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「やっぱり、人数多いと集まる意見も多いね」
リャニャの手を引いて寮に向かいながら、サトラ先輩がしみじみと呟いた。
「師匠も先輩も天才だから、ひとりで五人分くらい意見を出せるとは言え、やっぱり同じ頭から出る意見だからなあ。どうしても、偏りは出るよね。あと、頭が良過ぎて、一から十にいきなり飛んじゃうときある」
案外、大事なものは、二から九のあいだにあったりするのにさ。
「そう言う、視点の違いを知るためにも、授業に出ることは大事、なんだけど」
サトラ先輩が息を吐く。
「魔法師の教授陣とか、見習いを卒業した魔法師とかだと、おおむねリャニャちゃんに好意的、と言うか、同情的な意見が多いんだけど、見習い界隈だとね」
リャニャに悪意を持つ者も多い、と言うことだろう。
「見習い魔女のくせに、魔法師の弟子になったとか、授業免除の特別待遇とか、リャニャちゃんが中級見習いとしては若いことも、やっかまれてるんだよね。あとは」
サトラ先輩の視線が、鋭くなる。
「これは、師匠や先輩には内緒ね。教授陣や魔法師のなかには、師匠や先輩を妬んでるひともいる。上級魔法師ってさ、三十代でなれたら早い方なんだよ。見習いを卒業できたひとなら、頑張れば中級まではみんな行けるけど、上級はそうじゃない。だから、一生中級のままのひともいる。それを、師匠や先輩は十代で上級魔法師、師匠に至っては二十代で特級魔法師だ」
「でも、それは、だって」
ぽっと出で突然弟子になれたリャニャとは違う。
「正式に、認められて」
「うん。だから、面と向かってとか、大っぴらにやっかみを口にするひとは少ないよ。ただ、なにか批判できる種があれば、徹底的に突いて来るし、まだ、立場の弱い僕なんかは、弱点として狙われる」
「えっ?」
サトラ先輩、が?
「ちょっとした嫌がらせとか、失敗を大袈裟に責められたり、言いふらされたりとかね。ひどいと研究室ぐるみで絡んで来るから、面倒くさいよ」
それは、まるで、リャニャも受けているような。
「だっ、いじょうぶ、なん、ですか?」
「まあ邪魔ではあるし、イラっともするけど。僕は先輩みたいに見習い期間すっ飛ばしてないから、一緒に見習い頑張って来た友達も多いんだ。そう言う奴らが守ってくれたり、一緒に愚痴言い合ったり、あと、上にしっかり報告したりしてるから」
ふはっと明るく、サトラ先輩は笑い飛ばす。
「あんまりひどいのは最近減ったよ。向こうが罰されて降格になったりとかでね。ま、そのせいで僕自身も恨まれてるけど」
笑い飛ばせる、ことじゃない。
「サトラ先輩は、すごい、ですね」
強いし、人望もあるのだ。
毎晩のように、外で夕食を食べているのは、親しい友人たちがいるから。
「いやいや、すごいのは師匠や先輩だよ。僕は世渡りがちょっと巧いだけの、凡人だから」
苦笑して首を振って、サトラ先輩は続ける。
「ま、師匠や先輩には、僕みたいな凡人が、生きる伝説に師事してるなんてずるいって、嫌がらせされてるって文句言ってるから、内緒ね」
「それは、」
「師匠や先輩の代わりに嫌がらせされてるなんて知ったら、ふたりとも気にするからさ。実際半分くらいは、僕自身への嫉妬での嫌がらせだから、それなら全部そうって言っても、誤差でしょ?」
自分が嫌がらせされているのに、このひとは周りを気遣うのか。
「でもたぶん、そう言う奴らはリャニャちゃんも標的にするからさ。もしかしたら、僕を恨んでる奴も。そう思うと、リャニャちゃんは魔法師の授業には、出ない方が良いんだろうなって」
「サトラ先輩は」
リャニャと違って、サトラ先輩に授業免除はない。
「欠かさず受けているのに?」
「はは」
笑ったサトラ先輩は、繋いでいない方の手でリャニャの頭をなでた。
「確かにまだ学生だし、研究室内ではリャニャちゃんの次に若いんだけどさー」
振り向いた笑顔は、どきりとするほど大人びて見えた。
「これでも見習いは卒業してるし、成人もしてるからね。リャニャちゃんより八つも歳上なんだよ?師匠と先輩は怖いけど、同年代の学生や、アガード先輩の足下にも及ばない魔法師に、ちょっと嫌がらせされるくらいへっちゃらだって」
でもリャニャちゃんはと、サトラ先輩がリャニャの表情をうかがう。
「まだ十四歳だし、女の子でしょ?真面目だから、叱られた経験も少ないだろうし。上級課程は基本成人済みの歳の奴ばっかだから、歳上に囲まれてるだけでも萎縮するだろうし、その上で嫌がらせとかされたら、怖いよね」
「叱られた経験は」
苦笑を浮かべてリャニャは答える。
「何度もありますよ」
「え、そうなの?」
「お転婆だったので、兄代わりをしてくれていた近所のお兄ちゃんに、毎日のように叱られていました」
歳下のリャニャの面倒を見てくれる、優しい子だったが、叱るときは厳しかった。
なるほど、いま、リャニャがクラシュ師匠の指導や、調薬の実習でのいびりに耐えられているのは、幼馴染に叱責され続けた日々の、お陰かもしれない。
「こう見えて、打たれ強いですよ、わたし」
「ええー、意外。てか、リャニャちゃんの兄代わりとか、羨ましいな、その、近所のお兄ちゃん?」
「そうですか?大変だったと思いますよ」
最大のお転婆をやらかしたときの、蒼白な顔を思い出して笑う。
「ほんとうに、お転婆だったので、わたし」
「そうなんだ」
「はい。心を入れ替えたのは、ウィルキンズ先生に出会ってからですね。ウィルキンズ先生みたいな魔女になりたいと思ったから、勉強もしっかりするようになって。それまでは、遊んでばっかりでした」
幼馴染ふたりと、毎日遊び歩いていた。街灯もない田舎だったから、日の出から日が暮れるまで遊び回って、家の手伝いをするのは、遊べない夜や嵐のあいだだけ。歳の離れた末っ子だったから、それで許されていた。
父や祖父母には甘やかされ、実の兄ふたりにはほったかされていた。代わりに、幼馴染ふたりが、兄代わりに構ってくれていたのだ。
「うっそお、全っ然そんな風に見えないよ?でも、それで、三年で上級進学かあ。すごいね。頑張ったんだね」
「そうですね。必死でした」
流行病に苦しむ母と祖母の前、無力だった自分を思い出し、リャニャは片手を握り締めた。もう、あんな思いはしたくない。
そうだ、だから、リャニャは立派な魔女にならなければいけないのだ。
どんなに木曜日が憂鬱でも。怖くても。
「だから、わたしもへっちゃらですよ。確かに、特別扱いのせいで、腫れ物に触るような?態度は、取られちゃっていますけれど、大丈夫です。それくらい」
「そっか」
それでも案じる視線で、サトラ先輩はリャニャを見る。
「リャニャちゃんが大丈夫なら良いけど、なにか、嫌がらせされたとかあったら、すぐ相談してね。理不尽なことをされているのに、耐える必要なんてないんだからね?」
「はい。ありがとうございます」
リャニャは微笑んで頷き、そして、憂鬱な木曜日のことを胸にしまい込んだ。
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