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「にしても、アガードくんの出した新しい魔法理論って、あれだろう?水の魔法行使者だけで、光を生み出すってやつ。水魔法学会も光魔法学会も震撼して、写本希望の殺到で、うちの図書館がパンクした、問題作じゃないか」
アタシも気になってるんだが、写本待ちが終わらないと、ユイ先生は肩をすくめる。
「読むだけで良いなら、アガード先輩に言えば貸してくれると思いますよ。いつも何冊か写本作ってから、提出してますから」
「なら、今日のお礼に貸して貰うかな。どんな理論をもとに、どんな魔法式を作ったのか、興味がある」
と言うか、とユイ先生は苦笑した。
「アガードくんは、火の魔法行使者や光の魔法行使者に、因縁でもあるのかね。火や光に力を借りれば楽なことを、水や氷でやりたがる。水で火を起こしたときも驚いたもんだが、ついに光までとは」
「悪いことじゃないんだから、良いんじゃないですかね。召喚魔法よりは魔力効率が良いから、光も火もない場所で使うなら、理にかなってますよ」
「おや」
ユイ先生が驚いたように目をまたたく。
「増幅じゃなく、無から有なのかい?発火は増幅だったから、発光もてっきり増幅でやったのかと思ってたが。いや、そうでもなきゃ、学会が震撼はしないか」
「元々は増幅でやろうと思ってたみたいですけど、それで行き詰まってたんですよね。そのときに、発想の転換のきっかけになったのが、」
「リャニャくん、と言うわけか」
こちらを向かれてもリャニャにその自覚はない。
「そして本人は覚えがないと」
「リャニャちゃんはそれで良いんだよ。大丈夫」
「目を塞ぐのは、感心しないが?」
「目を塞いでるわけじゃなくて」
サトラ先輩が首を振る。
「その広く斬新な視野を、歪めたり狭めたりして欲しくないだけですよ」
言いつつサトラ先輩は、リャニャに教えてくれる。
「雷魔法のやつだよ。バルツザット教授には内緒ね」
「雷魔法……」
覚えはある。空や雷の魔法行使者に頼らずに、雷を発生させることは可能か、と言う課題だ。思い付けるだけ、と言う指示だったので、何個か案を考えて解答した。いったいどれが影響したのだろうか。
「仲間外れは良くないぞ」
「守秘義務があるんですぅー」
リャニャが首を傾げるあいだにも、ユイ先生とサトラ先輩は軽口を叩き合っている。サトラ先輩が秘密にする、と言うことは、ここで話題にはしない方が良いのだろう。
あとで、サトラ先輩かアガード先輩に訊いてみよう。
下手なことをもらさないよう、リャニャは考えるのをやめて、ユイ先生に訊ねる。
「あの、図書館がパンクって、どう言う状況ですか?」
「うん?ああ、中級見習いだとまだあまり関わらない話か。リャニャくん、うちの図書館が、ティエジア学派の学派員の論文を、すべて所蔵していることは知ってるかい?」
「はい」
地上階は貸出用の図書で埋まっているが、地下は巨大な保存庫になっていて、歴代の学派員の論文が、山のように保管されていると聞いている。
「よそから要請があると、所蔵している論文の写本を作って鳩便で送るんだ。だが、まあ、写本のできる図書館の人員にも、鳩にも限りがあるからね。学内からの写本依頼も殺到したようだし、写本作業も発送作業も、依頼が多すぎて回せなくなったんだよ」
「鳩……便……?」
なぜ鳩で?
