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リャニャは思考をめぐらせる。そう言えば、アミラ先輩はリャニャに、師匠を鞍替えしないかと、持ち掛けて来ていた。もしや、
「誰か、師匠を得てから、変更する……?」
バルツザット教授はカラカラと笑って、正解だ、と頷いた。
「実際、師弟になってから、絶望的に相性が悪いことがわかることもある。師匠側が、弟子の才能を伸ばしてやれなかったり、才能の方向性が、師匠の専門と違ったりね。あるいは、師匠とは合っていても、兄弟弟子と反りが合わないなんてこともある。師弟や兄弟弟子となれば、少なくとも独り立ちまでは家族よりも関わる相手になるから、下手をすれば心を病む」
「それで辞めたひともいるよね」
「ああ。教育者としては由々しき事態さね。せっかく中級まで進んだ見習いが、そんなことで道を諦めるなど看過できるものか。だから、気付けば声を掛けるし、相談を受ければ最大限協力する。学長も認めてるからね。複数の魔法師にお試しで師事して、それから新しい師匠を決めるなんてことも、不可能じゃない」
つまり、今からでも、リャニャは師匠を変えることができる、と言うことだ。
「ここは学舎だ。学ぶことを望む者を、手助けするための場所。だから、手に負えないことは周りに頼って良いんだよ。今日リャニャくんが、アタシに教えを乞うたようにね」
それも社会勉強さねと、バルツザット教授は笑う。
「自分ひとりでなんでもやろうとするのは、悪いことじゃない。立派さね。だが、ひとを使うこともまた、大事なことだ。ひとりでできることには、限りがあるからね。許容を超えることを前にして、逃げることも、助けを求めることも、恥ずかしいことじゃない。なんにも悪いことはない。だから、サガン教授でも、アガードくんでも、サトラでもアミラでも、もちろんアタシでも、誰でも良い。躊躇わず、遠慮なく、頼りなさい」
そんなに、リャニャは、無理をしているように、見えるのだろうか。
「ありがとう、ございます」
「いや?さっきも言ったが、アタシは勉強熱心な子が好きなんだ。勉強熱心でない生徒でも助けを求められれば助けるんだから、勉強熱心なリャニャくんの手助けをするのは当然さね」
ああでも恩義を感じてくれるならと、バルツザット教授は軽く言う。
「親愛を込めてユイ先生と呼んでくれても良いよ。うちの生徒はどいつもこいつも、バルツザットと呼んでいて、可愛げがないんだ」
本人が望むなら、やぶさかではないと、リャニャは口を開いた。
「はい。ユイ先生」
「……」
もしや本気ではなかったのか、バルツザット教授は、ぽかんとリャニャを見る。
「あ、えと、冗談、でしたか?バルツザットきょう、」
「ユイ先生で良い。ユイ先生で頼む」
食い気味に言われて、リャニャは面食らう。
「え、あ、はい。ユイ先生?」
「ああ、それで良い。うん。なんと言うか、可愛いね。うちにはいないたぐいの子だな。そうさね、もし、サガン教授のところから出たくなったら相談して来ると良い。アタシがなんとかしてやるから」
その言葉は今のリャニャにはよく刺さる。
にこ、と笑うユイ先生へ、ちょっと、とサトラ先輩が文句を言う。
「僕の可愛い妹弟子を、奪おうとしないで下さいよ。いや、リャニャちゃんが本当に嫌で、師匠から離れたいなら、僕も止めないんですけども」
弱った顔で、サトラ先輩がリャニャを見る。
「なにか、悩んだり、困ったりしているなら、師匠、は、言いにくいか。えっと、僕にでもアガード先輩にでも、遠慮なく相談してね。あのね、本当に、僕らみんなリャニャちゃんが大切だし、好きなんだよ。だから知らずに傷付けていたら嫌だし、助けになれるならできることはなんだってする。小さなことでも大きなことでも、助けを求めて欲しいんだ」
「助けて、貰っています、今も」
クラシュ師匠の弟子になってから、リャニャは助けられっぱなしだ。
「あ、のね!」
そんなリャニャの思考を断ち切るように、サトラ先輩が身を乗り出す。
「お互いさまだから!僕はリャニャちゃんがいてくれて、めっちゃくちゃ助かってる!!」
サトラ先輩が?
