愛の力は偉大である
俺の名はフェリクス・ランドール。山に囲まれた片田舎の弱小貴族家当主だ。今年で二十五歳になる。恋人はいない。もちろん、婚約者もいない。
家令には早く結婚しろとせっつかれるが、近隣の領地に親しい女性が居ないのだから、無理なことである。
俺のことはおいといて、ランドール伯爵家は、初代国王の時代から続く由緒正しい家系だが、いかんせん世渡り下手が多かった。
なんせ我が家の初代様ときたら、建国の際に国王を支え、魔王を倒すという多大なる戦果を挙げたというのに、褒美に希望したのが、この! 自然が豊かなだけの、何も無い、ランドール領を貰うこと。だったのだから!
この領地を貰うくらいなら、せめて宮中伯になる事を希望すれば良かったものを!
な・ん・で! 片田舎に隠居する道を選んだのか!
子孫が、社交シーズンに王都まで行くの、どれだけ大変か考えましたか!?
行ったら行ったで、影でコソコソ噂話される、俺たち子孫のこの、物悲しい気持ち、想像されましたか?
ひとしきり、ご先祖さまに言いたい放題した後、俺はこんな気分になった原因に目を向ける。
それは、社交シーズンの幕開けを知らせる、一通の手紙だった。
国王から全貴族家当主に向けた、年に一度の王宮舞踏会の招待状だ。
余程の事がない限り、参加しなければならない魔の手紙である。
ああクソ。頭を掻きむしりながらうめく。
行くのが大変なだけじゃないんだぞ……。旅費その他もろもろ、気が遠くなる。
それでも行かねばならない舞踏会。毎年と同じように隅で高級料理を堪能して、帰ってくるとするか。
◆◆◆
やって参りました王宮舞踏会へ。俺は頑張った。領地を留守にする間の仕事や、旅費の捻出。その他必要なこと全て手配してきた俺を褒めてくれ。
国王一家に挨拶するための列に並んで、早く順番が来ないかと横目で料理を見ながら思う。
俺の領地では、決して出せない海の幸や、砂糖をふんだんに使ったデザート。領民にも食べさせてやりたい。どこの商人の品なのか、後で調べさせよう。
「ランドール伯爵、御前へ」
眉間に皺を寄せて自分の世界に入っていた俺は、王の秘書官の声で現実に引き戻された。
国王一家の前まで歩いて、サッと片膝をつき敬礼をする。
「おもてをあげよ」
国王の一言で顔を上げた俺は、王族の中に見慣れない女性が居ることに気がついた。
王太子の横に座っていることから、一瞬、王太子妃かとも思ったが、そうであれば、流石にランドール領にも知らせが入るだろうと、その可能性は排除する。
だとすると、残る可能性はたった一つ。国王の娘。つまりは、何年か前に、病気療養中との知らせがあった、第一王女なのだろう。
「ランドール伯爵。今年も息災でなによりだ」
「はっ! ありがたきお言葉。これもひとえに陛下の政のおかげでございます」
国王が平和に国を治めてくれているから、俺の領も戦争だなんだと荒まなくてすんでいるんだ。国王が好戦的な性格じゃなくて良かったとつくづく思う。
「うむ。伯爵はもう少し肩の力を抜いたらどうだ」
「善処いたします」
どうやって抜けと。無茶を言わないで欲しい。
それよりも、さっきから気になって仕方がない事が一つある。
そこの王女とおぼしき女性よ。貴女はなんで黒いベールを被っているんだ?
ドレスを着ていることから、女性だと言うことは分かるんだが。それ以外が謎すぎて、国王との会話に集中できない。
「伯爵は余の娘が気になるか? 娶わせてやってもよいぞ」
「はっ! ありがたきしあわ……せで……す?」
ん? 国王の口から理解を超えた何かが聞こえたぞ。何だ? 俺は何に対して返事をしたんだ?
「そうか。幸せか! であれば、余の愛娘アイリーンを、ランドール伯爵に降嫁させよう。娘をよろしく頼むぞ」
「はっ! はあっ!?」
咄嗟に腹に力をいれ、大声が出ないように抑える。悲鳴のような声が漏れたのは許してくれ。
「嫌なのか?」
国王の眉が悲しげに垂れ下がる。
「いえ! ありがたき幸せでございます!」
「そうか、そうか! アイリーン、そなたの嫁ぎ先が決まったぞ。仲良くやりなさい」
国王が嬉しそうに手を叩き、王女を、俺の側に行くよう促す。
「わたくし、アイリーン・アドニスと申します。ランドール様、どうぞよしなによろしくお願いいたしますわ」
王女は俺の目前で優雅に礼をとると、凛とした声音でそう言った。病気療養中だったとは思えない、しっかりとした発声だ。
「私はフェリクス・ランドールと申します。アイリーン王女殿下におかれましては、ランドール家にきて下さること、大変嬉しく存じます。末永くよろしくお願いいたします」
俺は混乱した頭で、王女に対して片膝をつき返答した。よくぞスラスラと言葉を紡げたと、自身を盛大に褒め称えたい!
