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「リャニャちゃんが、ほかの研究室で指導を受ける許可を、師匠から取って貰えませんか?」
サトラ先輩の申し出に、一拍飲み込む間を置いて、アガード先輩は頷いた。
「なるほど、バルツザット教授のところの女性魔法師、あなたの同期でしたね。確かに、魔法式の効率化であれば、サトラでも十分教えられるとは言え、リャニャさんのことを思うなら、専門家の指導を受けた方が断然良い。それに、数少ない庶民出の女性魔法師と繋がっておけば、私たちでは支えきれない部分で支援して貰えるでしょう」
「理解が早過ぎて怖いです先輩」
一を聞いて十を理解するアガード先輩に少し怯えた顔になりつつも、サトラ先輩は頷いた。
「アミラ、バルツザット教授のところの女性初級魔法師が、昨日抜け駆けしてリャニャちゃんに話し掛けて、リャニャちゃんのこと、師匠乗り換えないかって誘うくらい気に入ってて」
「乗り換えさせませんが?」
「それは僕も伝えてます。じゃなくて。アミラのやつ、昨日のうちにバルツザット教授に頼んだらしいんですよ。お気に入りの後輩ができたから、今度遊びに来て貰うつもりだけど、研究室に興味持って貰えるように、バルツザット教授の研究について教えて良いかって」
それは乗り換えを画策していないだろうか。
「それ乗り換えを画策していませんか?」
リャニャの心の声と、アガード先輩の声がかぶる。
「いや、さすがにクラシュ・サガンから愛弟子は奪えないからなって、バルツザット教授から釘刺されたらしいんで、そこは大丈夫です」
「ああ、見た目は粗野ですが一応は常識人の人格者ですもんね、バルツザット教授」
「まああのアミラが懐いてるくらいですからね。で、バルツザット教授の方もアミラは可愛がってるので、研究室に遊びに来させるのは構わないし、師匠から許可が下りるなら、バルツザット教授がリャニャちゃんの指導をしても良いって」
はあ、とサトラ先輩が小さくため息を吐いた。
「昨日の夜、学食で会ったときに言われました。いつでも来てってリャニャちゃんに伝えてね、だそうです」
アガード先輩が微妙な顔になって、リャニャを見る。
「それはまた、渡りに船と言うか、なんと言うか……リャニャさん、バルツザット教授は、既存魔法式の改良を主に研究している方で、魔法式の最適化に関しては師匠も一目置くほどの専門家です。指導を受ければ、リャニャさんにとってきっと良い財産となるでしょう。私も同席したいくらいです」
「ならいっそ同席したらどうですか」
「そうしましょうかね」
「いや冗談ですから。乗るのやめてください。アガード上級魔法師が妹弟子連れて離反だって、学院が揺れちゃうから」
サトラ先輩がブンブンと首を振る。ただの冗談だったのだろう。アガード先輩は笑って、リャニャの組んだ魔法式を指した。
「これも見せれば綺麗に無駄を省いてくれるでしょうね。ですが」
言葉を切って、アガード先輩がサトラ先輩へ顔を向ける。
「わかりますね、サトラ」
「わかってますって。リャニャちゃん、確かにアミラもその師匠も、信頼出来る相手ではあるんだけど」
いつになく真面目な顔で、サトラ先輩がリャニャを見つめる。
「どんなに信頼出来る相手であっても、発表前の理論や魔法式を教えてはいけない。発明は早い者勝ちの世界だから、その漏らした情報で発表されれば、権利はそちらに渡ってしまう。だから、リャニャちゃんが考えた理論や魔法式は、まずは僕やアガード先輩、クラシュ師匠に見せて。それで、どう扱うか一緒に考えよう」
既知の魔法式の応用程度であれば良いんだけど、とサトラ先輩が、リャニャが魔法式を書いた紙を手に取る。
「新しい魔法式は、安全性も確立されてないから。自分の考えたものが、知らないところでひとを殺しでもしたら嫌でしょう?責任は権利に附随するから、魔法式を考えたら、ちゃんと権利も責任も自分で持って、手放しちゃ駄目だよ。と言うわけで」
サトラ先輩が魔法式を書いた紙に目を落として唸る。難しい顔で何度も紙に目を走らせて、考え込んで、それからやっと、うん、と頷いた。
「ここだね」
サトラ先輩が新しい紙に書き出すのは、リャニャの組んだ魔法式の一部。
「ここならアミラとバルツザット教授に見せても大丈夫。どんな効果が起こる魔法式だかはわかる?」
「風を起こす、魔法式です」
問われたリャニャが答えれば、ようやくサトラ先輩の顔に笑みが戻った。
「うん。そうだね。その効果でこの式なら、一般的なやり方の応用で通せる範囲だよ。でもこのままだと、師匠の指摘にもある通り、魔力効率が悪い。だから、無駄を省いて魔力効率を上げる方法を教えて欲しいって、バルツザット教授にお願いしてごらん。きっと、効率化の考え方から教えてくれるから」
リャニャはサトラ先輩から、サトラ先輩が魔法式を書いた紙を受け取る。
「リャニャちゃんなら、考え方さえ理解出来れば、ほかの部分の効率化も、自分で考えられるようになると思う。迷ったときは俺も手伝うし。だから、まずはその部分を教材に、バルツザット教授から知恵を授かっておいで。できそう?」
「はい。ありがとうございます」
綺麗な筆致で書かれた魔法式を手に、リャニャは頷く。手を引くべきところは手を引き、駄目なものは理由から教え、手を離すべきときは手を離して背中を押す。リャニャは兄弟子に恵まれたようだ。
「はい。良くできました」
アガード先輩が満足そうに微笑んで、サトラ先輩の頭をなでる。リャニャをなでる時より、少し乱暴ななで方だ。
「師匠の講義の補佐が、良い経験になっているようですね。立派に兄弟子役ができたではないですか」
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