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わざわざ自分の研究の手を止め、リャニャの指導をしに出て来たクラシュ師匠の前で、リャニャは昨日の成果を見せる。酷い師匠だと自分の手伝いをさせるばかりでろくに指導をしてくれない、なんてところもあるらしいので、クラシュ師匠は面倒見のとても良い師匠と言えるだろう。そう。とても良い師匠なのだ。鬼才である自分(の若い頃)を基準に達成目標を定めてしまうために、常人には厳し過ぎる指導になってしまうだけで、本人に悪気はないのだと思う。鬼のように厳しいが。もう本当に、鬼のように厳しいが。
「……いかがでしょうか」
昨日掴めたことを活かして、課題として出されていた内容をこなして見せる。
「一日でこんなに。リャニャさん、本当によくがんばりましたね」
クラシュ師匠より先に、アガード先輩が褒めてくれる。にこにこと微笑みながら手を叩く姿は、見ていて心が暖まる。が。
「無駄が多い」
いくら太陽が身体を温めてくれても、冷たい北風は吹き荒れるもの。容赦なく始まった駄目出しに、リャニャはびくりと身を固める。
「魔法式は理解しているか?ひとつひとつの式に無駄が多過ぎて、費やした魔力が効力にうまく反映されていない。お前に言ってもわからんだろうが、魔力は有限なんだ。魔法式は簡潔に無駄なく美しく。もっと魔力効率を突き詰めろ。でなければたとえ魔法式を公開しても、誰も見向きもしない無用の長物にしかならんぞ。まあ、世の中には無用の長物を生み出し続けることに一生を費やすものもいるし、多方面から研究することで新たな発見に繋がることもあるからな。俺もそれを無駄と言うつもりはない。だが、お前は多くを救うためにこの学院で学んでいるのだろう。十割の効率なら千人救えたところを一割の効率で百人救って力尽きて、お前は百一人目になんと詫びるつもりだ」
耳が痛い。反論の余地もない。
その後も淡々と告げられ続ける改善点に、必死に手を動かして覚書を残しながらも、どんどん視線が床に吸い込まれて行く。
「──、まあ、今回はこのくらいにしておくか。粗削り過ぎる、欠点だらけの方法だ」
やっと長かった駄目出しが終わった。このあと次の課題が告げられて、今日の指導は終わりのはず。
「が、この発想は俺にはなかった。俺の方でも検討してみるが、お前もお前で、俺の助言を参考に、アガードやサトラの意見も聞いて考えを突き詰めてみろ。巧くやれば、見習いの分際でお偉方のジジイ共を仰天させるような結果を出せるかもしれん」
クラシュ師匠が、美貌を歪めて悪そうな笑みを浮かべる。持ち上げられた手が、ポン、とリャニャの頭に乗った。
「やるじゃないか、リャニャ。次の報告は一週間後とする。途中経過でも構わんし、試行錯誤の書きなぐりを持って来れば良いから、お前なりの考えを俺に見せに来い。楽しみにしている」
ポンポン、とリャニャの頭を広げた手で軽く叩いてから、クラシュ師匠はアガード先輩に、後任せる、と言って立ち去った。
言われた言葉が飲み込めず、リャニャは呆然と立ち尽くす。
そんなリャニャに、アガード先輩は優しく椅子を勧めた。
「とりあえず座って一息入れませんか。疲れたでしょう」
「え、でも、あの」
「師匠の、やるじゃないか、はかなりの褒め言葉ですよ。貰えるまでに私は一年、サトラなんて二年も掛かりました。リャニャさんが最短記録ですよ」
褒められた?わたしが?クラシュ師匠から?
「あ、んなに、駄目出し、いっぱい」
「駄目出しではなく助言ですよ。そこを取り違えてはいけません。駄目だと思っていたら、師匠は丁寧に助言なんてしませんから。そうですね、例えに出しては可哀相ですが、指名会のときの逆指名の」
「ジンガーさんですか?」
「ああ、そんな名前だったのですねあの見習い」
本当に興味がなかったのか。
「あの見習いに対する態度が、師匠の駄目出しです。温度が違ったでしょう?」
そして名前を知っても覚える気はない、と。
リャニャは、指名会のときのクラシュ師匠を思い出して、身震いする。あれは恐かった。
「も、もっと、がんばらないと」
「違う違う」
呟いたリャニャの顎を、アガード先輩が片手で掴んで固定する。
「師匠は言葉が下手なので私から補足させて貰いますが、途中経過でも、試行錯誤の書きなぐりでも良いから見せるように、と言うのは、結果を焦って無理をするなと言う意味ですよ」
リャニャの目を覗き込んで、良いですか、とアガード先輩は言う。
「師匠は魔法馬鹿です。天才が努力した結果、伝説の鬼才にまで昇り詰めたのが師匠で、あのひとは没頭すると寝食も忘れます。その、魔法馬鹿が、あなたに根を詰めるなと言ったのです。ことの重大さがわかりますか」
わからないから首を傾げたいけれど、残念ながら顎を固定されたままだ。
「それくらい、リャニャさんが結果を出すのが早過ぎた、と言うことです。真面目なのは良いことですが、なにごとも過ぎれば毒ですよ。人間には、休息とご褒美が必要です。と言うわけで」
アガード先輩がリャニャの覚書をパラ見して、うんうん、とうなずく。
「さすが、必要十分にメモが取れています。これだけしっかりしたメモがあるなら、反省は明日からで結構。今日はもう休息にしましょう。そうだ、昨日のオムライスのお礼と、今日のお祝いも兼ねて、今日は私がご馳走しましょう。美味しいデザートのあるレストランに、一緒に行きませんか?」
リャニャの答えなんて待たず、アガード先輩は覚書を引出しにしまって、荷物をまとめる。リャニャの荷物までまとめて持って、最後にリャニャの右手まで持った。
「さ、行きましょう。今日のリャニャさんはお肉とお魚、どちらが食べたいですか?」
遠慮する間もなく連れ出されるのは、戸惑うが嫌ではなくて。
アガード先輩お勧めのお店のデザートは、本当に本当に美味しかった。
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