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回想回

 クラシュ師匠の指導は、サトラ先輩の言葉通り、鬼のように厳しかった。求められる質が高く、ちょっと優秀な秀才程度のリャニャでは、引きずられるようについて行くのがやっとだ。指導を受け始めて三ヶ月経った、今でも。

「いやいや、僕よりずっと優秀だから、大丈夫大丈夫」

「そうですよ。サトラよりずっと覚えが良いです」

「うっ、はっきり言われると僕だって傷付くんですけど、アガード先輩っ」

「事実でしょうに。リャニャさん、サトラが弟子になったばかりの頃なんて、リャニャさんの比ではないくらい酷かったのですよ。リャニャさんは驚くほど優秀です」

 サトラ先輩とアガード先輩はそう言って励ましてくれるけれど、どう考えてもリャニャは落ちこぼれている。

「あまり根を詰めて、身体を壊しては元も子もありません。そろそろ今日はお終いにしてはどうですか?」

「いえ」

 リャニャは天才ではない。努力しなければ、天才の足元にも届かない。だから、足りない分は努力で補うしかないのだ。

「もう少し、やって行きます」

「……そうですか。倒れない程度にして下さいね。時間は有限とは言え、あなたはまだ若いのですから」

 あそこまでして取った弟子が落ちこぼれで、がっかりされていないだろうか。

「アガード先輩、僕の時にはそんな優しいこと言ってくれなかったのに!そんなにリャニャちゃんが可愛いんですか!?」

 落ち込みかけたリャニャの気持ちを持ち上げるように、サトラ先輩の明るい声が響く。

「そうですねぇ……リャニャさんの真面目さの十分の一でも、あなたにあったらもっと優しくなれると思うのですが」

「ひど!?僕、これでも頑張ってるんですよ!?」

「うかうかしていると、リャニャさんに追い越されますよあなた」

 そんなわけないのに。

「本気で言っていますよ」

 アガード先輩は、時折こころを見透かしているようで、どきりとさせられる。

「気付いていないだけで、リャニャさん、あなたには底知れない才能があります。サトラや私なんて、簡単に追い越して、あるいは師匠ですら超えてしまうほどの才能が。ですから、焦らなくて大丈夫です」

 アガード先輩はよく、リャニャの頭をなでる。銀髪に群青の瞳と言う、冬の化身のような冷たそうな見た目に反して、スキンシップを好む、優しいひとだ。

「あんまり頑張られて追い越されてしまったら、先輩面出来なくなってしまうでしょう?サトラを抜くのは構いませんが、私を抜くのはもう少し、先輩面を楽しませてからにして下さいね。せっかく、可愛い妹弟子が出来て浮かれているのですから」

 そんなお世辞も出るくらい、無理しているように見えるのだろうか。

「ありがとうございます。あとちょっとだけやったら帰りますから」

「わかりました。私はそちらで、事務作業をしていますから、帰るときに声を掛けて下さいね」

「はい」

 弟子としてクラシュ師匠の下について、いちばん驚いたのはアガード先輩の優秀さだった。クラシュ師匠の補佐や、研究室の事務仕事、リャニャとサトラ先輩の指導をこなしながら、自分の修練と研究まで行っている。実は十人くらいいるのではないかと疑うほどの、八面六臂の働きだ。

 サトラ先輩もクラシュ師匠の授業補佐などを行っているが、アガード先輩の多忙さはその比ではない。手間を増やすばかりのリャニャとしては、頭が下がる思いだ。

「あの、終わりました」

「おや。では、帰りましょうか」

 そんなに多忙なひとなのに、リャニャの送迎までやってくれているのだから、本当に申し訳ない。

「どうですか。少しは先が見えましたか?」

「ええ、お陰さまで、明日は叱られずに済むかもしれません」

「そう、ですか。がんばりましたね」

 並んで歩くアガード先輩が、また頭をなでて来る。

 ティエジア魔法魔術学院は全寮制。女子男子で分けられた上で同年代を四人一部屋にする中級課程までと異なり、上級課程だと研究室ごとに寮の区画が割り当てられる。いままで男性のみだったクラシュ師匠の研究室は、男性の多い区画に割り当てられており、女生徒であるリャニャがひとりで出歩くのは危ないと、アガード先輩とサトラ先輩が気遣って、手の空いている方が送迎してくれているのだ。

