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しんでるクロエはしんでない  作者: 南宮ユカリ
邪竜蘇る。逆行するいかのおすし編
4/29

4 パンくずを辿って


「もしかしたら、サンライズはオメガなのかもしれない」

「なにそれ」


 修道院の朝は早い。


 日が昇ってすぐ、身支度を整えた修道士はそれぞれ担当する奉仕作業を速やかに行う必要がある。

 それは各グループごとの点呼に始まり、子供たちの介助や朝食作りといった家事全般から、建物近辺に異変がないかのチェックまで多岐に渡る。


 クロエは彼女たちが本格的に動き出す前に、キリヤを連れ裏庭へと身を隠した。ベンチに横並びに座るや否や、懐から写真を取り出す。


「タバサの右隣に映っている」

「ああ、この白いガキか。……これがあのアマァ!? ひえ~小憎たらし~!」

「しーっ、声が大きい!」


 ベンチに足を組んで座ったキリヤは、手にしたそれをわざとらしくぴらぴらと揺らした。年季を感じさせる荒いポラロイドの中に、十歳前後と思しき幼い頃のタバサと、同じくらいの歳の白髪の少女が映っている。

 ……一応、端にクロエとイブもいるが。その大部分が見切れているため実質ツーショットだ。


 少女の名はオメガ。無人の部屋の主。

 彼女もまた、クロエたちと共に育った幼馴染の一人である。


「あそこはオメガの部屋だ。鱗付きだと診断されてからずっと、10年以上前からあの地下室に居た」


 タイリープがどのタイミングで始まったのかは定かではないが、少なくともタバサがキリヤの部屋に引き返して来なかった理由は推測できる。

 判断力に長けた彼女のことだ。もし地下に押し込めているはずのオメガの姿が見当たらなかったら、すぐさま捜索に乗り出すはずである。


 常日頃からマイペースを貫くクロエの不在と、厳重に管理していたオメガの不在。事の重大性が大いに異なるのだから。


「つーか知り合いなら会った時点でわかるだろ。昔馴染みの顔もわかりませんでしたって、そんな言い訳アリか?」

「……正直に言うと、本当にわからなかった。以前オメガからもう来ないで欲しいと言われて、ここ何年も会っていなかったのもあるけど……。きっと、オメガは私を良く思ってはいないから。だから偽名を使ってまで遠ざけようとしているんだ」


 当時、あのイブにさえ立ち合いを控えるようやんわり忠告されたことを思い返して、クロエはしゅんと肩を落とした。


 改めて考えてみても、オメガの中のクロエの立ち位置は背景の野花とそう変わりないように思う。

 居てもいいし、居なくてもいい存在。幼馴染とは名ばかりで友達の友達止まりだ。


 ―――こっちはサンライズ。そっちはルナ・リア。でしょ?


 脳裏に嘲笑が蘇る。

 含みを持たせた言い方に、クロエは「あぁ」と合点がいった風に一人頷いた。


「そうか。だからあの時ルナ・リアと……」

「なにリアだって?」

「あの時、サンライズが私をルナ・リアと呼んだ意味がわかったと言ったんだ。ルナ・リアというのは我々信徒が主を表す際に用いる言葉で、”太陽を滅する者”を意味する。古くからの言い方だから、内部の人間にしか伝わらないとイブが言っていた。だからオメガがサンライズなら、言葉を知っていたことの筋が通る」


 それから、暴力を嫌ったわけも。

 敢えて言葉を選ばないでいえば、サンライズの振る舞いは鱗付きにしては育ちが良過ぎるほどだったのだ。

 「話し合いで解決しよう」、なんて。

 微塵も思っていないのならまだしも、迷いなく銃を向けたクロエと違い彼女は筆談で言葉を残していったのだ。それが義理でなければなんなのだろう。


 考えればすぐにわかることだった。


 どこか懐かしい子供の声にいざなわれた時から? 否、恐らくメモが風に浚われた瞬間から、とっくにオメガの持つ”特異性”に巻き込まれていたのだ。 


「ああ、合言葉ね。わかるわかる。なら物のついでにもう一つ教えてやろうか。あんたが散々言ってるサンライズってのも、”人でなし”って意味のスラングだよ。要は隠語。だってホラ、大っぴらに言えないじゃん? そんなこと。コカインをキャンディって呼ぶのと一緒」

「飴の大麻なの?」

「気にするのそこ? 相手は内部の人間って告白してるようなもんじゃん。おちょくられたんだよ、お前」

「……」


 クロエは思う。オメガとは、決して親しい仲とはいえなかった。だが嫌われているつもりもなかったのに、と。

 だから彼女は手の届く距離にいたタバサでもイブでもなく、どうにでもなって構わないクロエをわざわざ汚れ役に選んだのだろうか。サンライズの正体を疑えば疑うほど、最早そうとしか考えられなかった。


