表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/88

36

「てか先輩!先輩の論文があるなら、その論文読んだらわかりやすいんじゃないですか?学説、まとめたんですよね!?」

 サトラ先輩の要求を、アガード先輩がひらりとかわす。

「いえ、私が書いた論文はどちらも、バラバラの文献を一連がものである、と提唱する内容なので、学説の理解にはあまり役に立たないと思いますよ。だからこそあまり、注目されなかったんです」

「わ、ざとじゃないですかそれえ!」

 サトラ先輩の指摘を笑顔で流し、アガード先輩はリャニャに目を向ける。

「片付けは私とサトラでやりますから、リャニャさんは師匠の夜食をお願い出来ますか?」

「わかりました」

 アガード先輩だけでなく、クラシュ師匠まで、頼んで作って貰っていると言う立場を取って、片付けはやると言ってくれる。リャニャが言い出して作っている食事なのにと、最初は固辞しようとしていたが、押し切られていまではすっかり常態化してしまった。

 やってみたら、意外と良い気分転換になったらしく、クラシュ師匠なんてたまに、鼻歌混じりで洗い物をしていて、サトラ先輩をぎょっとさせている。リャニャも初めて聞いたときは驚いた。頑張って、顔には出さないようにしたけれど。

 アガード先輩は、家事を魔法で楽にできないかと言う方向に興味がわいたらしく、ときおりクラシュ師匠と並んで洗い物をしつつ、議論を交わしている。

 サトラ先輩は普通に手際良く片付けるだけなので、そんな議論を見かけたときは、魔法馬鹿だと言いたげな、げんなりした顔をしていた。

 サンドウィッチ用にバケットを切り出しながら、リャニャはそんなことを考える。

「リャニャちゃんってさ」

「ふぁい?」

 意識がよそに行っていたところへ話し掛けられて、間抜けな声が出てしまった。間抜けな返事には触れずに、サトラ先輩が言う。

「息をするように魔法を使うよね」

「え?」

 そうだろうかと首を傾げれば、無言で手元を指差される。リャニャの手元にあるのは、綺麗にスライスされたバケットだ。火の小妖精に切ってもらったので、ほんのりローストされている。

「……あ」

 パンくずが落ちるのがもったいないので、パンを切るときは火の小妖精に頼むことが多い。完全に無意識の行動だ。

「ええと」

 夕食に出した鹿肉のローストは、水の小妖精に切って貰った。リャニャが切るより綺麗に薄切りにしてくれるし、瑞々しい断面になるからだ。

「そう、です、かね?」

 小妖精はいつだって近くにいて、小さな手伝いと引換に、魔力をおくれと待ち構えている。だからリャニャは気負うことなく、気軽に手伝いを頼むのだが。

「水遣りとか、髪を乾かすとか、毎日同じようにやることを、魔法で済ませる魔法師は結構いるけどさ、料理って、作るものによってやることがちょっとずつ違うでしょ?それぞれに合わせて魔法式を考えなきゃいけないから、料理で魔法を使うひとって、少ないと思うよ」

「まあ、そうですね。私も未だに、食器洗い魔法の最適解を見付けられていません」

「洗うとか冷やすとか、火を付けるとか焦げ目を付けるとか、簡単なことなら頼むかもしれないけど、リャニャちゃんって、切るのも刻むのも混ぜるのも潰すのも、魔法使ってるでしょ?」

