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「意見下さい。手当たり次第試すんで」
直球の要求に、ユイ先生が苦笑する。
「見事にぶん投げたな」
「思い付く文言どんどん下さい。採用不採用はリャニャちゃんで判断出来るけど、リャニャちゃんは魔法師として専門に学んでいるわけじゃないから、文言の引き出しが足りてないんだと思うんですよね。だから、知恵を貸して欲しくて」
うんうん、と頷いて、ユイ先生が机に大きな紙を拡げる。
「と、言うわけさね。可愛い後輩のために一肌脱げる奴、集まんな。集団思考と集合知だ。さっきのリャニャくんの説明で得た利益分、きっちり返さないとあとが怖いからね」
ちら、とリャニャがサトラ先輩を伺うと、肩をすくめて返された。やらかしてはいるが、許される範囲らしい。
「なにせリャニャくんの後ろにいるのは、アガードくんだからね。借りを作ると利子付きで請求されかねない」
アガード先輩、そんなひとなのだろうか。
「身内には甘いから大丈夫だよ」
リャニャが首を傾げていると、サトラ先輩がこっそり教えてくれた。リャニャが受けているのは、身内待遇らしい。
そこからは、白熱した発想のぶつけ合いが交わされた。ひとの数だけ、発想がある。大きな紙を埋め尽くす文言たちは、リャニャひとりでは絶対に思い付けなかったものだ。
精霊召喚の部分だけで二時間ほど費やし、その後、精霊への呼び掛けや、そよ風の発生についても、同じように文言を挙げつらねて行けば、外はすっかり暗くなっていた。
「潮時だな」
窓を見たユイ先生の言葉に、みなやっと、日が暮れたことに気付く。
「あ、すみません、こんな、遅くまで」
「いや?有意義な時間だったよ。アタシもここまで、とりどりの文言が出て来るとは思ってなかった。弟子たちの新しい一面をしれて、ありがたいことさね」
ユイ先生が、からっと笑って言う。
「むしろ、文言を挙げるだけ挙げて、効率化まで行かなかったが、大丈夫かい?」
「はい。その、文言を書き出した紙は」
「ああ、原本はリャニャくんにあげよう。少し待ってくれ、うちの研究室でもあとで見返せるよう、写しを作るから」
「あ、リャニャちゃん、よく見とくと良いよ」
「?」
きょとん、としたリャニャの前で、ユイ先生がまっさらな紙を拡げ、魔法式を展開する。これは、光と火の複合魔法、だろうか。まっさらだった紙が、あっという間に文字で満ちる。
「すごい」
「でしょ。バルツザット教授の生み出した魔法式でね、この魔法式の有用性が認められて、バルツザット教授は上級魔法師になったんだ。開発されて十年くらいだけど、今じゃ写本師必修の魔法だよ」
興味があるならアガード先輩が使えるから、習うと良いよとサトラ先輩は笑う。
「サトラ先輩は?」
「僕は禁止されてるから」
「禁止?」
「写本して読んだ気になったら身にならないから、手で書いて覚えなさいってね」
なるほど。
「でもリャニャちゃんになら、教えてくれると思う。写して満足せずに、ちゃんと読み込むでしょ、リャニャちゃんは、僕と違って。あと」
サトラ先輩がリャニャの耳に顔を寄せてささやく。
「光と火の複合魔法だからさ、単一化、あるいは、別属性での再現ができないかって、考えているみたい。たぶんリャニャちゃんに、意見を聞きたがると、」
「アガードくんは」
「うわ」「ぴゃ」
聞かせたくなかった相手からの声に、ふたりそろって肩を跳ねさせる。
「前世で村を焼かれでもしたのかい。なんでそう、火魔法を毛嫌いするんだ」
まあ確かに、図書館で火魔法はアタシもどうかと思うけどさと、ユイ先生は頭を掻く。
「でも、効率を考えるとこれが最良なんだ。それとも、リャニャくんはなにか思い付くかい?」
「え、あ、ええと」
光で文字を拾い、拾った文字を火で焼き付ける。確かに、効率の良い魔法だ。紙さえあれば、ほかに道具を使わず写しが作れるのだから。
「いえ、とても、効率の良い魔法だと思います」
おそらく、光だけでも可能だ。けれど、その場合は専用の紙が必要になる。あるいは、風と土、もしくは風と木の複合でも行けるだろうか。
案はいくつか浮かぶが、それを言うべき相手がユイ先生でないことは、リャニャにもわかる。
「過去の魔法が改良されて廃れるのは、世の常だからね。アガードくんがより良い魔法を生み出すなら、それはそれで構わないさね」
リャニャが言葉を飲んだことに気付いたか、気付かなかったか、ユイ先生は肩をすくめ、リャニャに畳んだ紙をくれた。
「待たせたね、ほら、持って帰って役立ててくれ。アガードくんの許しが出たらで良いから、完成した魔法式にお目に掛かれると、より嬉しいね」
リャニャがちゃんと、魔法を形にできれば、おそらくユイ先生に見せることも叶う。クラシュ師匠は、リャニャが組んだ魔法式を、公表させるつもりのようだから。
「頑張ります。今日は、ほんとうに、ありがとうございました」
渡された紙を胸に抱いて、ぺこりと頭を下げたリャニャに、頭を上げてと声を掛け、ユイ先生は言う。
「こちらこそ、アタシにとっても、弟子たちにとっても、良い刺激になったよ。また、いつでも来ると良い」
顔を上げたリャニャの頭を、両手でわしわしとなでながら、ユイ先生はカカと笑った。
「さて、アタシたちは晩飯を食べに行くが、リャニャくんたちは戻るのかい?」
「はい。晩御飯、下拵えが済んでいるので」
「僕も今日は、リャニャちゃんと一緒に帰ります」
「ああ、そうしてやんな。残念ながら、なかには性根の曲がった奴もいるからね。可愛い妹弟子は、兄弟子がちゃんと守るんだ」
「言われなくても守りますう!」
明るく答えて、サトラ先輩はリャニャに手を差し伸べる。
「さ、準備が出来たら帰ろう、リャニャちゃん。アガード先輩が待ってる」
「はい」
手早く荷物をまとめ、リャニャはいまいちど、ユイ先生とその弟子たちに向き直った。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「ありがとーございましたっ!」
リャニャに合わせてお礼を口にし、サトラ先輩はリャニャの手を取った。
「それじゃ、失礼しまーっす」
「お先に、失礼します」
「ああ。またな、リャニャくん、サトラ」
ひらひらと手を振るユイ先生に見送られて、サトラ先輩とリャニャはユイ先生の研究室をあとにした。
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