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「負担なら、わたしの方が」
「それはね、負担じゃなくて責任だから」
ゴミや食器を仕分けて片付けながら、サトラ先輩は首を振る。
「僕らには、リャニャちゃんを僕らの研究室に入れた責任がある。その、責任を果たしているだけだから、リャニャちゃんが気にすることじゃないんだよ」
かなり無理矢理だった自覚はあるからねと、サトラ先輩は苦笑した。無理矢理だったのは否定しようもないので、曖昧な笑みを返す。
「それでも、最終的に選んだのはわたしですから」
「いや、アタシも見てたがアレは無理矢理だろう。リャニャくんに選択肢はなかったよ。あったとしてもそれは、人生を棒に振りかねないものだった。あの空間で、咄嗟に決断できるものじゃない」
リャニャの言葉を否定したのは、ユイ先生だった。
「実際かなり、否定的な意見は出ていたよ。サガン教授に直接言えた人間は学長くらいのもんだけどね。アガードくんになにか言った教授はそれなりにいたはずだ」
リャニャくんを心配する声も多かったと、ユイ先生はリャニャの頭をなでる。
「サガン教授に憧れる者は、魔法師を志す者ばかりではないが、やはり魔法師にも多い。それを、見習い魔女でありながら、弟子として望まれるなど、やっかまれて嫌がらせを受けかねないと」
ユイ先生は息を吐き、首を振った。
「その対策として、サガン教授とアガードくんで、しっかり見ることと引き換えに、リャニャくんの上級課程授業免除が決まったが、それでは教育に偏りも出るだろう」
片付けを済ませたリャニャの手に、持ち帰り用の紙コップに入れられたココアを待たせながら、ユイ先生は笑った。
「学びたいことがあるなら、アタシに相談すると良い。サガン教授より教員歴は長いからね。魔法師の教授に限らず、知り合いは多い。それと」
リャニャの目を見据えるユイ先生の瞳には、リャニャを案じる気持ちが溢れていた。
「受けている授業もあるんだろう?大丈夫かい。なにか、困ったことはないかい?」
困ったこと。
俯いて、いまは傷ひとつない脚を見る。
落ちこぼれとなじられ、怪我を負わされていることは、間違いなく困ったことだ。
まともに授業をして貰えないならば、授業を受ける意味がない。
だが、モフのお陰でリャニャに外傷は残っていない。ここに暴力の証拠はないのだ。
「大丈夫です」
それに、言ったとしても、状況が改善されるとは限らない。
リャニャが魔女を目指すならば、調薬の実習は必須だ。薬を作れない魔女がいないわけではないが、それはリャニャの目指す魔女ではない。
ウィルキンズ先生の指導を受けるためにも、リャニャは調薬の実習を修了する必要がある。
もし、ユイ先生に相談して、オルレイやリャニャに怪我を負わせた生徒が罰されたとして。けれどリャニャは同じ教師や生徒のいる場所で、学び続けなければならないのだ。告げ口で罰を受けさせた女と、さらに心象を下げた状態で。
「なにも、困ったことはありません」
それならば、今の方がマシ、かもしれない。確かに暴言は浴びせられるし、大怪我も負わされるが、暴言は蛙の合唱とでも思って聞き流せば良いし、怪我はモフが治してくれる。木曜日は憂鬱だが、まだ、耐えられる範囲だ、たぶん。
「本当に?」
重ねて問われて、あ、と呟く。
「師匠の指導が厳しいので、ちょっと大変、ですけど」
口を突いた言葉に、サトラ先輩が吹き出した。
「鬼だもんねぇ、師匠。リャニャちゃんが優秀だから、指導に力も入ってるし」
「そうなのかい?」
「そうですよ」
ユイ先生の問いに、サトラ先輩は頷きを返す。
「僕はいつ、リャニャちゃんが優秀だからお前は要らないって言われるか、冷や冷やしてます」
「そこはキミが頑張れ、サトラ」
「アガード先輩と同じこと言う!」
大袈裟に嘆いたあとで、サトラ先輩はリャニャに気遣いの目線を投げた。
「でも、きつくて大変だったら言ってね。僕から師匠に、リャニャちゃんの指導が厳し過ぎるって進言するから。師匠も先輩も魔法馬鹿だからさ、加減を知らないんだよね。それでリャニャちゃんが潰れちゃったら意味ないし、無理なら無理って、言って良いんだよ」
とん、とリャニャの背を叩いて、サトラ先輩は笑う。
「それで見捨てたりするひとたちじゃないからさ。ほら、僕なんか散々泣き言も愚痴も言ってるけど、大丈夫でしょ?」
「サトラはもっと頑張れ」
「頑張ってますからあ!師匠や先輩みたいに天才ではないから、見劣りするかもしれないけど、凡人なりに一生懸命やってるんですう!!」
おどけるサトラ先輩に呆れた目を向けながら、ユイ先生は肩をすくめる。
「まあ、こうなれとは言わないが、リャニャくんが真面目で優秀なのは、半日指導しただけのアタシでもわかったよ。サガン教授もアガードくんも理解してるだろうから、そのリャニャちゃんが、無理だ辛いって言うのを、無下にはしないさ。辛かったら、素直に言って良い」
言いにくいならアタシから言ってやるよと、ユイ先生まで言ってくれる。
「確かに、サガン教授が求める水準は高い。本人が天才なだけに、天井知らずだ。応え続ければどこまででも上がって行くだろうから、許容を超えるならそれを伝えるのは甘えじゃない。サトラも、ちゃんと見ててあげな。リャニャちゃん自身じゃ気付かなくて、潰れるまで頑張っちまうかもしれないから」
「はーい。大事な妹弟子だもん、もちろん守りますって。リャニャちゃんも、遠慮なく僕に頼ってね」
「もう、頼っています、たくさん」
「もっと頼って大丈夫だよ」
サトラ先輩がリャニャの手を取って引く。
「初めての妹弟子だから、兄弟子らしいこと、いっぱいしてあげたいんだ。僕のわがままだから、無理にとは言わないんだけど、もし、困ったことがあったらどんどん頼ってくれると嬉しいな」
ああでもそうして頼って施して貰っても、リャニャはいったいなにを返せるだろうか。
もし、クラシュ師匠が次の弟子を取ったとしても、魔女を目指すリャニャでは、見習い魔法師の手本になれはしないのに。
「ありがとう、ございます」
頼れない。頼る資格がない。
手を引かれるまま歩きながら、リャニャは思う。
本当は、今日だって頼ってはいけなかった。サトラ先輩にも、ユイ先生にも。
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