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「まあ、そうなるだろうなとは思っていました。予測の範囲内です」
アガード先輩の言葉に、サトラ先輩がすかさず反論する。
「予測してたなら、事前に言っといて下さいよ」
「対策はしてあげたでしょう。下手に助言して不自然になるより、良いと思ったんですよ」
助かったでしょうと問われて、サトラ先輩がぐぬぬと唸る。
「助かり、ましたけどお……」
「文献、用意しましたから、明日みっちり勉強して下さいね」
「ワア、タースカルー」
棒読みで答えたあとで、サトラ先輩が訊ねる。
「それにしても、よくこんな、出題内容知ってて作ったカンペみたいなの、事前に作れましたよね」
「ああ、それは」
アガード先輩が首を傾げて苦笑した。
「私も通った轍なので」
「……なるほど」
「まあ、私は師匠とひたすら問答をして、魔法師の閾値を徹底的に教え込まれましたが、リャニャさんは魔女志望ですから、そこまでする必要はないだろうとの判断で、適宜必要に応じて教える形になります。常識の枷をはめて、自由な発想の妨げになるのも嫌ですからね」
今回の文献も最低限ですよと、アガード先輩が肩をすくめる。
「サトラがもっと深く学びたいと言うことでしたら、追加で参考文献を用意しますが」
「うっ、い、一旦、いま用意してある分で学んでから考えますう」
「一部は古代魔法語の文献なので、古代魔法語の復習も兼ねて、頑張って下さい」
にこにこと告げられた言葉に、サトラ先輩が、うげっと顔をしかめる。
「古語ならまだわかるのに、古代魔法語って。現代訳した資料はないんですか?」
「あるにはありますが、訳者の独自解釈がひどいので薦めません。原文のままの方が、情報が正確ですよ。現代訳ではなく、古語に訳したものなら、まだマシな訳本もありますが。出しておきましょうか?」
「お願いしますう。僕、古代魔法語はほんと駄目。ごめんねリャニャちゃん、あんまり力になれないかも」
しょんぼりと眉を下げるサトラ先輩に、リャニャが掛ける言葉を迷った隙を突いて、アガード先輩が告げる。
「リャニャさんは、古代魔法語で首席を取った方ですよ」
「え?」
「それも、見習い卒業課程の方で」
「ええっ!?」
「しかも、見習い初級課程のときに、担当した教授が、この子に教えることはないからと、授業を飛ばして見習い卒業課程の修了試験だけ受けさせて、その年の首席です。むしろ、古代魔法語に関しては、サトラが教えを受ける側でしょうね」
ぽかんとアガード先輩を見ていたサトラ先輩の顔が、リャニャを向く。
「ぇ、ほんとうに?」
「あの、その、ええと、はい。近所に、詳しいひとがいて、習ったので?あでも、古語は、苦手、です、わたし」
「その古語も、見習い中級課程の授業を上位成績で修了しているようですが」
良くご存知で。
「まあ、調薬系の授業に比べれば確かに少し低い成績ですから、苦手なのは事実なんでしょうね」
「ぐぅ」
サトラ先輩が、唸ってくしゃりと目を閉じた。
「僕の妹弟子が優秀過ぎる」
「負けないように頑張って下さい、先輩。古語の文献もありますからね」
「いやほんと古い知識なんですね。師匠の知識範囲が怖い。でも、そんな古い文献って、新しい研究で否定されてたりしないんですか?」
「古かろうと、新しかろうと」
アガード先輩が目を細めて語るさまは、どこか荘厳な雰囲気を感じた。
「不変の理はありますからね。古く埃をかぶった文献だからと言って、内容が誤りとも、有用性がないとも限りません。まだ、価値に気付かれていないだけと言う可能性は、十二分にあります」
ふふ、と笑って、アガード先輩は続ける。
「今回の、古代魔法語の文献に関しては、戦乱で散逸していて、長いこと、一連の文献だと気付かれていなかったんですよ。かけらでは意味が通らないので評価されず、最近やっと再評価され始めているところです」
「あ!」
ぴょこん!と椅子の上でお尻を跳ねさせて、サトラ先輩がまんまるの目をアガード先輩に向ける。
「シャルル・ド・ギスタリアってなんか聞いたことあると思ったら、アガード先輩の卒業論文じゃないですか!待って!?ウルスラ・アグナもそうだ!中級魔法師の認定考査の、提出論文!!」
魔法師の卒業判定は論文提出なのかと、リャニャは場違いに感心する。魔女の場合は試験と実技なので、不思議な感じだ。
「え、もしかして、先輩」
「師匠と問答をしていて、気付いてしまったんですよね。これ、まとめてひとつの学説なのではないかって」
「天才はこれだからあ!!」
「学院に提出しただけなので知名度は低いですが、最近じわじわ、写本申請が増えて来ているようですね。私も有名になって来たのでしょうかね」
サトラ先輩が、べしんと机を叩いて訴えた。
「有用な知識はあまねく広めて下さいよお!」
「文献が足りていないので、学説として不完全なままなんですよ。大々的に発表するなら、欠けを埋める根拠を得てからでないと」
「完璧主義者!師匠の顔が見てみたい!!」
「今度じっくり見たら良いじゃないですか」
なんだかんだ仲良しだなあと、他人事のように思いながら、リャニャは夕食を食べ終える。昼食の分ひかえめに盛ったのだが、それでも少し多かった気がする。
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