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「え、と、あの」
魔法式とはなんのためにあるか。魔法を使うためなんて教科書通りの問いを求められているわけではないと、リャニャは判断した。
「話し掛けるため、です」
「ほう。そのこころは」
「魔法は、精霊や妖精のような協力者に魔力を与えて力添えを求めるためのもので、その、力添えを貰う手段が魔法式、だから、魔法式は魔法の使い手が協力者に対して、こうして欲しいと言う要望を伝える、言葉代わりのもの、と、考えています」
リャニャの答えを聞いて、バルツザット教授は、ぱちり、と目をまたたいた。
「これ、サガン教授の教えかい?」
「いや、師匠は魔法式の定義とかに、こだわってないから」
「つまり独自の解釈かい?中級見習いが?あっはっはっは、参ったね、欲しくなっちまうじゃないか」
「やめてください師匠が恐いんで」
「残念だ。残念だなあ。アタシが先に見付けときゃあ良かった。きっと素晴らしい研究を……ああでもリャニャくんは、魔女志望だったか」
ふたり分の視線を浴びて、リャニャは身をすくませる。見習い魔女のくせに、リャニャは魔法師の教授に時間を取らせて、魔法式について習おうとしているのだ。
「あ、すみ、ませ」
「いや、すまん、責めるつもりじゃない。脱線して悪かったね。うん、魔法式の理解については、間違っていない。アタシは依頼書と思ってるが、その辺は些細な違いさね。重要なのは」
カツコツと、バルツザット教授が黒板にチョークを走らせる。黒板に書かれたのは"魔法師→魔法式→魔法行使者"と言う図だ。バルツザット教授はリャニャに振り向くと、"魔法行使者"と書かれた部分をチョークで叩いた。
「魔法式には、受け取り手がいると言うことだ。受け取り手に正しく意図が伝わらなければ求める効果は得られないし、正しく意図が伝わったとしても、受け取り手の協力が得られなければ効果は出ない。同じ魔法式を使っても、効果が出せるやつと出せないやつがいたり、場所によっては不発になるのは、そのせいさね」
チョークを置いたバルツザット教授が腕を組む。
「魔法と魔術の大きな違いがここさね。呪文や魔術陣で、魔力自体を変質させて効果を得る魔術と異なり、魔法は魔法行使者、リャニャくんの言う協力者だね、によって成り立っている。その事象を発生させられる魔法行使者が協力してくれなければ、どんな魔法も発動しない。ただ、良い魔法行使者の協力さえ得られれば、魔法は魔術より多彩なことが出来る」
魔術師には不安定だと欠点ばかり突かれるが、とバルツザット教授は語る。
「魔法は未知と可能性の塊さね。研究対象としては、魔術よりずっと面白い」
さて、とバルツザット教授は改めて説明を始める。
「リャニャくんが魔法式の本質を理解しているなら話は早い。魔法式は依頼書だ。誰に、なにを依頼したいのかを、しっかり書く必要がある。さらに、どうか依頼を受けて欲しいと言うお願いもね。しっかりお願いしないと受けて貰えないから、このお願い部分も馬鹿には出来ないよ。むしろ魔法式の要だ」
初心者は無駄を省こうとして、ここを削りがちだから失敗する、とバルツザット教授は言う。
「優しい相手ならそれでもやってくれることもあるんだけど、そこは運さね。アタシは推奨しないよ。相手は高次存在だ、不興を買って良いことはない。そんな危険を冒してでも、魔法式の効率化が行われるのは、なんでかわかるかい?」
この問いは、教科書通りの答えで十分だろう。リャニャは頭の中の知識をそのまま答えた。
「簡潔な魔法式ほど、発動が早く、必要な魔力も少なくて済む傾向があるから、です」
「その通り。これも、魔法式を依頼書と考えればわかりやすいだろう?発動までの時間は魔法行使者が依頼書を読み込む時間、必要な魔力は、術者が依頼書を書く労力だ。まあ、魔力については魔法行使者への報酬でもあるけどね。長ったらしい依頼書じゃあ、読むのにも書くのにも時間と手間が掛かる。理解しやすく短い依頼書の方が、向こうもこっちもやりやすいってことさね」
ざっくりした説明だが、わかりやすい。
「発動が早ければ、たとえばなにかに襲われて反撃するときなんかに有利だ。治癒や浄化なんかも、ほんの少しの時間を争う事態はある。そして、必要な魔力が少なければ、ひとりでより多くの魔法を使うことが出来る。良いことずくめだろう?」
頷いたリャニャに微笑んで頷きを返してから、バルツザット教授は表情を引き締める。
「ただし既存の魔法式を改編することは、さっきも言ったが危険のある賭けさね。単純に発動しないだけならまだ良いが、魔法が暴走したり、依頼しようとした相手の怒りを買ったりすれば、術者もその周囲も、多大な被害を受けかねない。
だから、魔法式の効率化を安全に行うためには、対象とする魔法式をよく理解する必要がある。と、ここまでは良いかい?」
「はい」
「それじゃ、リャニャくんがどれくらい魔法式を理解しているか、アタシに見せて貰うとするかね。演習問題だ」
ぱっとチョークを手に取ったバルツザット教授が、もとの板書を消してから、サラサラと魔法式を板書する。
「なんの魔法式かはわかるかい?」
「水を出す魔法式です」
中級課程の実技で、最初に習う魔法だ。水を出すだけならば失敗しても、比較的危険が少ないから、魔法の制御を学ぶために、徹底的に練習させられる。水を安定して出せるようになったら次は火。それから、光や風だ。
「ご明察」
頷いたバルツザット教授が、実際に水を出して見せる。コップ一杯分ほどの水が、ふわりとバルツザット教授の前に浮いた。
「さて、ではここからが本題だ。リャニャくん、この魔法式を効率化してくれるかい?」
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