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「それで、話は変わるんだけどね、リャニャちゃん」
寮の部屋に着いて、扉をしっかり閉めてから、サトラ先輩が表情を改める。
「課題も大事なんだけど、その前に急務があります」
「はい」
リャニャも、神妙な顔になって頷く。
「その顔は、気付いているね。そう、辻褄合わせです」
「はい」
「アガード先輩が必要な資料を集めておいてくれていると思うから、明日一緒に頭に叩き込もうね」
へろ、とした顔になったサトラ先輩に、リャニャは目をまたたく。
「アガード先輩が?」
「うん。今日僕がした、リャニャちゃんの発言の補足は、全部先輩の入れ知恵だから。いやー、昨日おもむろに、この内容を頭に入れておいて下さいってカンニングペーパー渡されたときは、なにかと思ったけど、ほんっと、未来でも見えてるのかな、先輩」
驚きの事実にリャニャはぽかんとした。
「たぶん、リャニャちゃんの魔法式とか、普段の発想とかで、先回りで予測したんだとは思うけど、怖いよね、頭が良過ぎて」
「えっと、その、」
確かに怖いくらいの機転だが、つまりリャニャのやらかしを予測されていたと言うことで、申し訳ない気持ちになる。
答えに迷ったリャニャの両肩に手を置き、サトラ先輩は宣言した。
「と言うわけで、僕も知ったかぶりしただけなので、一緒に勉強しようね!」
「感心な心掛けですね、サトラ」
「うっわ出た!先読み大王!」
ぎょっとしたサトラ先輩へ、にっこりと微笑んだアガード先輩が言う。
「喧嘩なら買いますが」
「売ってませえん!!こっわいこと言わないで下さいよ、自殺願望はないです、僕」
「サトラなら勝てますよ。大丈夫大丈夫」
「良い笑顔で思ってもないこと言うー」
サトラ先輩とアガード先輩のじゃれ合いを見て、リャニャは、はっとする。
昼食を食べ過ぎたリャニャは、あまり空腹を感じていないが、いつもならばもう夕食を食べている時間だ。
「すみません、ごはん、すぐ用意します」
「え?いえ、こんなに遅くまで勉強して、疲れているでしょう?今日は師匠もいませんし、外食にしませんか?」
「下拵えまで済んでいるので、大丈夫です。あ、でも、外食が良いなら、」
「とんでもない。リャニャさんが作って下さるなら、ぜひ食べたいですよ」
「ありがとうございます。すぐできるので、あとちょっとだけ、待って下さい」
言いながら自分の部屋に向かい、上着と荷物を置いて戻る。
台所は元々備えられていたそのままらしいが、それなりに設備が充実している。冷蔵庫にしまっていた食材を取り出し、ご飯とスープを温め直す。温めを待つ間に、サラダを作ってしまう。
「机拭きましたよ。ほかになにか、手伝いは要りますか?」
ひょこ、と顔を出したアガード先輩に、ありがたく手伝いを頼む。
「ありがとうございます。スプーンとフォーク、出しておいて貰えますか?あとは、用意できたものから運んで貰えると助かります」
「もうできるのですか?」
「朝のうちに、ほとんど盛るだけにしておいたので」
ここまで、とは思っていなかったけれど、遅くなるだろうとは予測していた。ちょうど、手に入った食材もあったので、最後の一手間だけで完成するよう、仕込んで寝かせてあったのだ。
「そんなことも、できるのですね」
感心したように言われると、なんだか照れくさい。
「口に合うと、良いのですが」
「リャニャさんの作るごはんが、口に合わなかったことなんてないですよ。いつも美味しいです」
アガード先輩は褒め言葉を惜しまないので、作る側としても嬉しい。
「今日も美味しそうですね」
「ありがとうございます」
サラダにドレッシングをかけて、温まったスープをよそって。アガード先輩がそれらを運んでくれているあいだに、主菜の準備も済ませる。
「簡単なもので、申し訳ないのですが」
「いやリャニャちゃん、簡単って」
並べた料理を見下ろして、サトラ先輩が唖然とした顔をしている。
「これ、全部手作りだよね?え?ローストビーフって、一般家庭で作れるものなの?」
「あ、えっと、これ、牛肉じゃなくて、鹿肉なんです」
いつも行くお肉屋さんとは、すっかり顔馴染みになっていて、若いのに自炊なんて偉いと、おかみさんにいつも良くして貰っている。この鹿肉も、良い赤身肉が入ったからと、お勧めして貰ったものだ。
「鹿肉のロースト。ますます、手作りで並ぶのにびっくりする一品」
「赤いですけれど、ちゃんと火は通っているので、大丈夫です、よ?」
「あ、うん、ごめんごめん。心配してるわけじゃなくって。こんなのさらっと作っちゃうの、すごいなって。僕、料理とかできないから」
「料理は」
さっき話したことと重なる話題で、リャニャの顔に苦笑が浮かぶ。