「……絶ッ対……、だよ」


 哀しみのあまり天を仰いだクロエの耳に、ふと馴染み深い声が聞こえてくる。


「イブの声だ」

「あいつか?」


 それまでなんてことない風に写真を四つ折りにしていたキリヤが突然、ぎくりと強張った顔で窓の方を指し示した。場所を悟られないためか、パクパクと何やら口を動かしている。


 換気のため子供の握り拳ほど開いた窓には、祭りということもあって折紙でできた薔薇の花が飾られている。

 そちらを指したまま動かないキリヤに倣って、クロエは薔薇の奥を窺い見た。


「誘われたり体を触られたりしたら、助けて~! って大声上げて、すぐに逃げるんだよ。わかった?」


 白いポンチョ、横一線に切り揃えられた前髪。紛うことなきイブの横顔だ。以前見たように、懇々と外出の危険性を説いている。


 ―――誰もいない空間に向かって。


「あの浮かれポンチョ、誰と話してんだ?」


 その疑問は至極真っ当なものであった。本来ならクロエがいるはずの場所には、脇に退けられたトランクケースがぽつんと置いてある。だがそれだけだ。

 ただ一人で、そこに存在しない”過去のクロエ”と会話をしている。

 異様極まりない光景であった。


「……私だ」

「は?」

「イブがあのやりとりをするのは、これで三度目だ」

「……」


 キリヤは絶句した。


 淡々と告げるクロエに対するドン引きもあるが、己が気付かぬうちに世界が繰り返されていたと知った衝撃たるや、筆舌に尽くし難い。

 なにより、端から見ればその異常性が一目でわかる。辻褄合わせの巻き添えにされたイブがその最たる例だ。とても正視に堪えない。


「あ、あんたが来てくれなかったら今頃ああなってたかと思うと……、ゾッとする」

「サンライズは私に記憶を引き継がせて、私の心が折れるのを待っているんだ。こうなってしまった以上、もう衝突は避けられない」

「で? 具体的にどうすんの?」

「……向こうもこちらの動向を知る必要があるはずだ、きっとそう遠くない場所にいる。拘束して、月碑を壊す前まで時間を戻させよう。そうすればすべて元に戻る。と、思う」

「戻らなかったらどうすんの、それ」


 そもそも相手がどこにいるかもわからないのに、とキリヤは小声でぼやいた。

 それは目の前の修道女の機嫌を損ねないようにという最大限の配慮であったが、クロエはその返しを待ってましたとばかりにポケットから紙きれを一枚取り出した。


「『詮索するな』? うわキモ」

「イブが書いてくれた買い出しのメモだ。サンライズに細工されている」

「あのさぁ、ウチのこと犬かなんかだと思ってる? においを辿れとか言われても無理なんですけど」

「いや、貴方のことは人間だと思っている」

「……あっそ」


 キリヤは鼻先に突き付けられたメモを剥ぎ取って、一応はとその紙切れを嗅いでみた。

 ほのかに石鹸の香りがする。イブか、あるいはクロエのものだろうか。


「ここを見て」


 クロエが示したのはその最下部。検閲が入って材料リストが軒並み訂正されてしまったメモの、いわゆる余白部分だった。


 「ベーカリーでバゲットを人数分」。そう大雑把な字で注文が書き足されている。

 それまでの書き手イブのものとはやや字体が異なり、全体的に右上がりだ。


「サンライズはケーキよりパンが好きなのかもしれない」

「知るかよ」

「もともと外に居たんだ、町中に紛れ込んでいる可能性は十二分にある。それに、もし本当にオメガなら……私は、話も聞かずに銃を向けてしまったことを謝らないといけない」

「へー悪いことだって自覚あったんだ、意外。性根が腐ってるからマジに悪気はないのかと思ってた」

「疎遠になったのもきっと、私に非があるんだろう。いつもそうだ。タバサやイブはそのままで良いと言うが、どうも私の言動は()()()()()らしいから。本当に、そんなつもりはないのだけど……。貴方も何か思うところがあったら言って欲しい、忌憚のない意見を聞きたい」

「へ~ぇ」


 思い当たる節も言いたい文句もあるにはあったが、キリヤは口にしなかった。羽虫を払うのに夢中になっている風を装って、ただ無言で顔の前で手を振るう。


 日が昇るにつれ、段々と外気温も上がってくる。古ぼけたベンチも最初は凍えるように冷たかったが、体温が移った今は少しばかり熱いほどだ。

 木漏れ日が差し込んで、白服に取り付けられた徽章きしょうにぎらぎら反射する。


「気が向いたらな。とっとと捜しに行くぞ」


 キリヤが立ち上がると、クロエは「うん」と頷いてその後を付いて回った。


 どこか既視感のある光景だ、とキリヤは思考を巡らせる。


「ああ……カルガモか」

「え?」

「いや。なんでもない」



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