ぽかん、としたリャニャに、ユイ先生は驚いた顔で言う。
「知らないかい?鳩便。あ、鳩便って言っても普通の鳩を使うわけじゃないよ。空鳩って言う、魔獣を調教して飛ばしているんだ。鳩より大きいし賢いし強い。飛べる距離も長いし速いよ」
一般的な方法なのか。リャニャは表情を取り繕って、頷いて見せる。
「あ、そ、そう、なんですね。わたし、田舎の出身なので、郵便って言ったらひとが届けてくれるもので」
「ああ、そうさね。地方の小さな町や村だと、鳩便の施設がないから、短距離は完全に人力だし、長距離の場合はいったん鳩便で大きな市や町に届けて、そこからはひとで運ぶんだ。魔獣を使うだけに、知識と技術のある人間と、専用の施設や設備が必要だからね」
「図書館には、鳩便の施設が?」
リャニャは三年もこの学院にいるが、魔獣の鳩なんて見たことがない。
「ああ。図書館用の鳩舎があるよ。技師も備えている。急ぎで論文の写本を求められることもあるからね。学院全体の郵便局とは、施設も鳩も分けているんだ」
「知らなかったです」
「空鳩は普通の鳩と違って基本的に夜行性だからね。よほど急ぎでもないと昼間には飛ばさないし、鳩より大きいとは言え小さな魔獣だ。身を隠すのが巧いんだよ」
なるほど、それで見たことがなかったのか。
「金持ちとか、重要な役職者とかだと個人所有してたりもするが、サトラ、サガン教授は持ってなかったか?」
「師匠はわざわざ鳩使わなくても、闇の精霊が喜んで運んでくれるんで」
「ああ。さすが、天才は豪気だな。精霊に伝書鳩させるなんて、魔力をごっそり持って行かれるだろうに」
え?
「精霊や、妖精に」
蛇を出さないよう、リャニャは慎重に藪を突く。
「おつかいを頼むのって、難しいのですか?」
「いや、魔法式自体は難しいものではないよ。難しいものではないが、」
どうやら蛇はつつかず済んだらしく、ユイ先生はあっさりと答える。
「おつかい程度で気軽に頼むには、魔力を使い過ぎるね。の割に、小さなものやちょっとした伝言しか頼めないし、精度も低い」
「そう、なのですか?」
あのクラシュ師匠が、そんな手段を使うとはリャニャには思えないが。
「一般的な方法だとね。答えてくれるのが低位の妖精だし、できることも限られるんだ。せめて小精霊でも応じてくれれば、もう少しマシだろうが」
「小精霊用の魔法式は、ないのですか?」
「あるにはある。だが、普通の人間じゃ使っても効果が出ないんだよ。おつかいってことは、使役だろう?ちょっと魔法を使って貰うのとは、わけが違うんだよ」
なるほど。
「だから、魔力もたくさん必要なのですね」
「そうさね。サガン教授は精霊に好かれているから、精霊が応じてくれるんだろうな。その分魔力は使ってるだろうが、精度は高いし、鳩便なんて比較にならないくらい速いだろう。羨ましいことだよ」
つまり、普通のひとは精霊や妖精におつかいなんて頼めないし頼まない、と言うことだ。
「僕も、近くのひとに伝言して貰うくらいは頼めますけど、物の運搬ってなると無理ですねー」
「近くの人間に伝言すら、普通はできないからな。お前はちゃんと自分の稀有な才能を理解しろ」
「はーい」
サトラ先輩が軽く頷き、時計を見たユイ先生が、さて、そろそろ戻ろうかと呟く。
「ああ、慌てなくて良いさ。飲みきらないなら紙コップに移して貰おう。こちらに渡して」
慌ててココアを飲み干そうとしたリャニャを止め、ユイ先生がリャニャからカップを取る。
「サトラは飲み終えたね?入れ替えを頼んで来るから、片付けておいてくれ」
「はーい」
サトラ先輩がトレイを持って立ち上がるのに、リャニャも従う。
「リャニャちゃん」
サトラ先輩がリャニャに並んで、そっと言う。ひそめた声に、無言で頷きを返した。
「気付いただろうけど、うちの研究室はいろいろ特殊なんだ。魔女の見習いだからとか、地方の出身だからで誤魔化せることもあるけど、そうでないものもある。僕が気付けば教えるけど、リャニャちゃん自身もいまみたく、気を配ってくれると助かる」
「はい」
「ごめんね、負担かけて」
「そんな」
魔女と魔法師では、必要な知識が異なる。もちろん、共通する知識や学問もあるが、かなりの部分は異なる知識だ。
クラシュ・サガン特級魔法師の弟子になったせいで、喪ったものや増えた負担は確かにある。けれどそれらを凌駕するほどに得たものも多い。リャニャのせいでクラシュ師匠にも先輩たちにも、負担は増えているだろうし。
今だって、サトラ先輩はリャニャに付き合って、本来ならば休日のはずの土曜日を、勉強に使ってくれているのだ。
「負担なら、わたしの方が」
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