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「できました」
振り向いて言ったリャニャに注がれる、二対の視線。なにも言葉が返らないことに、リャニャは首を傾げる。
「あの……?」
「あ、いや、悪い悪い。ちょっとぼーっとしちまったね。どれ、見せて貰うとしよう」
バルツザット教授が立ち上がり、リャニャの隣に立つ。
「ずいぶん様変わりしたね。いや、綺麗なもんだ。うん?」
バルツザット教授が、目を見開く。何度か魔法式に目を走らせたあとで、魔法式を一箇所指差した。
「ここ、区分けは『風』で良いのかい?位置をこっちに変えて、『精霊への呼び掛け』に分けるべきじゃないか?こっちも、これは『精霊召喚』ではなくて、『風』に関連する文言だろう?もっと後ろに持って来ないと、精霊に意図が伝わらないよ」
「いえ」
魔法式を確認して、首を振る。
「そこは大丈夫です」
「ほう?なら、このまま解析して行こうか。この魔法式の目的は、"精霊を呼び出し、東風を吹かせること"。魔法式の要素は大きく分けて三つ。『精霊召喚』『精霊への呼び掛け』『風の発生』だ。ここまでの理解は合ってるかい?」
「はい」
「じゃあ、要素ごとに細かく見て行こう。まずは、『精霊召喚』だ」
リャニャの書いた魔法式を、さらさらと紙に書き写して、バルツザット教授は黒板を消す。まっさらな黒板に書き記されるのは、魔法式のうち、リャニャが『精霊召喚』に分けた部分。
「精霊召喚は定型があるから、比較に基本型を並べようか。リャニャくん、この魔法式で喚び出すのは、どの階位の精霊を想定してるかな?」
問い掛けられて、リャニャは虚を突かれた気持ちを覚える。
そうか、ちゃんと魔法式を考えるなら、まずはそこから決めるものなのか。
リャニャは考える。誰に声を掛けるか。目的を果たすために、必要な協力者は誰か。
「あの、すみません、魔法式を考えたときは想定していなかったのですが」
「そうかい。まあ、最初はそんなもんさね。気にすることはない。いま覚えて、考えれば十分さ。それに、正直なのは良いことだよ。誤魔化さず言えて偉いじゃないか。それで?いま、考えてみて、なにを喚びたい?」
「中位精霊、が良いです」
精霊は妖精よりも高次の存在と考えられている。階位としては低位、中位、高位の三段階だが、低位精霊の下位に小精霊がおり、また、高位精霊の上に精霊王が存在する。さらに精霊たちを統べる、精霊女王も存在すると言われているが、神話的な存在なので、魔法師の協力者にはされない。一般的には喚び出しても高位精霊で、精霊王となれば、上級魔法師でもなければ喚び出せない。
「中位精霊か、そりゃ豪気だね」
では、リャニャが選んだ中位精霊はと言えば。
さきほどバルツザット教授が例に出した暴風の魔法の、魔法行使者が中位精霊だったと言えば、なんとなくわかるだろうか。
わざわざ高位精霊を呼び出さずとも、大抵のことは中位精霊がやってしまえる。むしろ、日常で使うような魔法であれば、低位精霊ですら過剰戦力、小精霊や妖精で十分なのだ。
でありながら、リャニャは東風を吹かせるためだけに、中位精霊を喚ぶと言った。バルツザット教授の豪気だと言う感想も、頷けるものだろう。
「風の中位精霊を喚び出す魔法式なら、これさね」
バルツザット教授が、さらさらと魔法式を書き出す。基本的な魔法式であれば記憶しているのだろう。魔法書を開くことも、途中でチョークを迷わせることもなく、あっという間に書き上げる。
「うーん、比べるとやっぱり、リャニャちゃんの魔法式とだいぶ違うね」
ふたつの魔法式を見比べたサトラ先輩が、唸る。
「全体の式量はほぼ同じだけど、使っている文言が違う。それに、リャニャちゃんの魔法式は、文言の重複があって、式量の割に内容が少ない」
腕を組んだサトラ先輩が、リャニャに目を向ける。
「魔法式は簡潔なほど必要な魔力量が少なくて済む、って言うのは間違いじゃないんだけど、じゃあ、何も考えずに式量を減らせば良いのかって言うと、そうじゃなくて。必要な文言が欠けてしまえば、魔法行使者に見向きもされずに、魔法が発動しないんだよね」
