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アガード先輩はさすがの手腕で、クラシュ師匠の説得と、バルツザット教授への協力要請を取り付けてくれた。
「今すぐでも構わないとのことでしたが、ゆっくり習いたいでしょうから、とりあえずは明日一日、時間を取って頂きました」
「一日も、良いのですか?」
「なんでも、ご自身の研究で行き詰まっているようで。気分転換に丁度好いそうです。サトラ、あなたも一緒で良いそうですから、ついでに改めて、魔法式の効率化について学んで来なさい」
アガード先輩の指示を受けての、土曜日。
先輩ふたりと朝食を済ませたリャニャは、サトラ先輩と連れ立って、バルツザット教授の研究室へ向かった。
呼び鈴を鳴らして、扉に声を掛ける。
「リャニャ・ラタンと申します。バルツザット教授はご在室でしょうか」
「はいよー」
中から聞こえた、おそらく女性の声。アミラ先輩ではない。
あれ?と首を傾げたリャニャに、サトラ先輩が、あ、と言う顔をした。そんなサトラ先輩がなにかを言う前に、リャニャの前の扉が開く。
「やあ、キミがリャニャくんかい?へぇ、サガン教授も可愛い子を弟子に取ったもんだ。お、サトラも一緒だね。良いよ良いよ、さ、お入り」
ぽかん、としたリャニャの手を掴んで、現れたひとは部屋に連れ込む。
見上げる長身。くるくると膨らんだ縮れ毛の、無造作に束ねられた長髪。日に焼けた肌。威勢の良い声に、粗暴さを感じる身のこなし。けれど、服の上からも筋肉の厚みを感じるその身体は、その厚みの割に肩幅が狭い。
「そこの黒板の横の席に座りな。サトラはその向かいだ。なんか飲むかい?酒、は飲ますとアガードくんに怒られそうだから、無難に紅茶にしようか」
「ぁ、いえ、おかまいなく」
「いやいや、話し合いに飲み物は重要さね。なにをするにも集中出来る環境作りが大事だ。回り道に思えても、疎かにしちゃあいけない」
言っててきぱきと紅茶を用意しつつ、ほら座ると肩を押し、リャニャを椅子へと座らせる。
「ごめんリャニャちゃん、バルツザット教授がどう言うひとか、ちゃんと教えてあげてなかった」
目を白黒させるリャニャに、こちらも強制的にリャニャの向かいへ座らされたサトラ先輩が、小声で謝罪する。
と言うことは、この、女性、が。
コン、とリャニャとサトラ先輩の席に大きなマグカップを置いて、その女性は黒板の前の丸椅子に腰掛けた。組んだ足に頬杖を突く姿が、やけに様になる。
「さて、まずは自己紹介だね。ユイ・バルツザット。階級は上級。魔法師だ。魔法式の原理解明が研究課題さね」
魔法式の、原理解明?効率化ではないのだろうか。
「効率化は副産物さね。魔法式について、どこが重要で、どこが重要でないのか。なにをもって発動し、なにが効果を決めるのか。そう言う原理を理解することで、余分を省き、効率化することが出来るんだ」
なるほど、とリャニャは頷いてから、はっとして姿勢を正す。
「中級見習い魔女の、リャニャ・ラタンと申します。今日はお忙しいなかお時間を取って頂き、ありがとうございます」
「なあに、ただの気晴らしさね。それで?リャニャくんは、アタシになにを訊きたいんだい?」
にこりと笑って首を傾げるバルツザット教授は、魔法師と言うより、狩人や海賊とでも言われた方がしっくり来るような見た目をしていた。ローブは着ておらず、開襟シャツに丈の短いジャケットを着て、ぴったりしたレザーパンツに膝下までのロングブーツを合わせている。ティエジア魔法魔術学院では危険な実習や実験もあるため、安全上女生徒もズボンを履くことが多いが、それでも、ここまで露骨に身体の線が見えるボトムスを選ぶ女性は少ない。
「えっと、あの、師匠の課題で、魔法式を」
驚きも冷めやらないリャニャが、しどろもどろになるのに、気分を害した様子もなく、バルツザット教授は笑っている。だが、その笑いはリャニャを見守るもので、嫌な感じはしなかった。
わたわたと、リャニャは魔法式を書いた紙を取り出す。
「この、魔法式なんですが、無駄が多いと師匠から言われていて、改善したくて。サトラ先輩に相談したら、バルツザット教授に教えて頂くと良いと助言を貰ったので、魔法式の無駄をなくす方法について、教えて頂けないかと思って、来ました」
「なるほど。どれ、見せてごらん」
サトラ先輩に書いて貰った魔法式を渡すと、バルツザット教授は、ふん、と頷いた。
「この魔法式の求める効果は?」
「風を起こす、です」
「はは」
バルツザット教授が漏らした笑い声に、リャニャはびくりと肩を揺らす。
「そうだ、風だ。強風でも暴風でもない。ただのそよ風を起こすために、風の精霊を呼び出している。なんとも贅沢なことじゃないか。この程度の風であるなら、精霊を呼び出す必要はないよ。無駄と言うなら、まずそこさね」
「それは」
「ああ。そうだ。そうじゃないだろう?風を起こすのは副産物だ。この魔法式は風を起こすことではなく、風の精霊を呼び出すことを目的としている。だから、風の精霊を呼び出す部分を省いてしまっては意味がない。そうだね?」
「はい」
「面白いね」
バルツザット教授が紙を見下ろして言う。
「普通、魔法式ってのは、望む効果を得ることを目的に組み立てられる。だが、この魔法式は、魔法の効果ではなくその課程が必要で組まれている。珍しい組み方だ。これは、キミが?」
「はい」
「と言うことは、一見無駄に見える部分も、必要である可能性がある、と言うことだね。だからなにも知らないアタシが、無闇に手を加えるべきじゃない。なるほどなるほど。なら、アタシは魔法式の原理と必要十分な魔法式とはいかなるものかについて、リャニャくんに教えてあげるとしようか。効率化はそれをもとに、リャニャくん自身が手掛けるべきだ」
言って、バルツザット教授は立ち上がると、黒板の前に立ち、チョークを手に取った。
「さて、ではお勉強の時間と行こう。まず、前提として、魔法式とはなんのためにあるのか。リャニャくんは理解出来ているかな?」
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