◆◆◆
今年の社交シーズンは怒涛のように過ぎ去った。
俺が王女と結婚するという話は、瞬く間に王国を駆け巡ったが、どの貴族からも反対意見はなく、逆に歓迎され不気味ですらある。
我が家の家令にも結婚しろと言われていたし、俺はこれ幸いと王女との結婚を前向きに捉えることにした。
社交シーズンの終わりに俺は王女と、国をあげての結婚式を行ったが、王女の結婚は最初から決まっていたと言うような手際の良さに、俺はおののくばかりであった。
結婚式の際も王女は黒のベールを被っていて、顔はいぜんとして不明のまま。とる気配もないものだから、何か事情があるのだろうと、深くは突っ込まないことにした。
ちなみに共寝はまだしていない。王女側が、ランドール領に行く準備をしないといけないからと、やんわりと断ってきたからだ。
それは俺にとっても歓迎なことだった。結婚したとは言っても、顔も性格もよく知らない相手と、いきなり深い仲になる勇気はなかったからである。
◆◆◆
黒いベールの王女を伴って、俺はランドール領へと舞い戻った。
ランドール領の民と、俺の家臣たちは、俺が王都で結婚相手を見つけたとお祭り騒ぎをしていたそうだが、王女が馬車から降りると、みな一様に困惑顔になってしまった。
「皆様、歓迎ありがとう。目元が腫れていて、見せられる状態ではないのです。ご容赦くださいませ」
病気と闘った痕なのだろうか。痛ましいことだな。
俺を含めランドール領の民はみな、王女の言葉を聞き胸をいためた。
病気が回復したばかりなのに、長旅で悪いことをしてしまった。それでも文句の一つも言わずに着いてきてくれた王女に尊敬の念を抱く。
王女はランドール領にきて、短期間のうちに領民と良好な関係を築き上げた。黒いベールを外したわけではないが、凛とした立ち姿や声色、所作の美しさで領民を魅了し、王族教育に裏打ちされた知識で、俺たちの生活を支えてくれたおかげだ。
正直に言おう。非の打ち所がないとはこの事か!
なぜ国王は、この完璧な王女を俺に嫁がせたのかと、不敬ではあるが、国王の精神状態を心配してしまった。ご乱心だったのだろうか? それとも、目が腫れているとかいう、ささいな理由のせいだろうか。
◆◆◆
さて、俺も男であるわけで。王女だった妻もランドール領に慣れただろうからと、共寝をすることになったのだが。
俺は今、命の危機に瀕している。
「アイリーン……この剣は……なんだ?」
「勇者の剣ですわ」
「なぜそれが俺の胸を……?」
半分に折れた剣が、俺の胸を貫いていた! まさしく命の危機である。俺の前でベールを初めて外した妻が、目をキラキラと輝かせながら、勇者の剣とやらを見ている。
黒いベールを外した妻の顔は、傷一つなく白く滑らかで美しかった。だが、そんな事はどうでもよくて、俺は自身の胸を貫いている剣を、呆然と眺めるのみである。
剣で貫かれているのに、痛みは感じない。死の間際は痛みを感じないというのは本当だったのか。
俺は死を覚悟して目を閉じた。だが、待てど暮らせど意識が遠のくことはなく。
「やはり! あの文献は本物だったのですね!」
妻の嬉しげな声をきき、ゆっくりと目を開いた。
妻が見ているのは俺の胸元。先ほど俺の胸を貫いた剣の姿はどこにも無い。夢でも見ていたのか?
「わたくしは勇者アイリーン! 聖剣よ! 今こそ完全な姿で顕現せよ!!」
妻が威厳に満ちた声で唱えると、俺の胸元から光輝く神々しい剣が現れた。半分に折れていた剣が、真っ直ぐな一本の剣になって出てきたのである。
「良かったっ! わたくしの愛剣よ……」
妻は勇者の剣とやらをひしと抱きしめ、大粒の涙を零しはじめた。
その様子を眺めながら、事情を詳しく説明して貰いたいと切に願う。この一連の流れの意味が分からない。死を覚悟した俺に納得できる説明をしてくれ!
◆◆◆
妻がなぜこのような凶行に走ったのか、理由を聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
「わたくしは成人の儀式のおり、勇者の剣に選ばれ、魔王討伐に赴きました。仲間と共に魔王を倒すところまでは順調だったのですが、魔王に最後の一撃を与えたとき、信じられないことに愛剣である、この聖剣が真ん中から折れてしまったのです」
そこまで言って感極まったのか、また涙を零す妻。俺は無言で続きを促した。
「これまで苦楽をともにしてきた愛剣でしたので、悲しくて悲しくて。王城に戻ってから色々な文献を読み漁り、どうしたら愛剣を元の姿になおせるのかを、必死に探したのですわ。夜は泣きながら眠り、昼は文献を漁る日々が続きました」
泣き過ぎて目が腫れてしまったのは、わたくしの汚点ですわね。と一呼吸おいた妻は、もう一度口を開いた。
「そしてついに見つけたのです。聖剣に関する文献を! それは初代国王の時代の文献でした」
文献には、こう書いてあったそうだ。
聖剣は自然豊かな土地で力を蓄える。
困難なりし時は勇者の子孫の力を借りよ。
豊かな自然とその地で育った子孫の力があわされば、必ずや困難を乗り越えられるであろう。
「初代国王時代の勇者の子孫といえば、ランドール伯爵家に違いありません。わたくしはその事を、お父様や宮廷貴族たちに伝えました。愛剣をなおすためには、なり振りかまっていられなかったのです。フェリクス様には、突然の結婚を受け入れて頂き、感謝しておりますわ」
勇者の剣をなおすためだけに、俺と結婚するとは、妻の聖剣愛におそれいる。
◆◆◆
「聖剣をなおして欲しいと、言ってくれれば良かったものを」
好ましいと思った女性に刺される驚きを、想像して欲しい。絶望するぞ。
「わたくしもなおし方は分からなかったのです。共寝の際に、聖剣が勝手に動いてああなったのですわ」
しばらく黙り込んだ後。
「愛の力は偉大ですわね!」
妻はとてもいい笑顔でそう言った。
それは、俺に対する愛なのか、聖剣に対する愛、どちらに対する愛なんだろうな?
お読みいただきありがとうございました。




