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「リャニャくん」
自然下がったリャニャの視線をすくい上げるように、ユイ先生の力強い声がリャニャを打つ。
「アガードくんから聞いているよ。リャニャくんはサガン教授から出された課題のために、アガードくんの指示で、今日アタシに教えを乞いに来ているってね。良いかい、リャニャくん、キミを弟子にすることも、キミの指導方針も、今日のことも、決めたのはサガン教授とアガードくんだ。リャニャくんじゃない。だから、リャニャくんが責任を感じることはなにもないんだよ」
強い瞳に見据えられて、リャニャの背筋が伸びる。
「リャニャくんは、見習い魔女だ。そんなこと、重々承知でそれでもサガン教授は、リャニャくんを弟子にしたんだ。付随する苦労も批判も、受けるべきはサガン教授さね。ねえ、リャニャくん、知っているかい」
なぜ、ティエジア魔法魔術学院の師弟が、弟子からでなく師からの指名で決まるのか。
問い掛けられて、リャニャは目をまたたく。
なぜ、弟子ではなく、師が選ぶのか?
そう言うものだと思っていたから、考えたこともなかった。けれどよその学派では、師ではなく弟子が志願して弟子入りが決まる学派もある。
慣例とは言え、慣例となった理由があっておかしくないのだ。
「知らなかったし、考えたこともないって顔だね」
「はい。すみません」
「いや?みんなそんなものさね。むしろ年相応な反応でほっとしたよ。それじゃ、いま考えてごらん。わかるかい?」
うながされて、考える。なぜだろうか。
ユイ先生の話題から言って、それは。
「弟子ではなく、師に、師弟となった責任の所在を、置くため、ですか?」
「その通り。ま、それだけが理由じゃないけどね。はじめに望んだのがどちらか、ってのは、意外と重要ってことさ。真面目な生徒は選んだってことに、追い詰められちまいがちだからね。ちょうどいまの、リャニャくんみたいに」
ユイ先生の手が、リャニャの頭をなでる。
「望んだのはサガン教授の方で、リャニャくんはそれに応えてやったまでだ。そのことを、リャニャくんは忘れてはいけないよ。文句が出るならリャニャくんでなく、サガン教授が受けるべきなんだ」
「まあ、師匠は鬼なんで、言える人間はいないでしょうけどね」
「だとしても、だからリャニャくんを責めるってのは、飛んだお門違いさね。リャニャくんはなにも悪くない。もし、怠けてろくに学ばないってんなら話は別だが、リャニャくんは頑張っている。でなければ、アガードくんが学ばせるために、アタシに頼むはずがない。そもそも」
目つきを尖らせて、ユイ先生は言った。
「怠け者が三年で上級課程に上がれるほど、うちの学院は甘くない」
ユイ先生は、リャニャを認めてくれたのだ。
「ありがとうございます」
「なにも、ありがたがることなんてないさ。ちょっと調べれば、中級課程までのリャニャくんの様子は知れる。努力家で、熱心で、親切な生徒だと、生徒からも教師からも褒められているじゃないか。まあ、若いのに優秀過ぎて、やっかむ者もいるようだが、それはやっかむ側の性根の問題で、リャニャくんのせいじゃないさ。初級や下級の見習い魔女には、リャニャくんを慕っている者が、ずいぶんいるみたいだね」
「それは」
褒められるようなことじゃない。
「打算、で」
「ほう?どんな打算だい?」
「その」
確かに、見習い同士は研究室の指名を奪い合う敵同士だ。だから、敵に塩は送らないと、互いに勉強や実技を教え合ったりしない者も多い。そんななか、リャニャは訊かれれば教えていたから、苦手なことのある生徒からは、優しい良いひとだと好かれている。そう言う姿を見ていた教授たちからの、評判も良い。
けれどそれは、優しさなんかではなくて。
「魔女の数は、多ければ多いほど、たくさんのひとを救える、から」
いくら天才でも、魔女ひとりで診れる患者、作れる薬には限りがある。たとえば喉の薬を作るのが天才的に得意な魔女がいたとして、だからと言って、お腹の薬も同じように作れるとは限らないのだ。
ゆえに、魔女は多ければ多いほど良い。それだけ多くの種類を、量を、包括出来る可能性が増えるからだ。
九歳の、リャニャが無力だったあのとき、流行り病に苦しみ、命を落としかけた母と祖母を救ってくれたのは、ウィルキンズ先生だった。ウィルキンズ先生、だけだった。同じ病が流行ったとき、あるいは別の、恐ろしい病が流行ったとき、また、ウィルキンズ先生に救って貰えるとは限らない。
だからリャニャは魔女を目指しているし、魔女を目指す者への助力を惜しまないのだ。
すべては打算。すべては、いずれ現れる、恐ろしい病と戦うため。
「リャニャくんは」
途方もない話と笑い飛ばしもせず、ユイ先生は目を細めた。
「大局を見る目があるんだな」
「はい。だから」
だから、クラシュ師匠の言葉が刺さった。
だからリャニャは、今日ここにいる。
「魔法式の効率化を、きちんと身に付けたいのです。身に付けなければ、いけないのです」
「うん。よくわかった」
ユイ先生は、どんと胸を叩いて請け負った。
「それじゃ、腹ごしらえも済んだし、午後のお勉強と行こうかね」
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