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それからバルツザット教授は、初歩的な魔法の魔法式を例に出して、丁寧に魔法式について教えてくれた。
「とまあ、こんなとこさね。初歩の魔法は汎用性が高く、骨組みがわかりやすい魔法式が多いから、まず初歩の魔法の魔法式について理解することで、どう言った内容にすれば魔法式として有効になるのかと言う基礎が見えて来るだろう?」
「はい」
「そうなれば次は応用さね。初歩の魔法だと、協力者は小妖精なんかが多いから、お願いする言葉も簡単で良い。対して、効果の大きい上級魔法になると、協力者もより高次の存在になるから、丁寧に依頼する必要がある」
バルツザット教授が、ふたつの魔法式を板書する。ひとつは、そよ風程度の風を起こす魔法。もうひとつは、強力な暴風を広範囲に巻き起こして外敵を退ける、攻撃魔法だ。
バルツザット教授は、魔法式を書いたものとは別の色のチョークで、それぞれの魔法式を区分けして行く。
「どちらも風の魔法だから、基本的な構造は類似している。けれど、ごらん、魔法行使者へお願いする部分の分量がこんなに違う。それから」
カツカツ、とバルツザット教授がチョークで黒板を叩く。
「暴風の方、ここもここもここも、全部、安全装置だ。自分や味方を傷付けることがないよう、魔法が暴走することがないよう、細かく指定している。それだけこれが、危険な魔法ってことさね」
バルツザット教授が黒板を消し、新たにひとつ魔法式を書き出す。
「リャニャくん、これがどんな魔法だかわかるかい?」
問われて、リャニャは魔法式を見つめる。
まるで、不定形の詩のような、ふわふわとしてとりとめのない魔法式だ。
リャニャは頭のなかで、魔法式を巡らせた。ああ、そうか、これは。
「浄化と祝福、ですね。神官さまが礼拝の最後に使う魔法式です」
「おや、知っていたのか」
リャニャは一拍言葉に迷ったあとで、答えた。
「いえ、詳しく知っていたわけでは、ないのですが、礼拝で見たことはあったので」
「そうか。リャニャくんは目も記憶力も良いんだな」
頷いて、バルツザット教授が黒板を見る。
「これはね、原理が少しもわかっていない魔法式なんだ」
「そう、なのですか?でも、昔からある魔法式、ですよね?」
「そう。昔からある。でも、なんでこれで浄化と祝福ができるのか、わかってない。しかも、これは神官でないと発動しないんだ。その理由も、わかってない。読み解けないんだ、普通の魔法式とは、構造や使われる文言が違い過ぎて」
リャニャは魔法式をながめて、頷く。いままでバルツザット教授が説明に使った魔法式とは、大きく異なる魔法式だ。いままで見せて貰った魔法式が、形式に則った公文書だとしたら、これはまるで、詩人の書いた恋文のように、形式が定まらず、比喩的だ。
「こう言う、"なんだかわからないけど効果が出る"魔法式ってのが、結構な数あってね。そう言う魔法式を生み出す存在を、魔法師は"魔法使い"って言って区分するんだ」
「魔法使い」
「そう。魔法使いさ。と言っても、この魔法式に関しては、生み出したのは魔法使いじゃなく、千年以上も前の大神官らしいんだけどね。なんでも、神から神託を受けたとかで」
「神さま……」
そうか。この魔法式は、神さまへの祝詞なのか。
詩のような魔法式になっている理由に得心が行って、リャニャは頷く。
これはあくまで、神さまに捧げる祈りであって、その結果、浄化と祝福が与えられるのは、真摯な祈りに対して神さまから下賜される恩恵なのだ。
「まあ、こんなのに横行されたら、原理解明しようって言ってる研究者としては、たまったもんじゃないわけさね。こんな出鱈目で効果が得られるなんて、あり得ない。でも、確かに効果は出る。悔しいったらないよ」
少し乱暴に黒板を消して、バルツザット教授がまた別な魔法式を書き殴る。
「たとえばこれだ。なんの魔法式だか、わかるかいリャニャくん」
ああ、これならばわかる。
「飛翔の魔法ですね」
「そ、うだが、知っていたのかい?」
「え、いえ、内容的に、飛翔だろうなと思って」
「内容?」
バルツザット教授が、自分の書いた板書を見つめてから、リャニャに視線を戻す。
「これの、内容がわかるのかい、リャニャくんは」
「えっと、わか、」
「リャニャちゃん!」
言葉の途中でサトラ先輩に鋭く呼ばれた。
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