 しかも、三部屋割り当てだったからと、元々サトラ先輩が使っていた部屋をリャニャに明け渡し、アガード先輩とサトラ先輩が二人一部屋になっている。重ね重ね申し訳ない。

 恐縮するリャニャに、中が二部屋に別れた二人部屋用の部屋だったからと、アガード先輩は笑ってくれたけれど。

「ほんとうに、リャニャさんが来てくれて助かっていますよ」

 帰路の途中、不意に言われた言葉に、驚いて目を瞬く。足を引っ張りこそすれ、手助けなんてなにも出来ていない。

「規則正しい生活の重要性を実感しています。いままでは、仕事に追われて睡眠や食事を疎かにすることが多くて……」

 そうだったのかと、リャニャは驚く。中級課程までの寮は食堂で食事だったが、学派員もいる研究室ごとの寮では食事は各自だ。部屋を譲って貰ったからせめてと、リャニャは前日に訊いて、いると言われたら朝食と夕食を作るようにしていた。アガード先輩は今のところ朝夕皆勤で、朝は配膳を手伝ってくれるほどだったから、元々そう言う、規則正しい生活をするひとだと思っていた。

「リャニャさんが来るまでは、一日一食とか、昼夜逆転とか、当たり前だったんですよ。そのせいで、指名会も遅刻しかけましたし」

 この几帳面そうな青年に、そんな一面があったのかと目をパチクリさせるリャニャ。アガード先輩は、照れたように笑って続けた。

「リャニャさんの料理が美味しくて、朝食はなんだろうって目が覚めるんです。仕事中も晩御飯が楽しみで、はやく仕事を終わらせようって、嫌な仕事でもはかどります」

 ふふっと笑いをもらして、アガード先輩が自分のお腹をなでる。

「リャニャさんのお陰で、ちょっと太ったんですよ、私。先月あった健康診断で褒められました。やっと健康体重に近付いたかって」

「それは、良かったです……?」

「ええ。顔色が健康的になったと、最近よく周りから言われます。リャニャさんのお陰で、私は確実に寿命が延びました」

 言葉を受けて、リャニャはアガード先輩の顔をうかがった。

 確かに、指名会で会った時より頬がふっくらして、肌も赤みが増しているかもしれない。

 それがリャニャのお陰だとしたら、幼い頃、丁寧に料理を教えてくれた母と祖母に、感謝しなくてはいけないだろう。

「料理は、小さい頃に母と祖母に教わって。アガード先輩みたいに格好良いひとに美味しいって言って貰えたって聞いたら、ふたりとも喜ぶと思います」

「そうですか。良いお母さまとお祖母さまに、育てられたのでしょうね。とても温かくて、優しい食事です」

 家族が褒められるのは嬉しい。

「アガード先輩の、好きなごはんはなんですか?わたしの作れるものなら、今度作りますよ」

「私の好物ですか?えっと、笑いませんか?」

「え?笑いませんよ」

 どうして好きなごはんの答えを聞いて、笑うなんて話になるのだろう。そんなに、珍妙な料理が好きなのだろうか。

「オムライスが好きです」

「オムライス!わたしも好きです。うちでは、チキンライスをしっかり焼いたオムレツで包んで、ケチャップをたっぷりかけるんですけど、アガード先輩が好きなオムライスはどんなオムライスですか?」

 オムライスと一口に言っても千差万別だ。卵の焼き加減や形、中身、ソース。ご家庭やお店でそれぞれの個性がある。

「白いご飯をバターをきかせたオムレツで包んで、ケチャップをかけるんです。祖母が昔、よく作ってくれて」

「わあ!それも美味しそうですね!」

 ケチャップと卵は買ってあるし、バターは常備品で、ご飯もすぐ炊ける。

「それなら今日作れます。せっかくだから、今日はオムライスにしましょう!アガード先輩のお祖母さまの味には、及ばないかもしれませんが」

「ありがとうございます。今度、リャニャさんのお母さまの味のオムライスも、食べてみたいです」

「わかりました。まかせて下さい」

「楽しみにしています」

 その後、アガード先輩はリャニャが作ったオムライスを、美味しいと褒めながら嬉しそうに食べてくれた。

 望んだ研究室ではなかったし、師匠は鬼だし、木曜日は憂鬱だけれど、先輩には恵まれたかもしれない。

 そんなリャニャの、水曜日の夜。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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