「祖母と母に、しっかり教えられたので。お転婆でも良いから、料理くらいはちゃんとできるようにしなさいって」
「そっかそっか。その教えの恩恵を、いま僕らは受けているわけだ。いっただきまーす。んん!美味しい!!」
温め直したご飯の上に、薄切りした鹿肉のローストを敷き詰めて、ソースをかけただけの料理に文句も言わず、サトラ先輩は歓声を上げた。
「うっわ、お肉柔らかい。え、これ、高いお肉?」
「いえ、牛肉より安く買えましたよ」
「じゃあ料理人の腕だ。ソースも美味しいし、今日外食にしなくて良かったあ」
「ありがとうございます」
口いっぱいに頬張って、幸せそうに咀嚼して飲み込んだあとで、あ、と呟いたサトラ先輩が言う。
「これ、お肉まだ残ってる?」
「はい。足りなければおかわりできますよ」
「うわ、それも惹かれるんだけど、そうじゃなくて。師匠、ローストビーフ好きだから、これも好きだろうなって思って。ですよね、先輩」
「ええ、そうですね」
頷いて、アガード先輩がリャニャをうかがう。
「今日は師匠、仕事の付き合いで会食ですが、たぶんろくに食べないで戻ると思うので、もし可能であれば、帰ってから軽くつまめるものを、用意して頂けますか?疲れているところ、手間を増やして申し訳ありませんが」
「そう言うことなら、大丈夫ですよ。バケットがあるので、サンドウィッチにしておきます」
「うわそれ絶対美味しいやつ。僕が食べたくなっちゃう」
食べながら、さらに食べることを考えられるサトラ先輩は、さすが食べ盛り、だろうか。見た目にはどちらかと言うと食が細そうに見えるが、クラシュ師匠もアガード先輩もサトラ先輩も、なかなかの健啖家だ。リャニャとしては、作り甲斐があってありがたい。
「サトラ先輩の分も作りましょうか?」
「えっ良いの?そしたら、師匠のぶん、ちょっと多めに作っておいてくれる?それで、師匠が残してくれてたら明日の朝ごはんに食べるよ」
「残っていると思いますか?」
「十中八九残ってない!けど、それで師匠の機嫌が良くなるなら僕は我慢します!」
会話の意味がわからず、リャニャは首を傾げる。それに気付いて、サトラ先輩が説明を口にする。
「見ての通りだけど、師匠って、会食とか接待とか夜会とか、嫌いで」
確かに、見るからに嫌いそうだ。思いつつも、賢いリャニャは、ふんふんと相槌を打つに留める。
「そう言うののあとは、しばらく機嫌が悪いんだよね。でも、好物をたらふく食べたら、機嫌も持ち直すかなって」
それは、責任重大、ではないだろうか。
「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。疲れて帰って来るであろう師匠への、気遣いです。さらに機嫌を悪化させることはないでしょうから、効果がなくて元々、ちょっと効いたら嬉しいなくらいの気持ちで」
「わ、かりました」
こくこくと頷くリャニャに、ありがとうございますとアガード先輩が微笑む。
「できれば多めに。師匠、嫌なことがあると暴食するきらいがあるので」
そんな、普通のひとみたいなところが。
「ふふ。子供みたいでしょう?」
「いやいや、大人でも、やけ食いはしますって。うちの母さんとか、そうでしたもん」
くすくすと笑いながら、サトラ先輩が言う。
「すっごい勢いで台に叩き付けながらパン生地こねて、発酵待ってるあいだに今度はドーナツ生地こねて、パンとドーナツ山ほど作って、ひとりで黙々と食べてるの。怖いったら」
「それは……迫力がありそうですね」
「ほんっとそうですよ!普段はにこにこしてるのに、そんときだけ真顔で。幼心に母を怒らせてはいけないと、刻み込みましたよ!」
我が身を抱いて震えて見せるサトラ先輩。
「でも、その、怒りの込もったドーナツが、めちゃくちゃ美味しいの!怒ってる母さんは嫌だけど、怒ってる母さんの作るドーナツは好きだった!怒ってないときにも作ってくれるんですけど、不思議とあの味にならないんですよね」
「こねる気合いとか、手の温度が違うのかもしれませんね」
料理はちょっとした違いで、できが変わることが大いにあると、祖母はリャニャに教えた。だから、手順はきちんと守るように。手順を守ったからと慢心せず、味を確かめるようにと。
「なるほど!さすがリャニャちゃん、料理ができるひとの意見!」
「確かに同じ魔法式を使ったつもりでも、展開にブレがあれば同じ結果にはなりませんね」
「うっわ、先輩もさすが、魔法馬鹿の意見」
「喧嘩なら買いますよ」
「売ってませえん」
そんな風に賑やかに食事をしながら、今日のことも話す。
「まあ、そうなるだろうなとは思っていました。予測の範囲内です」
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