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運命の日のついでに、ほのぼのした昨日も思い出してから、リャニャは今に思考を戻す。木曜日の午後だ。
「やっぱりわたしが相応しくないのが良くないってことなんだろうな」
それはわかるが、じゃあどうすれば良かったんだと言う話だ。
否。
実を言うならほんとうは、簡単な道がひとつある。
「魔女になるのを、諦めれば良い」
木曜日の午前中、リャニャがクラシュ師匠の指導を離れて調薬の実習に通うのは、リャニャが魔女になれるようにだ。小さなおまじないのようなささやかな効果のものから、奇跡を起こす秘薬まで。種々の魔法薬の調合は魔女の専売特許で、魔法師であるクラシュ師匠には教えられない分野。
クラシュ師匠は約束通り、ウィルキンズ先生に頭を下げて、リャニャの指導を頼んでくれた。ウィルキンズ先生も快く、リャニャの指導を受け持つと引き受けてくれたけれど。
『まず基礎が出来ていないと、発展的な内容について来れないわ』
ウィルキンズ先生の指導を受けるには、リャニャの実力が足りないと言われた。さもありなん、弟子を多く持つウィルキンズ先生は、初歩的な内容の指導は弟子たちにまかせ、ある程度育った弟子に発展的な内容を教えている。教員の義務として見習いの授業も持っているが、それは大人数相手の座学。中級課程を修了したばかりのリャニャの個人指導なんて、やっている暇もないのは当然のことだろう。
結果として、リャニャはまず上級の基礎をと、ほかの中級見習い魔女のための実習に混ざらせて貰っている。
すべては、魔法師の弟子になりながら、魔女になりたいと言う、リャニャのわがままが原因なのだ。
{りにー?}
「うん。ごめんね。大丈夫」
ポツリとモフ毛に降った雨に、モフが心配そうな声を上げる。
九歳の冬。大好きな母と祖母が、流行病に倒れた。
病は国中で蔓延していて、薬も不足し、貴族や金持ちならばともかく、十分なお金を持たない平民は、薬を手に入れるなんて不可能な状況だった。
自己治癒能力に頼り、無理なら、諦めるしかない。
そんな絶望的な状況を救ってくれたのが、ウィルキンズ先生とその弟子たちだった。
自分だって、いつ流行病に罹患するとも知れぬ状況で。
ウィルキンズ先生と弟子たちは国中を巡り、病に苦しむひとびとに、薬を与えてくれた。
母も祖母も、ウィルキンズ先生のお陰で助かった。母と祖母の治療費のために、危険な仕事に手を出そうとしていた父と兄まで、間接的に助けられた。ウィルキンズ先生には感謝してもしきれず、そして、感謝は尊敬に、尊敬は憧れに変わった。
ウィルキンズ先生のように、苦しむひとを救える魔女になりたい。そう思い始めた矢先、舞い込んだティエジア魔法魔術学院の入学許可証。憧れの魔女のいる学院に行ける。嬉しくて仕方なかった。喜び勇んで入学し、三年間、ウィルキンズ先生の研究室に入るためだけに努力して来た。
その夢を、諦めないことの、なにが悪いのだろうか。
だってずっと憧れて、ずっと、なりたいと願って来たのに、そんな簡単に、諦められると言うのだろうか。諦めろと、言うのだろうか。
「諦めたく、ないよ」
毎週、木曜日が憂鬱で。いつだって、行きたくなくて、足は重くて、調薬室の扉を開けるのが恐くて。それでもリャニャが休まず調薬の実習に出るのは、その先に叶えたい夢があるからなのに。
でも。
「あんな醜いひとたちが、なるものが魔女なの?」
ひとを救うための薬でひとを傷付け、怪我をした人間を嘲笑う。
そんな姿を見せ続けられると、わからなくなる。
リャニャが憧れた魔女とは、そんな醜いものでは、なかったはずなのに。
魔女になることを諦めれば、調薬を学ぶ必要はなくなる。魔法師を目指すなら、クラシュ師匠と言う最高の指導者がいれば、なんの問題もないのだ。
もう、醜い魔女の姿に、心を傷める必要もなくなる。
でも。とリャニャは思うのだ。
その道を選んだら、自分はその後一生、消えない後悔を持つことになるだろうと。
{りにー}
ポタポタと雨を降らすリャニャを呼び、フルッとモフが震える。ポコリと、モフから小モフがひとつ飛び出した。
{にー}
ふわふわとただよった小モフが、リャニャの頬に触れる。ひんやり優しいさわり心地に、目や頬が腫れないよう、気遣ってくれているのだと気付く。
モフは優しい。昔からずっと。リャニャだけに。
ぎゅっと目を閉じて、涙を止める。午後からはまた、師匠の指導だ。あまり遅いと、サトラ先輩が心配して探しに来てしまう。泣いている場合じゃない。
「ありがとう」
立ち上がり、もう一度モフに魔力を与える。
この馴染みのモフに、お礼を言い続けられるリャニャであるためにも、リャニャは自分で奇跡を引き寄せられる、立派な魔女にならなければならないのだ。
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