「リャニャちゃんが来てから、師匠もアガード先輩も、ほとんどいつも機嫌が良いんだよ。もうほんとそれだけで、僕としては大助かりなんだけど。でも、それだけじゃなくて」
ぎゅ、と両の拳を握り締め、サトラ先輩は力説した。
「リャニャちゃんの発想は新鮮で、いつも新しい視野を貰ってる。これは、僕だけじゃなく師匠にとってもアガード先輩にとってもだと思う。あのね、リャニャちゃんが来てから、師匠は魔法式を二つ、アガード先輩なんて三つの新しい魔法式に、新しい魔法理論まで発表してるんだ。たった四ヶ月足らずだよ?いくらあのひとたちが化け物だからって、普通のことじゃないんだよ」
「そ、れは、わたしは、関係、ない、のじゃ、」
「あるある。大ありだよ!本人談だから!師匠なんか、リャニャちゃんの提出したレポート見て、悪の親玉みたいに高笑いしてたよ。めっちゃ怖かったし、壊れたかと思ったんだから。あと、さっき言った魔法式と魔法理論、全部リャニャちゃん共著で出されているからね」
聞いていないが?とリャニャは目を丸める。
「弟子、だから、ですか?」
「違うよ。リャニャちゃんの意見やレポートに、助けられたからだよ。もちろん、リャニャちゃんが来てから着手したものだけじゃないけど、どれも、あと一歩ってとこで行き詰まってて、それが、リャニャちゃんの発想で突破できて発表に至ったんだ。あー、確かに僕も共著になってるんだけど、それは実験補佐したからだし。なんなら、リャニャちゃんを悪目立ちさせないために、わざわざ実験の手伝いをさせられた魔法式もあるくらいだよ」
「待て待て。共著で名前を出すなら本人に許可を取れ。著者欄は、共著者含めて原則直筆署名のはずだろうが。書いた覚えがないのかい?リャニャくん」
「えっと……」
何度か、クラシュ師匠にもアガード先輩にも、論文を出すからここにサインをするようにと言われた。サトラ先輩のすぐあとに言われて、サトラ先輩が特になにも言わずにサインしていたので、そう言うものなのかと、よく考えずサインしてしまった。
もしやあれが、共著者としての署名、だったのだろうか。そして、弟子だから書くものでは、なかったのか。
「……書き、ました、署名」
配られた資料に名前を書くくらいの、軽い調子で言われたので、そんなに重要なものだと思わなかった。だが、サトラ先輩の昨日の言い方からして、論文、それも新しい魔法理論についてのものなんて、重大なもののはずだ。
今更ながらに、恐ろしいことをしてしまったのではと気付いて、リャニャは青くなる。そんなリャニャを見て事情を察したらしいユイ先生が、怖い顔を作ってサトラ先輩を見た。
「こらサトラ、先輩なんだから、ちゃんと気にして教えてやらないか。リャニャくんも、子細を理解せず、迂闊に承諾や署名をしないこと。良いかい?世の中には、悪いヤツが五万といるもんさね。自分の権利は、自分で守らなくちゃならない」
ああ、ユイ先生も、クラシュ師匠やアガード先輩、サトラ先輩も、きちんと育てようと叱ってくれるひとなのだな。リャニャは思って、頷く。
「はい。気を付けます」
「まあ、実際共著や共同研究者に関しては、名前だけ借りるような場合もある。箔付けにね。だから、リャニャくんの認識も間違いではない。師としてきちんと説明しない、サガン教授とアガードくんに問題がある。あとでアタシから、叱っておこう」
「ありがとうございます」
「年長者としても、教育者としても、当然の義務さね。気にするこたないよ。若者は甘えとけばいいさ」
からっとした笑みで、ユイ先生はリャニャの頭をなでる。
そのまま頬に触れた手は、春の日溜まりのように温かかった。
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