でも、そう言う不足した魔法式でも、発動する場合はあって、とサトラ先輩は続けた。
「ちょうどその場に妖精や精霊がいた場合は、簡単な文言でも魔法を行使してくれることがある。あるいは、術者が魔法行使者に好かれていた場合。逆に、ちゃんとした魔法式でも、対応する魔法行使者がいなかったら、魔法が発動しないことがある。そう言う、不発を防ぐための方法が、召喚魔法なんだよね」
「魔法行使者をあらかじめ呼び寄せてから、魔法行使を依頼する、のですよね」
「そう。湿地で雨を降らせるのは簡単だけど、乾燥した砂漠では水の魔法行使者が少なくて雨は降らせられない。そう言う時に、高次の魔法行使者を喚び寄せて、魔法を行使して貰うってこと。だから」
「召喚魔法はここにいないものを呼び寄せるだけに、より丁寧で届きやすい魔法式が求められる、だな」
サトラ先輩の言葉を途中で奪って、バルツザット教授が言う。
「ちょっと、せっかく僕が先輩らしいことしてたのに、手柄を取ろうとしないで下さいよ」
そんなバルツザット教授に文句を言ってから、サトラ先輩が続けた。
「術者が魔法行使者によっぽど好かれてれば、簡単な魔法式でも遠くから来てくれるんだけど、まあ、そこまで好かれるってほぼないからね」
「『ほぼない』の集まった研究室にいるくせに、よく言う」
「はいはいそれはいま関係ないですから。足りない魔法式でも、近くに求める魔法行使者がいれば召喚は成功するんだけど、それじゃわざわざ召喚魔法を使う意味がないでしょう?だから、遠くの魔法行使者にも届くような、力のある魔法式を使うんだ。でも、弱い魔法式でも、遠くの魔法行使者に呼び掛ける方法はあって」
サトラ先輩が苦笑いを浮かべて、首を傾げる。
「魔法式の不足分を、魔力で補ってごり押しするんだよ」
なるほど、とリャニャは頷く。
「わたしが魔力でごり押しして魔法式を発動させたから、師匠から酷評されたのですね」
「そう言うこと。まあ、師匠やアガード先輩なら、ごり押しで発動できるだろうけど、あのふたりは魔力量化け物だからね。僕には無理。あっでも、この魔法式なら、たぶん僕でも発動できるよ。風とは相性良いんだ、僕」
にこっと笑ったサトラ先輩は、胸を張って見せた。
そんなサトラ先輩の、秋の小麦のような髪と、春の新芽の瞳は、確かに風の妖精や精霊に好かれそうだ。
「つまり、わたしの魔法式では、風の中位精霊を喚ぶには弱い」
「かなって、僕は感じたんだけど。どうですかね、バルツザット教授」
「ああ。サトラの考えは間違いじゃない。一般的な風の中位精霊召喚の魔法式と比べて、リャニャくんの魔法式は全体的な文言が弱くて内容も少ない。ただ」
バルツザット教授が、腕を組んで言う。
「アタシんとこじゃ、アミラがそうなんだけどね」
じっと、リャニャの魔法式を見てバルツザット教授は、トントンと自分の腕を指先で叩く。
「組み立て方次第では、弱い文言だけ集めても、強い魔法式になることがあるんさね。魔法行使者にも好みってのがあるようでね。好みの魔法式なら、文言が弱くても応えてくれる。そう言う勘のある魔法師が組み立てた魔法式だと、本来であれば見向きもされないような弱い文言で、大きな効果が出る場合もある」
同じ式量でも、使う文言が強ければ必要な魔力は上がるから、とバルツザット教授はリャニャに目を向けた。
「無理に強い文言を使わなくても、これが風の精霊に好かれる魔法式なら、一般的な魔法式より少ない魔力で発動できる可能性はある。だからアタシとしては、まずリャニャくんがなぜこの文言を選び、なぜこの形に組んだのかを確認したいね。リャニャくんは、魔法式の効率化の勘が良いようだから」
だが、とバルツザット教授は組んでいた腕をほどいて手を広げた。
「そう言う考えごとに、空腹は邪魔さね。もう良い時間だ。一旦休憩にして、昼食を食べに行こう」
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