 使っている。リャニャが自分でやるより、早くて正確だからだ。

「即興で魔法式を組み立てるのが巧いんだなって、ずっと思ってた」

「そんなに、難しいことは、やっていないと、思うのです、けど」

 なにせほぼ無意識にやっている。そもそも相手が小妖精なので、難しいことはできない。

「たぶん、いや、確実にね」

 困ったような笑みで、サトラ先輩はリャニャを見た。

「料理中のリャニャちゃんを、バルツザット教授が目撃したら、大興奮で質問責めされると思うよ。ここでやる分には問題ないけど、外では気を付けてね」

 そんなにリャニャは、変わったことをやっているのだろうか。

「えと……」

 少なくとも、調薬の実習では気を付けている。リャニャを目の敵にしているオルレイが、リャニャが少しでも魔法を使ったことに気付くと、姦しく怒鳴り付けて来るからだ。

「気を付けます。ありがとうございます」

「うん。わずらわしいことを言ってごめんね。悪いことでは全然ないから、僕らだけのときは、いままで通り気にせずやって良いからね」

「外でも、ある程度は大丈夫ですよ」

 サトラ先輩を補足するように、アガード先輩が言葉を継ぐ。

「リャニャさんが魔法式の構成に長けていることは、中級課程の時点ですでに知られていますし、その上クラシュ・サガンに、直弟子として指導を受けていますから、ちょっとぶっ飛んだことをやったくらいでは、驚かれません」

 そんなに、リャニャは、変わったことをやっているのだろうか。

 鹿肉の塊を前にして、躊躇ってしまう。いつも通り切って良いものかと。でも、ローストビーフと同じで、鹿肉のローストもしっかり薄切りが美味しいのだ。

 開き直って、水の小妖精に鹿肉を切って貰い、夕食でかけたのと同じソースに絡める。風の小妖精にカラシとマヨネーズを混ぜて貰って、ついでにバケットに塗って貰って。光の小妖精に浄化して貰ったレタスをちぎって叩いて、薄切りの鹿肉と一緒にバケットで挟む。お肉もレタスも、たっぷりが美味しい。

 端の方の、小さな切片で作ったサンドウィッチを、さらに二等分にして、洗い物を終えた先輩たちに差し出す。本当は、リャニャ自身が味見すべきだが、もうお腹がいっぱいで、味がわからなそうだ。

「あの、味見、してみて貰えますか?」

「えっ、良いの!?やったー!いただきまーす!」

 ぱっと目を輝かせたサトラ先輩が、さっそく受け取ってかじる。

「んんー!カラシが絶妙に利いてて美味しい!!」

 あっと言う間に平らげて、完璧だよ!と親指を立ててくれた。遅れて受け取ったアガード先輩も、美味しいですと言ってくれる。

 安堵して、そのままロースト鹿肉のサンドウィッチを仕上げてしまう。

「一種類だけで、大丈夫ですかね?」

「夜食だから、大丈夫だと思いますよ」

 アガード先輩は言ってくれたが、そっとプチトマトとオレンジも添えておくことにする。

「リャニャちゃん謹製の夜食ですよって、手紙書いとこう。残った分は僕が朝食べるので、遠慮なく残しておいて下さいね、っと」

 乾かないように蓋をして、帰って来たら気付くよう、食卓の真ん中に置いておく。

「では、おやすみなさい」

「うん。おやすみリャニャちゃん」

「おやすみなさい」

 就寝の挨拶をしたものの、まだ、眠るには早い。

 記憶が薄れる前に今日の成果を見返そうと、自分の部屋へ行きかけたときだった。

「これから復習をするつもりですか?」

 アガード先輩に、声をかけられる。

「はい。その、少しだけ」

「よければ、一緒に考えましょうか?と言っても、私は私で調べ物をしつつ、リャニャさんに疑問が出たときに答える、と言うような形になりますが」

 それは、リャニャが邪魔にならないだろうか。

「ひとりでやっていると、没頭して眠り忘れてしまうので、リャニャさんと一緒なら、リャニャさんが寝る時で、手を止められるかと」

「えと、じゃあ、お願いします」

「ありがとうございます。では、一時間後に談話室で」

 一時間後?と首を傾げるリャニャに、アガード先輩が弁明を口にする。

「すぐ眠れる状態になっておかないと、結局リャニャさんと別れたあとに、寝ないで再開しそうなので」

 なるほど。

「わかりました」

 頷いて、リャニャも先にお風呂を済ませることにする。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