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「リャニャちゃん!」
言葉の途中でサトラ先輩に鋭く呼ばれ、リャニャは、むぐ、と口を閉ざす。
「サトラ」
「駄目だよ駄目。リャニャちゃんは、うちの師匠の弟子なんだから、情報抜こうとするのは、マナー違反でしょう」
剣呑な目をしたバルツザット教授に、ぶんぶんと首を振って見せるサトラ先輩。
「このこは」
「駄目。教えられない。詮索しないで」
「口止め料が、いると思わないか」
「さっきの魔法式で十分どころかお釣りが必要なくらいでしょ」
投げ合われる会話に追い付けず、リャニャは困惑する。とにかく自分が、なにかまずかったのだと言うことだけはわかるけれど、なにがまずかったのかが、全くわからない。
「僕がついて来てて良かったよ。本当、油断も隙もないんだから」
息を吐いて、立ち上がったサトラ先輩がチョークを手に取る。
「一般的な飛翔、魔法師だと飛行って言うんだけど、飛行の魔法式はこうなんだ。浮遊しながら、この部分を操作して、方向や速度を決める」
チョークの色を変え、サトラ先輩が魔法式を区分けする。
「ここが浮遊させる対象。ここが『浮かせる』で、こっちが『動かす』。浮くと動くを切り離すことで、方向や速度を指示しやすくしてるんだよ。もちろん」
サトラ先輩がさらにひとつ、魔法式を書き足した。
「浮くと動かすを分けない魔法式もある。これは、目的地まで飛んで行くための魔法式。この部分が『飛行』だよ」
黒板に三つの魔法式を並べて、サトラ先輩がリャニャを振り向く。
「最初の魔法式のおかしさがわかる?この魔法式には、『浮く』も『飛行』も入っていないんだ。『空』や『宙』もないし、『上』を示すものもない。もしかしたら、別の表現で空や上を示しているんじゃないかって研究した魔法師もいるんだけど、結局わかってない。だからこの、魔法式に使われている文言の意味は、現状ひとつもわかってない。そもそも、どこで区分すれば良いのかすら、わからない状態なんだ」
リャニャのなにがまずかったのか、よくわかった。
わかっては、いけなかったのだ。
どうしよう。どうすれば良い。
「あ、の、」
どこまでが普通で、どこまでが普通じゃない?
「これ、だけ、聞いて、知っていて、だから」
「聞いた?誰にだい?」
「ピクシーに」
サトラ先輩は今度はリャニャを止めない。ここまでならば、異常ではない、だろうか。
立ち上がり、黒板に歩み寄って、書かれた魔法式を示す。
「半分は、ピクシーを呼ぶ魔法式なのです。ここ、この部分が、『いっしょにあそぼう』」
「『一緒に遊ぼう』?それがどうして、飛翔の魔法式になるんだい?」
「それが、残りの部分で」
「意味は?」
「『きらきらをかけて』」
大丈夫、だろうか。
でも、ピクシーは隠していなかった。知られて困る情報ではないのだと思う。
「ピクシーは、空を飛ぶ時に金の粉を振り撒いていて、その粉を浴びると、人間も同じように飛べるのです。ピクシーは心が子供の妖精で、人間と遊ぶのがとても好きだから、遊ぼうと呼び掛けると来てくれるし、遊び相手に金の粉をかけて、手を引いて飛んでくれるのです」
言い切って、サトラ先輩に目を向ける。苦笑はしていたが、頷いてくれたのは、ここまでなら問題ない、と言うことだろうか。ほっ、と息を吐いて、リャニャは席に戻った。サトラ先輩も、向かいの椅子に腰掛ける。
「幼い妖精に向けた魔法式だから、そうでない魔法行使者に向けた魔法式に一部を組み込んでも、なんの効果も得られなかった、と言うことかい?」
「そう、だと思います。『いっしょにあそぼう』だけで、ピクシーは来てくれるのですが、どう遊ぶのかをちゃんと伝えないと、悪戯だけして帰ってしまうので」
リャニャが言うと、はっとして本棚に向かったバルツザット教授が、一冊の帳面をパラパラとめくって頷く。
「確かに、この魔法式の研究中にポルターガイストが起きたと言う報告が残っている。このせいで、危険と判断されて研究が止まったらしいんだが、まさか、ピクシーの悪戯とは」
バルツザット教授が額に手を当て、ため息を吐く。
「どちらにせよ、遊びに誘う魔法式では、これ以上の発展は難しいか」
「そうでしょうね。ピクシーは機嫌を損ねさせると厄介なので、下手に手を出さない方が良いです。人間と飛ぶのは好きなので、この魔法式には、よほど気分じゃないとき以外は付き合ってくれると思いますが、それ以外のことは、なにを遊びと思うかも、なにが機嫌を損ねるかも、日替わりなので」
実際のところいくつか、リャニャはピクシーに頼み事の出来る魔法式を知っている。けれど知らない顔をした。伝える必要のない情報だと判断したし、もしも伝えるにしても、アガード先輩の判断を仰ぐべきだ。
「そうか。そうだろうね。うん。発展を見込めないのは残念だが、長年の謎が解けたことは、とても喜ばしい。ありがとう、リャニャくん。それにしても、ピクシーと面識があるとは驚きさね。なにがきっかけで知り合ったんだい?」
サトラ先輩をうかがうまでもなく、この問いへの正解はわかった。
「申し訳ありません、個人的な事情なので」
「その、ソツのない受け答えは、アガードくん仕込みかい?」
「いえ、情報を隠すための方便などではなく、その」
リャニャが眉を下げて視線を落とせば、なにか深刻な事情があるとわかったのだろう。
「いや、こちらこそすまない。不躾なことを訊いたようだ」
バルツザット教授も悪意があるわけではないようで、引き下がってくれた。
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