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「じゃあ、続けよう。リャニャくんは、魔法式の効率化への理解は十分なようだ。さっきの演習問題でわかる通り、安全に効率化する方法は、特殊化だ。汎用性をなくし、たったひとつの目的だけを追求した、特化型の魔法にしてしまえば、暴走の可能性は少ない」

 ただ、とバルツザット教授は続ける。

「下手な特殊化は逆に依頼書を複雑にしてしまうからね。たとえばさっきの、コップの水。コップの座標や大きさ、出す水の温度を指定し始めれば、魔法式はより複雑になる。対して、リャニャくんがやったのは」

 バルツザット教授が黒板を一旦綺麗にしてから、リャニャが考えた魔法式を書く。一度見ただけで、魔法式は覚えてしまったらしい。

「『喉を潤す水をコップに下さい』だね」

「むちゃくちゃ簡潔っすね」

「そう。なんでこれを誰も思い付かなかったってくらい簡単で簡潔だ。いやでも、ここまで簡潔にして作用するなんて思わないだろう?小妖精だって怒るときは怒る。誰が、こんな、ちょっと友達に水を貰うくらいの魔法式で行けると思う、ああ」

 バルツザット教授が言葉を止め、リャニャを見下ろした。

「"話し掛けた"のか」

 リャニャの目を見据えて、バルツザット教授は言う。

「リャニャくんにとっては、水の小妖精に水を貰うのは、そんなに大事おおごとじゃないんだね?」

「ええと、はい。あの」

 水の小妖精はどこにでもいる。そして、いきものに寛大だ。

「水の小妖精はいきものの役に立つのが好きなので、お願いされると喜びます。かしこまらなくても、手伝ってくれるし、」

 リャニャはバルツザット教授によって飲み干されて、空になったコップを見る。

「常にいきものに寄り添っているので、その、なんと言うか、常識がある、のです」

「なるほど、だからか」

 バルツザット教授が魔法式を消し、新たに二つの魔法式を書いた。

「『花を潤す命の水を与えて下さい』『冷たく濡れた布巾を下さい』これだけ伝えれば、良いように動いてくれると思ったわけだ。そして、実際、上手く行った」

「はい。水についてなら、わたしよりずっと、知り尽くしている存在なので、細かく指定するより、委ねてしまった方が、相手もやりやすいと考えました」

「そうさね」

 コップを手に取り、バルツザット教授は頷く。

「実際、なにもないところに水を出すより、容器を用意して、この中を水で満たして欲しいと願う方が楽だと言うのは知られている。髪を伸ばすのより、怪我を治す方が簡単なのと同じ理由だな」

 怪我を治すならば、あるべきものを、あるべき姿に戻せば良い。正しい形があるならば、その状態に戻すのは楽なのだ。対して、髪の長さに正解はない。だから、髪を伸ばしたければ、どこまで伸ばすかを術者が指定しなければならない。

 同じ理由で、魔法で病気を治すことも難しい。怪我と違って病気は、無数にある病原の、なにかが悪さをしているからだ。たとえば病原菌が原因だったとして、体の中のすべての菌を死滅させれば、別の問題が多発するだろう。無数の菌と共存して、いきものは生きているのだから。

 魔法は可能性の塊だけれど、現状万能ではない。だから、魔術師も魔女も必要なのだ。魔法で治せない病気も、魔女の薬なら治すことができる。

「魔法らしい魔法だな。魔法行使者への信頼がなければ、成り立たない魔法だ。だが、やりたいことが明確ならば悪い手ではない。さて、リャニャくん、特化型の魔法の欠点はわかるかな?」

「特化型にすることで、汎用性がなくなります。限定された状況でしか使えないため、状況に応じた魔法式を個々に覚えなければならなくなってしまう」

「その通り」

 バルツザット教授が黒板の魔法式を消し、改めて水を出す魔法式を書く。

「その視点で見ると、この魔法式の素晴らしさがわかるだろう?」

「はい。骨組みを覚えれば、あとは細部を変えるだけで、状況に合わせた魔法式に組み換えることができます。とても、応用の幅の広い魔法式です」

 頷いたバルツザット教授が、チョークの色を変えて魔法式を区分する。

「ああ。この魔法式はどこがなにを指定しているかがはっきりしていて組み換えしやすい。ここが量。こっちが温度。ここが場所。でもって、この頭の部分が、水の小妖精への協力依頼さね。頭さえ保っておけば、量や温度や場所は好きに指定できる」

 と言うわけでと、バルツザット教授が追加でもう一つ魔法式を書いた。

「コップを満たす魔法式ならこう。コップの中、と場所を指定することで、量の指定を省くことができる。実際、演習問題として求めてた解答は、この程度だったんだけどね」

 バルツザット教授が、わさわさと頭を掻く。

「アタシは見習いの卒業課程と、研究科の授業をいくつか見てるけど、最初はこのくらいの効率化でも思い付かない生徒は多いんだよ。アタシの弟子として、上級課程に上がった見習いでも、できないこはできない。魔法式に対する理解が甘いと、"省いても良い"って発想が出ないんさね」

「リャニャちゃん、すごいでしょ」

「すごいすごい。まさか、頭すら省いて来るとは思わなかった」

 もしかして、褒められているのだろうか。それとも、常識外れのことをしたと、貶されているのだろうか。

「アタシもまだまだ、常識に囚われてるってことさ。負けてらんないねえ」

 笑って言うバルツザット教授の姿に、たぶん褒められたのだろうとリャニャは思うことにした。バルツザット教授もサトラ先輩も、貶すとしたらもっと直截に言うだろう。

「省いても良いものがあるって気付きが、魔法式の効率化を考える上では重要だ。だからと言って、むやみやたらに省いたら危険だってのが、難しいとこなんだけど、リャニャくんはその辺の感覚が秀でてるんだろう。羨ましいことさね」

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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