうけれど、早い。
「お、お待たせしました」
「いえ、時間ぴったりですよ」
微笑んで、ソファの隣を叩くアガード先輩に促されるまま、ふたり掛けのソファに並んで座る。
「寝る前なのでカモミールにしましたが、大丈夫ですか?」
「カモミールティ、好きです。ありがとうございます」
「室温、寒くないですか?身体を冷やさないようにして下さいね」
アガード先輩はリャニャを案じるが、リャニャはお風呂上がりでほかほかだし、髪もしっかり乾かして来た。濡れた髪のアガード先輩の方が、身体を冷やしてしまうのではないだろうか。
「先輩、良ければ、髪を乾かしましょうか?」
「はい?ああ、ちゃんと拭いたつもりなのですが、気になりますか?」
「まだ、湿っているので、寒いのではないかと思って」
自分の髪を一房つまんで、見下ろしたあとで、アガード先輩は頷いた。
「お言葉に甘えます。お願いできますか?」
「はい」
リャニャは頷いて立ち上がると、アガード先輩の後ろへ回った。
「髪、触りますね」
「どうぞ」
湿った髪を、手櫛で束ねて持つ。よく頭をなでられるので、逆は何度もあったが、リャニャがアガード先輩の髪に触れるのは、思えば初めてのことだ。
見た目の印象そのままに、冬の冷気が形を得たかのような、なめらかな手触りだった。濡れてひんやりしているせいで、氷の彫像に触れているような気もする。美貌自慢の精霊だって羨みそうな、美しい銀髪。
少し迷って、水の小妖精に頼むことにする。
しっかり綺麗に乾くように。けれど、必要な水分まで奪わないように。
さらりと乾いた銀髪に、手櫛を通してから手放す。
「乾きました」
「ありがとうございます。水魔法、ですか?」
「はい」
ソファに戻りながら、頷く。
アガード先輩は自分の髪を持ち上げて、興味深そうに眺めている。
「いつもより、毛艶が良い気がします」
「いつも通り綺麗ですが、表面が整ったので、艶が増したかもしれませんね」
「てっきり」
アガード先輩の視線が、髪からリャニャへ移る。
「火と風の複合魔法、温風で乾かすのかと、思っていました。さっきの水魔法、脱水とは違う魔法式でしたよね?」
温風も脱水も、ついでに言うなら風単独の風乾も、魔女がよく使う魔法として、魔法式が確立されている。どれも、調薬に役立つ魔法だからだ。リャニャも当然、習っている。
「はい」
そもそもリャニャは自分の頭を乾かすときならば、そんなに厳密にどの属性を使うかを考えたりしない。髪を乾かして欲しい旨を伝えれば、近くにいる精霊や妖精が、良いように乾かしてくれるからだ。
そんなリャニャが、わざわざ水と指定して魔法を使ったのは、もちろん自分以外を対象とするため、適当なことはできないと言う理由もあるが。
「アガード先輩、あまり、火の魔法が好きじゃない、ですよね?」
「バルツザット教授の発言を、気にしているんですか?」
「いえ、それだけではなくて」
四ヶ月足らずとは言え、そのあいだの結構な割合を、共に過ごしたのだ。
「見ていて、なんとなく、そうかな、と」
我ながらふわふわした発言だが、アガード先輩は言いたいことを酌み取ってくれたらしい。
「……リャニャさんと同じで、意識してやっていることでは、ないのですけれどね」
自分の手を見下ろし、ぐ、ぱ、と何度か握ってみたあとで、アガード先輩は息を吐く。
「おっしゃる通り、火魔法は避けがちです。光魔法もですね。べつに、村は焼かれていないのですが」
それで、温風ではなく水魔法を?
囁くように問われて、頷きを返す。
「風乾でも、良くはあったのですが、ただの風を当てて乾かすのは冷えて寒いので」
「脱水の魔法式を使わなかったのは?」
「脱水は水分を奪い過ぎるので、髪を痛めます」
「なるほど」
アガード先輩が微笑んで、リャニャの頬をなでる。
「リャニャさんは、良い魔女になれそうですね」
嬉しい言葉だが、突然言われた意味がわからず、リャニャは目をまたたく。言葉の意味を説明することはなく、アガード先輩はさて、と表情を切り替えた。
「私のせいで時間を取らせてすみませんでした。リャニャさん、今日の成果を、私にも見せて貰えますか?」
「は、はい」
こくこくと頷いて、リャニャは今日ユイ先生から譲り受けた、三枚の紙を差し出す。
それぞれの紙を拡げて、ざっと見渡して、アガード先輩は感心したように頷いた。
「さすが、バルツザット教授の弟子の方々だけあって、切り口が多角的で多彩ですね。リャニャさんは、ここから魔法式に使う文言の抽出を?」
「そう、ですね。足したり、引いたりして」
「良いですね。着実に、成長しています」
クラシュ師匠が鞭だとしたら、アガード先輩は飴で、リャニャをよく褒める。
「私から、いま助言するとしたら、そうですね、分解して理解することももちろん大事ですが、最終的には大きな一連の魔法式になります。各部が空中分解しないよう、全体を俯瞰する視点も、忘れないように。部品がそれぞれ完璧でも、調和が取れていなければ、完成品は歪になってしまいます」
「はい」
「ですから、現時点ではそれぞれの部品候補を作るつもりで、何種類か考えておくと良いかもしれませんね。組み立て段階で、より良い部品を選べるように」
優しい笑みで、アガード先輩はリャニャを見下ろす。
「魔法式は、目的に辿り着くための道です。最終的に目的を達成できるならば、どんな道でも大丈夫。正解はひとつではありません」
もちろん、効率を考えるなら最短距離が良いでしょうが。
「私たちの道行には、同行者がいますから。仲良く道を進めるようにすることだって、大切なことですよ」
「はい。ありがとうございます」
ユイ先生の教えと、言葉は違うが、本質は同じ。こころある相手に向けてのものであることを、忘れてはいけないと言うことだ。
アミラ先輩たちが協力してくれて、でき上がった紙を見つめる。
「なにか、掴めそうですか?」
「はい」
「そう。良かった。隣で作業していますから、なにか訊きたいことがあれば、遠慮なく声を掛けて下さいね」
「ありがとうございます」
頷いて、目の前の紙に集中した。魔法試行用の部屋ではないので、試すことはできない。だから、あとで試行して比べられるように、いまは選択肢を増やす時間だ。
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